滅んだ異世界で ①
闇……
完全な漆黒の世界。
一体、ここは何処だ?夢か?
周りを見渡しても、目には何も映らない。
何だ……この空間は……?
もしかして、俺の目は空いてないのか?
光の一切が届かない完全な暗黒は、自分の瞼が開いているのか?
それとも、閉じているから何も見えないのだろうか?
それすらも全く分からない程に完全な暗黒だった。
だが、ここは決して【無】では無いようだ。
何故だか、それだけは理解する事が出来る。
目には見えないだけで、確実に何かが存在しているのを感じるのだ。
視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚……
五感の全てを失ったこの空間で、何故だかそれだけは理解出来た。
眠い……
五感を失ったこの空間で、俺は何もする事が出来なかった。
意識が急速に遠のいていく……
何も見えない筈のこの空間も、徐々に姿を失って消えていく。
いや…… もしかすると、逆に徐々に俺の意識が目覚めているのだろうか?
どちらとも言えない不思議な感覚を味わいながら、この【世界】が消えて無くなっていく……
………………
…………
……
✩.*˚
激しい頭痛で目を覚めた。
ボールがぶつかった怪我では無い。
もっと奥の方から来ている謎の『痛み』だ。
だが、徐々に痛みは治まってきた。
治まってきた痛みと共に、記憶が蘇ってくる。
炉林 佑弥の最後の記憶は、突然現れた謎の底なし沼に飲み込まれて、訳も分からずに沈んで行く所で終わっていた。
そうだ。
俺は訳の分からない底なし沼みたいな物に飲み込まれて、気を失ってしまったのだ。
最後にアデラ先生に見捨てられて助けてもらえなかったのだ。
何故先生は、俺を助けてくれなかったのか?
苛立ちが俺を襲う。
理解出来ない。
一体何故先生はあんなに冷静に俺を見捨てたのだ?
態度はともかく、生徒を見殺しにするような人では無い。
それとも、何か意味でもあったのだろうか?
「あっ!そう言えば!」
俺は自分の掌を見た。
最後に何かを握らされた筈だ!
「無い……」
だが、手には何も無かった。
しっかりと握りしめていた筈だったのに……
底なし沼に飲み込まれている間に手放してしまったのだろうか……
まるで理解出来ない。
頭の中が混乱する。
一体なんで俺がこんな目に……
「くっ……」
しかし、どのぐらい気を失っていたのだろう?
そんなに長い間では無いと思うが……
その時、視界に入った風景の異常さに呆けていた頭が一気に覚めた。
「な、なんだここは……」
目の前の光景に絶句する。
見た事も無い植物。
聞いた事も無い大自然の音。
どれだけ辺りを見回して見ても、道、建物、ビル、etc、人工物の類は全く存在しない。
遮る物が一切存在せず、遥か遠くの地平線までハッキリと見える程の、果てしない大平原が目の前に拡がっていたのだ。
何とか命だけは助かった事を安堵する暇もなく、視界には異常な物しか映っていない。
どういう事なんだ?
俺は確かに学校からの帰宅路に居た筈だったが……
「まだ夢を見ているのか……?あんな大きな生物がいる訳無いしな……」
遠くの方で何やら"巨大な動く物体"の様な物さえ見えた。
もしあれが生き物だったとしたら……と思うと怖過ぎて俺の"大切な箇所"が縮み上がってしまった。
「痛っ、違うのか……」
この不気味な夢から覚める為に人体最高の痛覚を持つ内股を容赦無く摘み上げてみたが、返ってきたのは痛みだけだった。
「夢じゃ無い。だったら一体ここは何処なんだ?」
理解不能な状況に激しく混乱する。
内股の痛みは間違い無いが、未だにここが現実だとは思えない。
暑い。いや、熱い。
巨大で強い太陽が、ギラギラと容赦なく皮膚を焦がしている。
だが、穴から大分深い所に落ちた筈なのに、ここが地面の下だとは、どう考えても思えない。
やはり、夢なのか?
混乱する。
夢では無いが、まるで夢でも見ているのかと思う程の非現実な世界だ。
夢では無いとしたら、ここはいったい何処なんだ?
アフリカ?それともオーストラリア?
