逆行 ④
「ここも、異常無しか。また振り出しに戻ってしまったな……」
東へ向かって訓練を続けながらゆっくりと旅をしていた俺達は、マテラの危惧していた"異変"や"地球"に帰る為の情報など、何もめぼしい物を見付ける事も無く、そのまま大陸を横断して"最東端"まで到着してしまった。
いくらのんびりとは言えども、移動手段は"空"なのだ。
これでも充分時間がかかったと思う。
相変わらず、帰還すると言う事にまったく進展は見られなかったが、取り敢えずこの最東端に簡単な拠点を作り、近隣の調査を続行しながら《魔法》訓練を優先する事になった。
勿論旅も楽しかったのだが、二人で拠点を作って生活するという案も、とても楽しみだった。
正直な所、余りにもマテラと一緒に居れる事が楽しくて、本来の目的である『故郷に帰りたい』と言う願望は、少し影を潜めていた。
あれだけ感じた"孤独"も今は殆ど感じなくなっている。
地球にいた時は、大勢の人間や家族に囲まれながらも常に"孤独"を感じていた。
今の俺ならもっと人間達と上手くやれたかもしれないが、俺だけが"異質"である事実に変わりは無い。
どんなに上手くやれるとしても、俺が人間では無い事など打ち明けられる訳も無い。
だが、マテラと一緒にいる間はそんな疎外感など感じなくなっていたのだ。
俺が何者だろうと、隣にはいつもマテラが居てくれる。
俺の全てを受け止めても、全く何とも思わないマテラがいる。
それだけで、俺はもう充分に満たされてしまっていたのだ。
「強くなっておいて、後悔する事など何も無い。何か発見があるまではこのまま訓練を続けていこう」
「わかった。よろしくお願いいたします!」
日課となっていたマテラとの訓練も、俺の成長に伴って急速に内容の濃い物となっている。
使える《黒》の戦闘法もかなり増えていた。
地球にもどってこの戦力がなんの役に立つかは分からないが、マテラとの訓練は楽しくもなってきているので何の不都合も無い。
もし、懸念が残っているとするならば、この溢れるような"性欲"の処理ぐらいだろうか。
この点については、近い内に対策をどうにかせねばならない。
何とかしないと、いつか爆発してしまうだろう。
そんな、いつもの何気無い日常の中に、"事件"は起こったのだ。
「そのようなルールの格闘技は見た事も聞いた事もない! 決められた範囲から"押し出す"だけで勝ちになるのか!?」
マテラは俺が何気なく会話に出した日本古来の格闘技の事に、身を乗り出すほど興奮していた。
マテラは古今東西あらゆる格闘技への造詣が深かったが、地球の格闘技『相撲』の事は当然知らず、彼女にとっての未知の格闘技に凄く興味を抱いていたのだ。
「そ、そうだよ。あとは一度でも"足の裏"以外の部分が地面についたら負けなんだ」
まさかそこまで興味を持たれるとは思っていなかったので俺は少し焦ってしまった。
「何でそれで負けなんだ!?まったく理解できん。不思議な格闘技だなぁ」
俺の居た日本でも、相撲は"格闘技なのか?"はたまた"スポーツであるのか?" 議論は大きく分かれる問題ではあったが、俺は相撲の事を明確に格闘技だと思っている。
運良く生で相撲の選手である『力士』を見た事がある人なら、皆同じ意見だろう。
それほどまでに、彼らの圧倒的サイズと身体能力は、常人とはかけ離れているのだ。
一般人ではどう足掻いても勝てる気がしない。
勿論人間しかいなかった地球での話だが……
「何で?って言われても俺には分からないけど、元々は神様に捧げる『神事』だったと聞いた事があるよ」
「ほほう……ますます奇妙な格闘技だな」
「殴ったり蹴ったりは基本禁止で、"四つ"になって組み合い、土俵の外に押し出すんだ」
「四つ?とは、どういう事だ?」
「互いに相手の腰に巻いた帯をつかみ合って向き合う事だよ」
日本人なら説明不要なこの競技も、いざ知らない人に説明するとなると、それは難解極まったものであった。
正直自分でも不思議な格闘技だなと思う。
(キュピィィィ~ン)
その時、俺の全身に何かが駆け抜けていった。
ここまでなら、いつもと同じただの日常である。
だが、今日のマテラの相撲に対する興味はいつもの彼女からは全く違う程の"何か"を、俺は感じ取っていたのだ。
話している内にマテラはどんどん相撲に興味をそそられていた様で、完全に『じゃあ実際にやって見てみる?』と言う雰囲気になって来たのだ……
間違いない…… このプレッシャーは!?
俺はまるで『超能力者』の様に、とてつもない好機が近づいているのを本能で感じとっていた。
「むう、いまいちよくイメージが湧かないな。ちょっとやって見せてくれないか?」
来た…… 我、天啓を得たり!!
心の中で激しくガッツポーズをした! が、『マテラと抱き合いたい!』という下心を感じさせる訳には行かない。
"噴火"しそうな喜びを必死で隠し、あくまで自然に、そして冷静に対応するフリをした。
それに、これは"神聖"な国技たる格闘技だ。
「良いけど、専用の腰巻は無いから、お互いの腰巻を掴むような感じになるよ?」
「ふむ。こうか……?」
マテラはそう言って俺の腰巻を至近距離でしっかりと掴んだ。
「ふっ。うっ……」
ふわりとマテラの首元から香った体臭の余りの破壊力に思わず声が漏れた。
その甘美な香りを一ccも逃さない勢いで、全力で吸い込んだ。
「そうそう……そして、互いに腰巻を掴んだまま、相手に、スゥスゥ……自分をしっかりと密着させて、スゥウウウ…… 相手を全力で、押したり、引いたり、ハァハァ……するんだ……」
「なるほど。こうか??」
互いにゼロ距離まで近づき、腰巻、というか水着をしっかりと掴みながら、身体を密着させて、彼女と組み合ったのだ。
既に俺の精神は破綻寸前だった。




