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地獄の出入口 ⑦

 何も見えず、何も感じる事も無い暗黒の世界。


 ウンザリする。

 また俺はこの夢の世界へ来てしまったようだ。


 この夢を見るのは、もう何度目になるのか?


 今回のこの夢の中で、俺は長い時を生きた死ぬ間際の老人の……ような気がする。

 何も見えないので、あくまで気がしただけだ。


 ん?


 今、俺は何かに触ったような気がした。

 何も感じない筈のこの世界で『触った』という感覚を感じるのもおかしな話だが。

 それでも確かに、ほんの少しだけだが感じたのだ。


 何かを触ったような気がする場所をもう一度『触って』みる。


 ……


 やはり、何も感じる事は無い……

 そもそも俺には"手"など無いのに、どうやって触ったと感じたのか?


 それでも俺は確かに『何か』に触ったような感じがしたのだ。

 俺には見えずとも、ここにはきっと『何か』が存在しているのだ。


 ……


 残念ながら、それの正体は分からないままに、俺の意識は遠のいていった……


 目覚めた時には、きっと今回の事も全て忘れてしまうのだろう……


 ………………


 …………


 …… 


 ☆。.:*・゜


 周りが暗い。

 いつの間にか夜になっていた。

 意識がボンヤリする。

 というより、俺は…… 眠っていたのか……?


「……?」


 所で、この"膨らみ"は何だろう……?

 目の前に、巨大な二つの丘が有る。

 半分惚けた頭でその双丘を眺めていた。


「起きたか?佑弥……」


 双丘の奥からマテラが顔を覗かせた。

 マテラは赤子でも抱くかのように、自分の膝に俺の頭を乗せて、優しく支えてくれていたのだ。

 泣いていたのだろうか? 彼女の目は真っ赤になっており、今も涙が滲んでいた。


「……!!」


 一拍置いて、目の前にある膨らみが、下から見上げた豊かな"胸"だった事に気付く。


「ぬああっ!」


 寝惚けていた頭が一気に覚める。

 マテラは実のお婆ちゃん以上の高齢者ではあるが、見た目は少し年上の綺麗な巨乳のお姉さんだ。

 今俺が置かれている状況は、本来ならば涙を流して喜ぶ程のシチュエーションだったのにもかかわらず、俺はまだ"覚悟"が出来ていなかった。

 恥ずかしさの余り、慌てて膝から飛び起きてしまった。


「だ、大丈夫だよ!!心配かけてごめん!もうすっかり元気だよ!!」


 彼女は俺を心配して見守って居てくれたのに、まるでそれが嫌であったかのような失礼な態度を取ってしまった事が気まずかった。

 謝罪するのも恥ずかしかったので、代わりに元気いっぱいの笑顔でおどけて見せた。


「大丈夫か?? すまなかったな。あのぐらいで佑弥がどうにかなるとは思っていないが、中々目を覚まさなかったので少しだけ心配したぞ。"目の色"も元に戻って良かった」


「え?目の色?身体の黒い痣じゃなくて?」


「うん。身体の痣の他に"目の色"も真っ黒になっていたので、少しビックリしたんだ」


「そうなんだ。俺の目が……」


 目…… ずっと鏡を見てなかったので、気づかなかった。

 いつの間にか、俺は目の色が黒くなっていたのか。

 今は元に戻っているらしいが、怪我と関係あるのだろうか?