何度も自分に自問自答する。
知っている限りの全ての記憶を元に、一生懸命推測するが、やはり、どれとも違う。
俺が見間違える筈が無い。
なんで俺がこんな酷い目に合わないと行けないんだ……
自分の現状が理解出来ずに、暫く呆然としていると、遠くから何か地響きのような音が聞こえてきた。
(ドシーン……)
先程遠くに見えた何か巨大な質量を持つ物が移動しているようだった。
(ドシーーン……)
音が近づいてくる……
遠くに小さく見えた音の正体に、俺の意識は凍りついていた。
「まさか……嘘だろう……?」
余りの衝撃で、自分の目が信じられなかった。
遠くから、アニメや映画に出てくる様な巨大な怪物が、こちらへ向かって歩いて来ているのだ。
自分の知っている全ての記憶を思い返すが、こんな巨大な生物は見た事が無い。
あえて、一番近い生物に例えるとするならば、恐竜?か?
だが、似ているのはシルエットだけだ。
何せ目玉が四つもあるのだ。
怖過ぎる……
どうやら夢では無さそうだが、心の底からこれが夢であって欲しいと願う。
なぜなら、その不気味な怪物は、俺のいる場所へと一直線に向かって来ているのだ。
「まさか…… 俺を食う。つもりなのか……?」
『もしかして、たまたま怪物の進行方向に俺が居るのかな?』なんて思って横に移動してみたが、俺の移動した場所へ向かって進路を変え、再び一直線に向かって来ている。
間違いなく俺に向かって来てるようだ……
怖過ぎて身体が硬直する。
全力で逃げないとダメな状況だと言うのに、足は恐怖で竦んで動かなかった。
(ドシーン!ドシーン!!)
怪物はどんどんと迫って来ている。
子供の頃から、神話に出て来る化け物退治の【勇者】に憧れていた俺だが、いざ目の前に現れた怪物のなんと巨大で、なんと圧倒的な絶望感。
どうやっても太刀打ち出来ない存在だと言う事を、本能で悟らされた。
こんな怪物に挑む勇者は漫画の中だけだと思った。
だってこんなの、勝てる訳が無いのだ。
「あぁ……」
股間から暖かい物が流れ出していた……
足元に小さな水溜まりが出来ていた……
恐怖で逃げ出す事はおろか、腰が抜けてしまって地面にへたり込んだ。
俺は、生まれ持った『力』のおかげで、今までどんなピンチが訪れようと、心のどこかでは余裕で居る事が出来た。
『力』さえ使えれば、大抵の事は難なく対処出来たからだ。
本気を出せば人間なんかに負ける事など無いという自信もあった。
だが、今度ばかりは流石にどうにもなる気がしない……
「もう、終わりだな……」
死ぬかと思った底無し沼から奇跡的に生還したとおもった矢先に、訳の分からない世界へと放り出され、直後に人生最大のピンチを迎えるとは……
なんで俺はこんなについてないんだろう……
せめてライオンや虎に遭遇したのなら『力』でどうにかする事も出来たかもしれない。
だが、この巨大な怪物に襲われて、どうやって生還しろというのか……
怪物は、もう目と鼻の先まで迫って来ている。
物珍しい珍味でも見付けたかのように、ヨダレを垂らしながら近づいて来た。
止めてくれ。
俺は食べても多分不味いと思うぞ?
小さいし、ガリガリで食べる部分も少ないし……
そんな事思う余裕も無かった。
恐怖以外には何も考えられなかった。
生まれて初めて味わう、確実に迫り来る死の恐怖……
『グワァア!!』
怪物の巨大な顎が、動けない俺を一口で飲み込もうと大きく開いた。
未だに身体が動かない俺は『死』を覚悟した。
怪物の強烈な口臭がここまで臭ってくる。
弱肉強食の自然界の厳しさを、身をもって感じた。
濡れたズボンが気持ち悪い……
両親や、クラスメートの事が頭を過った。
学校の眩しく輝いていた女子達。
いつも水泳の授業中に、遠くから眺めて興奮していた。
あの美しい女生徒達の肢体をもう一度、心ゆくまで見たかった……
出来れば、生まれたままの姿で……
自分の正体すら分からず、夢も希望も何も叶えてない人生に後悔した。
せめて生の女体を体験してみたかった。
『死』という名の、怪物の鋭い牙がもうすぐ近くまで迫ってきている。