まるで虫けらの様に…… ③
「マテラ、もう食べないのかい?」
「うん。もう充分だ……」
食べ残した食器を片付ける。
こんな少食の彼女を見たのは初めてだった。
マテラは変異種を吸収してからと言うもの、すっかり元気が無くなってしまっていた。
今まで見た事の無い程に複雑な表情だった。
とても気軽に話しかけられる雰囲気では無かったが、ずっとこのままと言う訳にもいかないし、何よりこれ以上この雰囲気には耐えられない。
こちらから聞いてみるか?
やはり、このまま向こうから口を開くのを待つべきか?
「……」
モヤモヤした気持ちのまま、結局どう接すれば良いのか分からず、時間だけが過ぎていく。
そして、やっとマテラの口が開いた。
「佑弥、聞いてくれるか?」
「うん。さっきの変異種の事だね……」
マテラは無言で頷いた。
そこまでは俺にもわかっていた。
吸収で、彼女は怪物から何かを"知った"のだ。
「ああ。彼等は、遺伝子を【スカード】に改良されていた。奴等にはこの地球上にあってはならない筈の遺伝子情報を持っていた」
スカード…… かつてマテラの故郷【スメーラ】を襲ったと言う種族だが……
「スカードって『彼』に殺されたんじゃなかったの??」
「そうだ。スカードの王『ルシュアス』はあの時、『彼』の手によって完全に滅せられた。スカードの残党達も私が一人も残さずに全て殺した筈だった」
「生き残りが居たって事??」
「わからん……もしくは、復活したのか。ルシュアスは死ぬ間際、復活を仄めかす発言を残して消滅していったらしい。その時は『彼』によって完全に塵も残さずに滅せられたので、当時の王はただの負け惜しみだと思っていたようだ。私も完全に奴は消滅し、この戦いは終わったと思っていた」
「じゃあやっぱり死んでるんじゃ? 何かの勘違いと言う事は考えられないの?」
「私はあの変異種を吸収したのだ。吸収による解析は絶対だ。どんな嘘やまやかしも通用しない。あの黒い怪物には確実に地球上に存在しない遺伝子を組み込まれた"痕跡"があった。そもそも、数年程度であそこまでの急激な進化は有り得ない。進化とは途方も無い時間がかかる物なのだ」
「そうなんだ。じゃあ、スカード以外の『他の誰か』が遺伝子操作した可能性は?」
「それも考えにくいだろう。遺伝子操作をする為には大規模で進んだ"科学設備"が必要だ。残っていたスカードの文明は私が完全に消滅させたので、ゼジャータにはもう残ってはいない。だが佑弥、"上"を見てくれ……」
マテラに言われ空を見上げる。
闇夜に燦然と月が輝いていた。
今日は美しい満月だった。
「我々スメーラとスカードの祖先は"あれ"に乗ってこの宇宙まで来たのだ。あの中に残された設備なら複雑な遺伝子操作をする事は可能だ。というよりあそこでしか出来ない」
「え!?」
我が耳を疑う話だった。
なんと、あの巨大で煌々と輝く月は、巨大な"宇宙船"であるらしい。
内部が空洞になっていて、何億人もの生命が生活出来る様になっているのだとか。
凄い驚きだった。
確かに"地球"の月にもそんな都市伝説はあったのだが、とても信じられる信憑性のある話では無かった。
あんな巨大な物が船だなどと誰が本気で思うと言うのか。
だが、この話は嘘や冗談では無いようだ。
「我々の祖は、滅びの運命を持つ外宇宙から宇宙船『月』に乗って、『この宇宙』にやって来たのだ。スメーラとスカードは共に祖先を同じくする、言わば親戚の様なものだった。別れた後に長い年月をかけて、肌の色や容姿にも少しずつ差が現れたが、元々は同じ種族なんだ。"ツノや髪"などを"魔力"の核とするのも祖を同じくする『証』だな」
「え、という事は、じゃあ昔あった戦争って、仲間同士で戦ってたって事!?」
スメーラの街で聞いた激しい戦争。
それを引き起こした最悪の種族スカード。
今まで完全な悪だと思っていたスカードが、実はマテラ達と同種の存在だったという事に驚いた。
だが、そもそも戦争の"善悪"などは勝った方が都合よく決めるものだ。
