逆行 ⑦
「できたぞ!さあ食べよう!」
今夜の夕食は、まるで24時間煮たかの様にホロホロに柔らかくなった肉のシチューだった。
各種香草が肉と一緒に煮込まれたシチューから迸る堪らなく美味しそうな香りが、俺の鼻腔に幸福を運んでくる。
「うおお!今日も美味しそうだ!」
まだ食べてもいないのにこのシチューが美味しいという事は確定していた。
マテラの作る食事にハズレなど無いのだ。
俺は我慢出来ずにメインの怪物肉の塊にかぶりついた。
「うっ!!」
時が止まる。
「美味~い!!」
「フフフ……」
そして、肉から大量に溢れ出した旨味成分が俺の体内を駆け巡り、脳髄に届いた所で思わず叫ぶ。
料理を褒められてマテラも嬉しそうに微笑んでいた。
まるで母の様に、一心不乱で美味そうに頬張っている俺を見て、心から喜んでいるようだ。
「これは、美味過ぎる!」
彼女と共に旅をする様になってからというもの、ただ生きていく為だけの栄養補給だった食事は、今では最高の楽しみになっていた。
見た目グロテスクな怪物の肉でも、彼女の手にかかれば、信じられない様な"最高の料理"へと変貌するからだ。
やはり、食事とはこうでなくてはならない。
そもそも、彼女が俺の為だけに一生懸命作ってくれた愛情に溢れた料理だ。
仮に不味いとしても、不味い訳が無い。
どうやってこんなスジばかりの硬いゴムみたいな怪物の肉を『最高級神戸牛』のような柔らかくて旨みのある肉に変えているのか聞いてみた所……
「タンパク質の細胞配列と脂肪分の分子構造をどうたらこうたら……」
とか言われて頭では理解出来るものの、よく意味が分からなくなってしまったのでサラリと聞き流しておいた。
可能であれば、いつかは俺も日本の料理を披露したいと思ってはいるが、ここには食材も無いので不可能だ。
暫くの間は、料理はマテラにお願いする事にする。
「うんまーい!これは最っ高だよ!まだ、おかわりはあるかい?」
「フフフ、ありがとう。そう言ってくれると思って大量に作っておいたぞ!」
マテラはもはや"俺達以外には使える人など存在しない"ほど"巨大な器"に山盛りのシチューを入れて手渡してくれた。
こんな化け物しか居ない、文明が滅亡してしまった荒んだ世界で、これ程までに美味しい文明的な食事を堪能させてくれるマテラに、心の底から感謝する。
「ガツガツッ。ムシャムシャ……」
相変わらずマテラは『あの細身の何処に入るのか?』と言うぐらいの勢いで大量の肉を消化していく。
異常体質の俺と良い勝負である。
恐らく全ての栄養は、あの豊満で芳醇な胸に吸収されて行くのだろう。
逆に言えば、あの豊満さをキープするのにはあのぐらいの食事量が必要なのかも知れない。
そんな卑猥な妄想を膨らませながら、競うように特製シチューと対峙していった。
結局、あれほど大量に作ってあったシチュー鍋は二人の無限の胃袋によって、あっという間に空になってしまった。
マテラの使う《魔法》の万能性は、戦闘のみならず、料理やその他ありとあらゆる事に絶大な効果を発していた。
そういえば、あのただの水着を鋼鉄の如き強度に強化した技も《魔法》だった。
美味しいマテラの料理をツマミにしながら、『マテラの笑顔』と、『美しい水着姿』を鑑賞する。
どれだけ見ても決して見飽きる事は無い。
最近は照れずに美しい彼女の肢体を堂々と鑑賞する勇気が付いていた。
彼女はそれに関して、全く嫌な気はしてい無いようだ。
彼女ならば、更に際どい戦闘服を用意したとしても、その抜群のプロポーションで、見事に着こなしてくれるだろう。
近いうちに提案してみるつもりだ。
楽しい俺の妄想時間は続く。
この二人の時間は、今まで一度も彼女が出来た事の無かった俺にとって、味わった事の無い"至福の時間"だった。
彼女と一緒なら、どんなに辛い訓練でも乗り越えられる気がした。
