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地獄の出入口 ⑥

「あ~。動きがバラバラ過ぎて全然だめだ。しばらくは身体の操作に慣れるように専念しよう」


「はい……」


 何度やっても、自分の速すぎる速度に感覚がついていかない。

 まるで、トランポリンから降りた直後の様なフワフワした不思議な感覚だった。

 自分の身体を《加重》する事でいくらかは制御出来るようになったが、それでは意味が無いのだ。

 この速度域になんとしても感覚が慣れなければ意味が無い。


「じゃあ、今度は私が攻撃するから、それを躱してみてくれ。それぐらいならば、今の佑弥にでも出来るだろう?」


「わかった……」


「行くぞ!」


「はい!」


(ゴォッ!)


「うわぁっ!」


 目の前をとてつもない速度の巨大な物が通り過ぎていった。

 マテラ竜の巨大な爪だった。

 速すぎて避けるどころか視認する事すら出来ない。


「ちょ、速過ぎない!?」


「何を言っているんだ!次は当てるぞ!油断していると大怪我するぞ!」


 迫りくる爪を危機一髪で何とか躱す。

 目にも止まらぬ凄まじい攻撃だったが、確かに来るとわかっていれば躱すだけなら何とかなりそうだ。

 直撃さえ受けなければ、今の俺は数トンの岩の破壊力でも我慢する事が出来る。

 大怪我など、する訳……


「ぐあゃっ!」


 余計な事に集中力を割かれている隙に、放たれたマテラの次弾がモロに直撃してしまった。

 まるでダンプカーに跳ねられたかと思う程の衝撃を食らい、俺は数mも弾き飛ばされてしまった。

 訓練のお陰で何とか起き上がる事が出来たが、自分の腕に"違和感"を感じる。

 嫌な感じがして、視線を"違和感"のある腕へと向けてみた。


「マジか……」

 

 俺の身体の頑丈さは、人間とは訳が違う。

 ましてや岩潰れ訓練で頑丈さは更に増していた。

 なのに今、俺の腕は爪で深々と抉りとられており、ダラダラと赤黒い血が流れていたのだ。

 彼女が何気なく振るっただけの攻撃に"t"を超える巨岩以上の破壊力があると言うのか……


「ボーっと油断している余裕はないぞ!!」


「ぐわぁっ!」

 

 驚く暇も与えられない。

 再び横なぎに弾き飛ばされた。

 まるで俺の身体が豆腐の様に削り取られていく。


「ぐぅううう……」


 たった二発の攻撃で、俺の身体は見るも無惨な程に血塗れになっていた。

 鈍器()の痛みとは全く違う、鋭く刺すような鋭利な痛みが俺を襲った。


「ぐぅうああぁ……」


 痛みには慣れている。

 だが、焼けるようなこの裂傷の痛みにまだ"慣れていな"かった。

 更に血液を失った事で、身体の機能までもが低下していく。

 意識が朦朧とする。

 力が入らない。

 あんなに軽かった身体が、立っているだけでやっとのぐらいに、重い……


「どうした?血を流したのがそんなにショックなのか?岩潰れでも血は流していただろう?」


「ぐ、そんな事言っても……」


 少し時間が経つと、裂傷は塞がり始めて流血も収まってくる。

 我ながら、不思議な"修復力"に感謝する。

 だが、修復と共に朦朧としていた意識も蘇ってくる。

 意識が鮮明になると、今度は恐怖が襲ってきた。


 そうだ。

 俺が人間で無いように、彼女もまた『人とは異なる存在』だったのだ……


 身体は確かに強くなっている。

 だが、俺と同じかそれ以上の訓練をマテラは何十年、何百年と続けていたのだ。

 俺が多少強くなった程度で、彼女の強さに近付けたなどと、思い上がりも甚だしかったのだ。


「筋力が増えた程度で、自分は無敵だとでも思っていたのか?戦いはそんなに甘いものでは無いぞ?いくら頑丈で異常な自己回復力を持っているとはいえ、限界を超えた力で攻撃されれば、簡単に死んでしまうんだぞ!それっ!!」


「くっ……」


 心まで折れそうな厳しい叱咤を浴びせかけながら、マテラの爪が容赦無く俺を襲う。

 返す言葉も無かった。

 一瞬でも気を緩めると、またすぐに弾き飛ばされてしまいそうだった。

 全神経をマテラの爪に注ぐ。

 頭の直ぐ上を、荒ぶる爪が暴風のような音を立てて通り過ぎていく。

 止まらない暴風のようなマテラの薙払いを、必死の思いで躱す。


「つぅっ!」


 躱しきれずに軽く掠めただけで、爪は容易に肉を削り取っていった。

 だが、取り敢えず『爪の軌道』は覚えた。

 もうさっきまでの油断も消えた。

 "初動"さえ見逃さなければ、もう直撃は喰らわない!

 

「少し慣れてきたかな? そろそろ練習は終わるぞ……」


 マテラが大きく振りかぶる。

 

「ちょ!ちょっと待って!!まだ全然慣れてない!」


 ヤバい…… 今度こそ本当に死んでしまう。

 危機を感じた俺は、咄嗟にマテラを《加重》して動きを鈍らせた。


「む! 今、()()()な!?」


「もう!限界です!」


「簡単に弱音を吐くな!!」


 ダメ元でマテラに『力』を使い、動きを"鈍くした"つもりだったのだが、残念ながら殆ど効果は無いようだった。

 何とか直撃する事だけは免れていたものの、マテラの攻撃が軽く掠るだけで、身体はみるみる内にボロボロになって行く。

 攻撃の嵐は一瞬たりとも止まる事は無く、もはや自己再生も追い付かない。

 もはや集中力も途切れつつあり、身体の動きはどんどん鈍くなってくる。

 やってみて気付いたのだが、戦闘中に激しく動きながらの『力』の行使は、信じられない程に俺の集中力を削り取っていった。


「ぐぅぅぅ!」


 途切れた集中力は、僅かにだが、一瞬の反応の遅れをもたらしてしまった。

 マテラの"初動"を見逃した俺に、容赦の無い爪撃が直撃する。


 攻撃をモロに食らった俺は、まるで玩具のボールの様に弾き飛ばされてしまった。


 そこから先は覚えていなかった。


 巨大な爪が視界に飛び込んだ映像を最後に、俺の意識が途絶えてしまったからだ……



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