"邪"と戦う ②
突如舞い降りた夢の様な提案に、我が身が動揺で震えた。
勿論一緒には入りたい!だが…… そんな事出来る訳が無い……
今の俺に、その提案を受け入れる勇気などある訳が無いのだ。
そのような状況で、常に噴火しそうである思春期の爆情を保てる自信が全く無かったのだ。
幸福過ぎて逆に"迷惑"なお誘いを、何とか丁重にお断りし、風呂は別々に入る事を説得した。
「なんだ、つまらんな…… 自慢の大浴場を喜ぶ佑弥の顔が見たかったのに……」
マテラは少しだけ拗ねていたが、渋々と遠慮させて頂いた。
いくら変態な俺でも、それに耐える程の度胸も覚悟も備わっていなかったのだ。
☆。.:*・゜
「はぁ最高だったよ。お先~」
少し経つと、血色が良くなって赤みを帯びたマテラが部屋に帰ってきた。
機嫌はすっかり治っている様だ。
風呂上がりのマテラの"濡れた髪"が異常な程に色っぽい。
やっぱり、一緒に入らせて貰えば良かったかも知れない……
後ろ髪をガシっと引かれながら、マテラと交代で自慢の大浴場へと向かう。
☆。.:*・゜
「はあぁぁ~ これは本当に極楽極楽。風呂がこんなに気持ちが良いなんて、すっかり忘れていたな……」
久しぶりの湯にゆっくりと身体を浸ける。
数年ぶりに入ったお風呂は"最高"の一言に尽きた。
湯船に身体を沈めていると、お湯はまるで生きているかの様に身体中に染み渡っていく。
厳しい訓練で蓄積された疲れを溶かし出していく……
まるで、身体全体がお湯になって溶けてしまうかの様だった。
「い~い湯っだ~な♪ ははん♪♪」
ついつい無意識に古い神曲を口ずさんでしまう。
俺は久しぶりのお風呂を、心ゆくまで楽しんでいた。
「しかし、綺麗だったなぁ……」
最高の気分で風呂を味わっていると、先程の"濡髪のマテラ"が脳内で再生される。
続けて、初めて出会った時の"暗闇での全裸のマテラ"の姿も再生される。
「やはり勇気を振り絞って、一緒にお風呂に入るべきだったか……」
千載一遇の好機を逃してしまった事をしつこく悔やんだ。
悔やんでも、悔やみきれない。
『逃してしまった魚は大きい』と言うが、きっと世界で一番巨大な魚だった事が確信出来る。
数分前までマテラの入っていたこの湯でさえも、飲み干してやろうかと思ってしまう程に。
だが、いくら人間以上にタフなこの身体とはいえ、童貞の俺がいきなりそんな上級者の体験を味わってしまったなら、きっと溢れ出す鼻血で出血多量死していただろう。
勇気が出せずに、マテラと一緒にお風呂に入る事が出来なかったという思い出は、この先一生後悔する事になりそうだったが、やはり一緒に風呂に入る事は綺麗に断って良かったと思う。
そう自分に無理やり言い聞かせ"普通に"風呂を堪能して部屋に戻った。
それだけでも充分に満足だった。とその時は思っていた……
✩.*˚
「随分とゆっくりしていたな。疲れは取れたか?私はもう眠くて限界だよ。今日はもう寝よう」
部屋では既にマテラが今にも寝そうになっていた。
先に布団に入ってこちらを手招きしている。
『いくらでも部屋は余っているので、今日ぐらいは別々の部屋で寝よう』なんて言われるかと思っていたが、いつもの様に一緒に寝る事が出来るみたいでホっとした。
「最高のお風呂だったよ。ありがとう」
夢にまでた"フカフカ"のベッドと、暖かそうで清潔な布団に包まる。
久しぶりのベッドは最高に気持ちが良くて、感動して思わず涙が出そうになった。
地球では当たり前だと思っていた柔らかで清潔な寝床が、こんなにも心地良い物だったとは……
そして背中には、いつもの様にマテラの柔らかな感触を感じる。
絶対に譲りたくない俺の定位置だ。
快適過ぎる感触に心奪われていると、マテラがいつもの様に抱きついてきた。
「はぁ〜。暖かい。佑弥の背中はやはり落ち着くなぁ……」
マテラは俺よりも少しだけ体温が低く、いつも俺を"抱き枕"の様に抱え込んで"体温を奪っていく"のだ。
その行為自体は毎度の事なので、今更どうこう思う事では無いのだが……
『くっ……』
お風呂の件で興奮気味だった俺の精神状態がいつもとは大きく異なっていた。
先程の無念を全く振り切れてなどいなかったのだ。
いつもなら平気で耐えられていた筈の、背中に無防備に押し付けられてくるマテラの柔らかな双塊が、いつになく俺を喜び苦しめた。
俺は"体温"と同時に"理性"までをも、既に奪われていたのだ。
『ああ……マテラ……』
諦めた筈だったのに……
俺の脳裏には全裸でお風呂に入ってくるマテラの想像が浮かんでは消え……浮かんでは消え……
なまじの事"記憶力"が良いばかりに、頭の中に、かつて一度だけ見た全裸のマテラの姿が鮮明に浮かび続けて離れなかった。
俺の背中で押し潰されている『柔らかな物体』が気になって仕方ない。
身体中の全ての神経が、背中一点に集中していく。
背中は『超高感度感覚センサー』と化し、俺の精神を混乱させ悶々と苦しめた。
余りの喜びに俺の精神が崩壊していった。
マテラの方はと言うと、何事も無かったようにすぅすぅと気持ちよさそうな寝息を立てている。
その柔らかな吐息が首筋に当たり、更に俺を苦しめていく。
『この人は、思春期の男子の気持ちを全く理解していない!!』
今にも精神崩壊して飛びかかりそうになる程の思いを拳に握りしめ、歯を食いしばってひたすらに耐えた。
押し寄せてくる強大過ぎる自分の【邪】とひたすらに戦い続けたのだ。
こんな事ならお風呂で『済ませ』ておけば良かった……
結局その日は、明け方まで強大な煩悩に邪魔され続け、眠る事は出来なかった……




