"邪"と戦う ①
巨大な大広間の中でポツンと一人立ち尽くしている。
意気揚々と城の中に着くなり、彼女は『自分の家だと思って好きに使ってくれ!』などと言って、俺に自慢の"客間"をあてがってくれた。
どうやら特別な"ゲスト"を招く為の貴賓室みたいな部屋らしい。
ここで旅の疲れをゆっくりと癒せ。との計らいだ。
城の中はどういう仕組みになっているのか、今でも灯りが灯っており、風呂やトイレ、清浄な水まで流れている。
当時と全く変わらぬ生活環境が全て整っているらしい。
そして、流石は貴賓室。
一生目にする事は無い様な高価そうな調度品や家具が惜しげも無く使われ、とても快適に疲れを癒す事が出来そうだった。
だが、どれだけ快適な部屋とはいえ、庶民の俺にとっては全てが"広過ぎ"た。
"部屋"とは言っても、50畳以上はあろうかという大ホールみたいなリビングまであるし、部屋も幾つもあって迷いそうだ。
全てのスケールが大き過ぎて、庶民の俺にはどうにもこうにも落ち着かない。
たった一人でも荒野や洞窟なら過ごす事には慣れていたが、この巨大過ぎる"客間"は、庶民の俺に完全に居心地が悪いものだった。
どんなに豪勢で贅沢な物に囲まれているとはいっても、一人だと孤独しか感じられない。
「さ、寂しい……」
直ぐにマテラの『抱かれ枕』が恋しくなる。
あの柔らかでほんの少しだけ自分よりも冷たい触感が無ければもう俺は一人で眠る事さえ出来なくなっているのだ。
「ダメだ……」
俺はすぐに一人が耐えられなくなって、もう彼女の元へ行きたいと思っていた。
✩.*˚
こんな時間に女性の部屋を尋ねるなんて、失礼だろうか?
もしかすると、マテラもたまには一人になりたいのかもしれないし……
色んな考えが頭に浮かんだ。
俺もそこまで馬鹿では無い。
高校生にもなれば、そのぐらいの常識は心得ているつもりだった。
だが、余りにも広い部屋に一人残された俺は、寂しさに耐える事が出来ず、気付いた時にはマテラの部屋の前に立っていた。
下心があった訳では無い。
ただ、寂しかっただけなのだ……
「マテラ…… ごめん。起きているかい?」
「ああ起きているよ、どうしたんだ?」
「いや、最近いつも一緒だっただろう?あの部屋じゃ広過ぎて一人だと落ち着かなくてさ。少しだけ、一緒に居て良いかい?」
『男の子に襲われる』などという事は、マテラに限っては絶対に無い。
そんな事しても返り討ちに会うだけだし、そもそも俺の事など、年齢の差があり過ぎて男だとすらすらも思われてすらいないかもしれない。
だが、懐かしい我が家で久しぶりに『一人でゆっくりと思い出にふけりたかった』という可能性は充分に有り得る。
「ふふふ。寂しがり屋だな。早くこっちへおいで……」
だが、マテラは快く俺を迎え入れてくれた。
どうやら無駄な心配は杞憂に終わってくれたようで、心からホッとした。
「良かったぁ。寂しくてさ……」
あんな広い部屋に一人で置き去りにされる事は、俺には耐えられなかった。
人間では無い癖に、日本で産まれ日本で育った俺は、心だけは"完全な日本人"なのだ。
「ホントの事を白状するとな…… 私も、産まれ育った我が家とは言え、一人だとなんだか落ち着かなくてな。もう少し佑弥が声を掛けてくれるのが遅かったら、私の方から呼びに行こうかと思ってた所だったんだ」
マテラが、照れ臭そうに舌を出した。
その何気無い素振りが、俺の心を一撃で撃ち抜いていた。
マテラは恥ずかしくてこっちが真っ赤になりそうな発言を平気な顔で言う。
ましてやこんなルックスをした彼女から言われるのだ。
俺は耳まで真っ赤になってしまった。
これを無意識にやっているのだとしたら"天性の悪女"に違いない。
「しっかし凄いお城だね。俺の居た日本には、こんな大きなお城なんか残って無いし、なんだか緊張しちゃって全然落ち着かないよ」
まさかこんな馬鹿げたお城に住んでいたマテラには、令和時代の東京の住宅事情など、想像も付かないだろう。
「そうか。折角だから、落ち着くまで少し話そうか……」
マテラは《ストレージ》から茶菓子の様な物を取り出した。
ほのかに甘い、初めて味わう不思議な味だが悪くない。
そして、マテラの向かいのソファに座り、そのままいつもの様なたわいの無い会話をした。
それだけで、俺の心は安心する事が出来た。
マテラと一緒だと、久しく忘れていた"文明のある生活"の素晴らしさを味わう余裕も出てきた。
久々のランプの柔らかな灯りや、暖かくて清潔で快適な空間。
今まで当たり前過ぎて気付きしなかった文明の利器の有り難さにしみじみと感動する。
俺は完全にいつもの調子が戻り、少し興奮気味に夜遅くまでマテラと話をした。
一頻り話終わると、静かで快適な空間はとてつもなく眠気を誘う。
まだ話は尽きる事は無かったが、夜も更け、流石に俺達にも疲れが見え始めてきた。
「そうだ!忘れていた!佑弥は、風呂は好きかい?」
「え!?風呂があるの?勿論大好きだよ!」
俺は突然告げられた風呂の存在に歓喜した。
俺を誰だと思っているのか?
俺は世界で一番、お風呂が大好き民族な『日本人』なのだ!
風呂が嫌いな訳が無い。
「良かった!我が家自慢のお風呂なんだ!私も入ろうと思って準備してあるから一緒に行こう!私が佑弥の背中を流してやる!」
「な……!」
我が耳を疑った。
だが、俺がそれを聞き間違える事など有り得ない。
唐突に、マテラからとんでもない発言が飛び出したのだ。
一緒に"風呂に入り背中を流す"などというとんでもない提案を、さも当然かの様に彼女は話したのだ。