「目の事を知らなかったのか…… もしかしたら急成長した佑弥の持つ『力』と、何か関係があるのかも知れんな」


 なるほど。

 よくは分からないが、確かに俺の『力』の副作用的な物なのかも知れない……

 怪力など、怪物かそれ以上になってしまっている。

 最近、どんどん人間とは違う生き物になっていくみたいだ。

 その内に、俺の心まで『化け物』になっていくんじゃないだろうか……


 気にはなるが、まあ今は治っているらしいので深く考えるのをやめよう。


「はぁ。しかし、本当に良かった」


 マテラは俺が目を覚ました事を安心したのか、やっと笑顔に戻ってくれた。

 泣くほど心配するのなら、あそこまで過激な訓練しなければ良いのに…… と思った。

 本当に、無茶苦茶なお姉さんだ。


「そっか…… 俺は気絶してしまったのか……」


 突然のラッキーハプニングと、自分でも知らなかった身体の異変の事に気を取られて、忘れていた先程の"過激な戦闘訓練"の事を思い出した。

 この世界(ゼジャータ)に来てからと言うもの、何度も危険な目には会っていたが、あれ程の大怪我を負った事も、意識を失う事も無かった。

 自分は頑丈で、それなりに力が付いているのだと過信していた。


 今思えば、俺はこの世界に来て最初に体験したあの"死への恐怖"をすっかり忘れてしまっていたのだ。

 岩に潰される恐怖は痛みへの恐怖だ。

 "死の恐怖"では無い。

 マテラに会うまでは、むしろ『死んだら楽になれるんじゃないか?』と馬鹿な事を本気で考えていた。


 だが、現実味を帯びた"死の恐怖"はとても容認出来る様なものでは無い。

 今も足が震え出す程なのだ。

 過信して忘れかけていたその恐怖を、マテラは再び思い出させてくれたのだ。


「マテラって、めちゃくちゃ強いんだね……」


 自分の自惚れと過信を恥じた。

 そして、目の前にいる美しい女性の強さに心から恐怖した。

 彼女が味方で本当に良かったと思った。


「そうだな。私はとても強い」


「うん。一体どのぐらい強いの?」


「多分、佑弥が今迄に会った中で一番強いと思う人よりも、遥かに強いと思う……」

 

「そんなに自信満々に言い切れちゃうぐらい強いんだね……」


「長い時間を、生きているからね……」


 マテラは切なくもあり、少し楽しそうでもあった。

 心地の良いダラダラした二人の時間を続ける事にする。


「この世で一番強いって事?」


「この世で、と言うよりも、今の私はこの宇宙で一番強い"生命体"なのかもしれないな」


「え、そこまで自信があるの?」


「だってそうだろう?私以上に長い時を生きて、訓練を続けた者が居るとはとても思えない。もし、神様なんて者が居るなら話は違うかも知れないが……」


 スケールがとんでもない所まで飛躍してきていた。

 だが、マテラの表情は至極真面目であった。

 本気でそう考えているのだろう。


「じゃあ今迄に一度も負けた事も無いの?」


「いや、私が幼く未熟だった時には敵わない人も大勢いた。最初から最強だった訳では無い。ほら、以前言った『彼』も、とても強かった」


 マテラは思い出したように語った。


「その『異世界人』と、マテラは戦ったの!?」


 そんな命知らずのやつが居たのかと、訓練とはいえ実際にマテラと手合わせした今ならよく解る。


「異世界人に命を救ってもらったんだよ。彼はとてもとても強ったし、当時未熟だった私よりも遥かに強かった。あれ以来一度も会ってはいないが、未だに漂流を続けたままであれば、きっとどこかに居て、更に強くなっているだろう。もし会う事が出来るのならば、是非手合わせ願いたいものだ。だが、私はあまりに長い時を生き過ぎて、強くなり過ぎてしまった。今ではもう共に張り合える存在も居ない。張り合えるどころか誰一人として生きてさえ居ない。随分寂しかったんだよ……」


「そう、なんだ…… 大変だったね」


 マテラの頬に、再び流れていく物が見えた。


 そして、可憐な見た目とは裏腹に、何とも信じ難い事をサラリと言うお婆ちゃんだな。と思った。

 俺とて数時間前に、何度も殺されかけた事実が無ければ、こんな話、とても信じられなかっただろう。

 この目の前ですぐにメソメソと泣いている可愛い見た目の女性が"最強"などと、誰が想像出来るというのだ……


 思いがけずに偶然出会った人物がとんでもない人物だった事を、改めて思い知る事となった。

 敵じゃなくて、本当に良かったと思う……









 

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