吸い込まれる様に彼女に魅入っていると、彼女は思い出したように口を開いた。
「しかし、今日は色々面白い日だったな。"相撲"があんなに奥深い格闘技だとは。トラブルがあって中断してしまったが、近い内にまた、挑戦してみよう!」
「だ、だろう!? 相撲は凄い奥深いんだ!日本ではみんなが夢中になって見ていたんだ」
どんなに辛い事があろうとも、あの時の柔らかさを思い出しただけで、俺はあと数年は頑張れる。と思った。
そして、俺はこの先もずっと相撲の訓練を続けたくて、少し"嘘"をついた。
相撲が偉大なスポーツだと言うのは紛うことなき事実ではあるが『日本人のみんなが夢中で毎日観ている』というのは大袈裟だったからだ。
本当は相撲訓練を理由に、マテラに密着出来る事がただ嬉しくて、もっと興味を持ってもらいたかっただけなのだ。
とは言うものの、俺が真に相撲を愛しているのも事実だし、スケベ心を抜きにしても、彼女に相撲を褒められた事はとても嬉しかった。
近年は外国人でも相撲に興味を持つ人が居るそうだが、まさか異世界の竜人であるマテラにまで興味を持たれるとは……
マテラの柔らかさと、それを与えてくれた数千年もの歴史を持つ相撲の奥深さに感謝する。
「今日はひたすらに引いたり押したりするだけだったが、他にも技なんかがあったりするのか?」
「勿論!シンプルに見えても凄い駆け引きが沢山あるんだ! そもそも相撲というのは……」
身振り手振りで思いつく限りの相撲の魅力を彼女に伝えた。
何としても相撲に興味を持って貰いたかったからだ。
あれほど大胆に堂々と"胸"に顔を埋めて許される格闘技が他にあるだろうか?
やっと落ち着いたというのに、あの時の何とも言えぬ柔らかな彼女の胸枕を思い出してしまい、俺は再び興奮してしまった。
しかし、夢中で話しているうちに俺は新たな、そして、更に邪な考えを思いついていく。
柔道……もアリだな……
•*¨*•.¸¸☆*・゜
──大陸最南エリア──
知性に目覚めた黒い怪物が大勢の雌に産ませた卵は、信じられない速度で孵化していった。
普通ならば数十日はかかるであろう孵化が、数日とかからぬ内に次々と孵化していったのだ。
それは異常な事であったが、もはや『王』となった"彼"は、それが【選ばれし者】の恩恵なのだと、何の疑問も抱かなかった。
"彼"の期待どおり、新しく生まれた彼の子供達も彼と同じ様に生まれながらに大きくて便利な手が生えていた。
中には彼と同じように"二足歩行が出来る"個体まで現れていた。
子供達は彼と同じように黒い体皮を持ち、同じように高い戦闘力を持っていた。
彼程では無いにせよ知性も備わっており、『王』である彼の命令もよく聞いた。
さらに、他の愚か者達とは違って自我や本能以外の高度な感情も持っていた。
ついに、彼の念願の"意志の疎通"が出来る仲間が出来たのだ。
そしてその子供達は驚く程の速度で成長し、別種の草食獣さえも繁殖の対象とする程に旺盛で貪欲だった。
子供達の卵もまた直ぐに孵化した。
そして、多種多様な黒い怪物『黒竜』達が産まれ、瞬くの間にそれは凄まじい数となった。
僅かな期間に『黒竜』達は大陸の南端全てに災害的な速度で増え続け、とてつもない規模の群れを形成していく。
次第に言語の様なものも発生した。
彼は自らの事を子供達に『スザリオ』と呼ばせ、子供達の中でも血が濃くて優秀な者達にスザリオと同じように個別の『名』を与えた。
名を与えられる者は加速度的に増えていき、名の無い者や、力の劣る者を従えていく。
元はただの怪物だった者達に、"身分"という概念を備えたのだ。
それはもはや【国】と呼べるものであった。
増え過ぎた黒竜は、大陸南端に収まらず、今度は大陸全土へと勢力を拡大していく事になる。
僅か数ヶ月間の出来事である……