本来戦いいうものには、特殊な場合を除いて善悪などは存在しないのかもしれない。
「そうだ。我々は意見や思想の激しい対立により"全面戦争"になった。それは、片方が全滅するまで徹底的に殺し合う、醜い『共食い』だったのだ……」
「同じ種族なのに、酷い……」
地球の歴史の中でも、戦争とはいつも訳の分からない理由で行われていた。
肌の色や言葉、思想などを理由に、絶えず世界のどこかしらで戦争が起きている。
平和ボケしていると言われている日本人の俺には、"戦争の意味"など全く理解出来なかった。
見た目や思想が多少違えど、皆同じ人間だと言うのに……
「我々スメーラは、この星の生命体に対して必要以上に干渉するのを避けた。逆にスカードは、この星の生命体を下等な種族として扱い、奴隷として支配する事を望んだ。当時、まともな文明の無かったこの星の先住生命体を無理やりに遺伝子改良して、知恵を与え、自らの奴隷として扱ったのだ」
「そんな事が……」
「スメーラは激しく反対した。この星は我々の星では無いのだ。いくら科学や文明が圧倒的に優れていたとしても、他の宇宙の生命体に不自然に干渉するべきでは無い。他者を"導き"こそすれ、従属させ"支配"するのは絶対に間違っていると…… だが、どれだけ論争を重ねても、対立は収まることは無かった。結果として多数派だったスカードは、意見を押し通して『月』から我々スメーラを追い出した。そして『月』に残された科学力を使って無茶な遺伝子改良を重ね続け、この世界での支配を拡大して巨大な勢力を持つに至ったのだ。そしてあの悲惨な戦争が起こる。『異世界人』の力が無ければ、滅ぼされてたのは我々スメーラだったのだ……」
恐ろしい話だった。
逆に、『彼』はたった一人でそれだけの戦局を覆す程の力を持っていたのか……
「スメーラが負けていれば、今頃この星は遺伝子操作されたスカードの奴隷である怪物達で埋め尽くされていただろう。それはとても不自然で脆いものなのだ。そうなれば今の様な知的生命体が居ないだけでは済まない。この星が持つ"生命力"ごと全て滅んでいただろう」
「……」
この現在の滅亡したゼジャータですら、まだ"生命"だけは溢れる程に残っていた。
『星』の持つ生命力とやらが枯渇してしまえば、一体どうなってしまうのか……
生命など何も生まれぬ、ただの巨大な無機物の塊になってしまうのだろうか。
スケールの大き過ぎる話に、俺はついていく事が出来なかった……
「わかった。それで、マテラはこれからどうするの?」
「『月』には永久的に強力なバリアーが貼られている。流石の私でもあの場所には、手は出せない。あそこにまだルシュアスが居るとなれば、少し厄介な事になる」
この世界にスペースシャトルは無い。
マテラですら手が出せないあんな遠くにあるものを、一体どうすれば良いと言うのか。
俺には解決策など、全く思いつかなかった。
「だが、こちらも何も出来ない訳では無い。奴らも『月』に居続ける限りはゼジャータに対して過大な干渉は出来ない筈だ。せいぜい遠隔操作で小規模の遺伝子改良の種を撒く事ぐらいだろう…… それならばまだ間に合う。それに、私はもうひ弱な少女ではない。当時の『彼』程度に滅せられたルシュアスなど、今の私の敵ではない。例えルシュアス本体が直接ゼジャータに降りてきたとしても、私の方が強い。その為に私は長い時間を生きてきたのだ。今度こそ完全に滅してやる……」
「凄い自信だね……」
マテラが頼りになる事は分かっている。
マテラがそう言うのならば、間違いなくそうなのだろう。
「取り敢えず、スカードの遺伝子が埋め込まれた黒い怪物達はこのまま放っておく訳にはいかない。このままだと自然界のバランスを大きく変えてしまうだろう……佑弥、この星の為に私を手伝ってくれるか?」
「え、何をすればいいの?」
一拍おいて、絞り出すような決意でマテラは話した。
「スカードとその配下である"黒い怪物達"を、一匹も残さずにこのゼジャータから完全に消滅させるんだ」




