逆行 ③
──大陸、最南エリア──
先日、突然雷に撃たれて倒れた大型の怪物。
完全に炭化し倒れた怪物は、完全に死んだものと思われていたが、まるで何事も無かったかの様に立ち上がり、黒焦げの身体のまま再び餌を求めて歩き出した。
『オレハ、ナゼコンナトコロニイルノダ?』
通常、怪物には食欲や闘争、種族維持といった基本的な本能しか持っていない。
だが、この怪物には、いつの間にか"知性"のような物が芽生えていた。
更に、怪物は自分が自分である事すら"認識"出来るようになっていた。
そしてある日、怪物は不意に自分の手を見た。
『アレ?オレノテッテコンナ カタチダッケ?』
怪物の自慢は大きな顎と強い身体だけで、小さく退化してしまっていた"手"など、何の役にもたたない筈だった。
なのに怪物の小さな飾りの様だったその"手"は、いつの間にか大きく便利になっていたのだ。
まるで哺乳類の様に、物に触れたり掴んだりする事も出来た。
怪物は便利になった手を使って、敵の顎を押さえつけ、一方的に有利な状態から敵に食らいつく事が出来た。
『オレハ、サイキョウダ ミンナコロシテヤル』
それは同種である筈の仲間に対しても通用した。
今まで全く適わなかった群れのボスを、簡単に倒す事が出来たのだ。
怪物は、直ぐに新しい"ボス"になった。
多くの手下を従えて、怪物はとても満足した。
だが、優越感に浸る事が出来たのは、ほんの一時の間だけだった。
『サビシイ。ツマラナイ』
たった一匹だけ"知性"に目覚めてしまった怪物は、とても孤独になってしまった。
同種の仲間達は未だに"食欲"の事しか考えてない昔の自分と同じ愚か者だったからだ。
周りには自分の立場を脅かすような『便利な手』を持つ者は居ない。
そこで、怪物は考えた。
『ナカマヲ。コドモヲ ツクロウ』
群れの仲間に何かを求める事を諦めた怪物は、それを自分の"子"に求める事にしたのだ。
幸いにも雌はいくらでもいた。
すぐに周りは怪物の子だらけになるだろう事は明白だった。
そして、怪物は大きな大きな群れを作り、たった一匹で大量の雌達に"大量の卵"を産ませたのだ。
「ガアッハッハッハッ!!」
怪物は、大声で高らかに笑った。
焼け焦げて黒くなった筈の体皮の色は、怪我が完全に治った今でも、まるで"夜"の様に真っ黒だった。
•*¨*•.¸¸☆*・゜
──現代東京
「あの変っ態!真面目に訓練もしないで、何やっているのよ!」
巨大モニターで過去を監視していた凪は近くにあったゴミ箱を勢いよく蹴飛ばした。
誰も幸せになる事の出来ない狂ってしまった"歴史"と、滅びつつある人類を救う為に、苦渋の決断で彼を『過去の地球』に送り届けた。
《時間逆行》の《大魔法》は、莫大な魔力を必要とする。
現代の地球の魔力は殆ど枯渇してしまって残っておらず、"魔法陣"生成に必要な為の魔力量が全く足らなかった。
その為に、彼女は長い時間を掛けて魔力を蓄積し続け、やっとの思いで【一回分】の魔力を捻出したのだ。
更には、まだ自分の正体に気付いていない佑弥が『時間逆光による重大な副作用』の影響を受けない様に、自分の魔力の源である"髪の毛"に『呪』をかけて彼に与えたのだ。
彼の本当の力が目覚めるまでの間『呪』は彼を守ってくれるだろう……
その思いを込めて、彼が無事に生還出来る様に、自分のありったけを分け与えたのだ。
「はぁ……」
過去の地球をモニタリングしていた凪は、頭を抱えていた。
大きくて弾けそうだった胸も少しばかり萎んでしまったように見える。
膨大な魔力を保有していた筈の『現代最高の魔女』である凪ですら、この作戦で大半の魔力を使い果たしており、もう殆ど魔力は残されてはいなかった。
過去の様子を監視するだけでも、魔力は少なからず消費してしまう。
莫大な魔力を消費する『逆行』に比べたらそれは微々たる物だったが、それでも今の凪に乱用出来るものでは無いのだ。
『存在』の力が薄くなったのか、身体が時々消えるような錯覚を持つ事すらあった。
そこまでの犠牲を払ってでも、彼を監視し続け、彼を『歴史上で最強だったマテラ』に鍛えてもらう必要があった。
その為の、長い時間をかけて準備した"決死"の作戦だったにもかかわらず、彼は"水着姿"だの"谷間"だの"割れ目"だのに現を抜かしていたのだ。
綿密に計算と計画を練りあげた、凪にとっては完璧な作戦のつもりであったが、唯一の誤算があるとすればマテラの美しさを計算に入れてなかった事か。
マテラの美しさと知性は、全ての男を狂わせる力を持っていた。
思春期の、ましてや極度の変態である佑弥がこうなってしまうのは、仕方が無い事であったのか……
「あ~もうっ!! 許せない!!」
操作盤を激しく叩きつける。
やりようの無い怒りと、未来への不安、葛藤が凪を更に追い込んでいた。
残された時間は着々と迫ってきている。




