誰にも知られてはいけない…… ②
「!!」
痛い!
余りの激痛に意識が一瞬遠のいた。
思わず悲鳴を上げそうになったが、必死で耐えた。
それにしても痛い。痛すぎる。
どうやら、今ので頭蓋骨が完全に割れてしまったようだ。
頭が割れるように痛いと言うが、本当に割れてしまった痛みは尋常では無かった。
「ぐっぬぬぬ……」
視界が明滅して思考が消えそうになる。
少しでも気を抜くとそのまま意識を失って失ってしまいそうだった。
頭部からは自動的に"黒いモヤ"が噴き出して俺の頭を修復している。
だが、こんな所で気絶する訳には行かない。
倒れないように、必死で自分に活を入れた。
因みに、この"モヤ"は人間、というか俺以外には見えない。
(ゴロゴロ……)
足元を見てみると野球の硬球が転がっていた。
どうやらコイツが俺の頭を破壊した犯人のようだった。
道理で痛い訳だ。
これを打った野球部よりも、こんな物が飛んでくる場所を通学路をした学校にも怒りが沸き起こる。
「おい!イロリン!ボーっとしてんじゃねえぞ!」
野球部員が俺に向かって謝罪どころか罵声を浴びせてきた。
信じられない。
他人にボールを直撃させておいて、何という無茶苦茶な奴らだ……
俺が頭蓋骨が割れる程の怪我をして倒れていないのは、必死で気合いを入れて踏ん張っているからだ。
俺だから生きているものの、もし人間であれば、間違いなく死んでいるか大怪我をしている程の大事故だ。
一歩間違えばお前らは殺人者になっていたと言うのに、何という態度なのだ。
だが、俺はこの燃える上がるような怒りを必死で抑えた。
「すまん……」
もし、俺の正体がバレさえしなければ"ぶち殺して"やったのに……
「こんな所ボ~と歩いてると邪魔なんだよ!ガリゾンビは早く家に帰れよ!」
はらわたが煮えくり返っていたが、これ以上絡まれる前に、俺はその場から立ち去った。
頭蓋骨の一部が陥没骨折しているようで、激しい痛みが今も後頭部を襲っているが"この程度"ならば直ぐに治るだろう。
そのまま何事も無かった様に、帰り道に向かって歩き出した。
*・゜
帰り道を歩く。
痛みは大分収まって来ていた。
"黒いモヤ"も大分薄くなっている。
思い出すと腹が立つので、もう考えないようにしよう。
ここは東京ではあるが、都市部からは離れて居るので、この時間にでもなれば人通りも少なく、とても静かだ。
日が落ちて夜になったばかりと言うのに、俺の他には誰も居ない。
街灯の薄暗い明かりだけが、足元を照らしている。
黙々と家に続く長い道を歩いていた。
今日も何も無いつまらない一日だった。
ただ黙々と一日を"耐える"
ただそれだけの人生。
彼女も居ない。
楽しい事と言えば、女性を"妄想"する事だけ。
何故俺はこんな"苦難"な人生を歩まなければ行けないのか……
(ズブリ……)
突然、足が地面に沈みこんだ。
ん?暗くて見えなかったが、道路工事でもしていたのか?
足は既に足首まで埋まっていたが、慌てる程の事でも無い。
だが、このままではぬかるみに足を取られて上手く歩く事が出来ないのが億劫だった。
周りに人が居ない事を確認してから、俺は『秘密の力』を使った。
これで、どんなに柔らかい泥濘だろうと、埋まらずに歩く事が出来る筈だった……
「ん?」
が、おかしい…… 簡単に抜ける筈であった足部は抜けるどころか、今ではスネの辺りまで沈みこんでいる。
「足が抜けない……ふん!」
力いっぱい足を上げてみようとするが、スネまで埋まっている足はビクともしなかった。
それどころか沈む速度は加速する一方で、もう膝まで埋まってしまっている。
おかしい。
こんな事は俺に限って"有り得ない"……
限界まで『力』を使っていると言うのに、全く通用しない……
産まれてこの方、俺の『力』が通用しなかった事など一度も無かったのに。
身体はもう太腿まで沈みこんでいた。
「ちょ、ちょっと待って!や、ヤバい!」
余裕ぶっていたが、今になって初めて自分がとてもヤバい状況だと言う事に気が付いた。
なんだこれは!?
道路工事なんかでは有り得ない。
既に腹まで沈み込んでいる。
底なし沼? イヤイヤ、ここは仮にも東京だ。
こんな道路にそんな物ある訳無い!
何なんだこれは!?
だが、今の俺のこの状況は底なし沼に飲み込まれているのと同じだった。
いや、むしろそれよりも酷い状況かもしれない。
何故なら俺の『力』が全く通用しないのだ。
「うおお!」
頭をフル回転させて、昔テレビで見た底なし沼から脱出法を思い出す。
まだ沈んでいない上身体をあえて泥濘に寝かせ、地面にかかる圧力を分散させる方法だ。
泥濘に自らうつ伏せになった。
足にかかっていた圧力を分散させ、足を持ち上げようとするが、ビクともしなかった。
悔しい事に、更に事態は悪化している。
「うおおおお!!」
半分埋まった顔面を何とか持ち上げ、渾身で悪足掻きの『力』を発動させる。
が、気合い虚しく身体は容赦なく沈みこんでいく。
「あっ!」
その時、視界の影にローブを纏った美しい女性が見えた。
チャンスだ!
この人に救いを求めれば。
「そこの誰か!助けてください!底無し沼に落ちてしまって!」
俺は必死で助けを求めた。
だが、女性はこちらを眺めるばかりで一向に動こうとしなかった。
「あ、あの!すみません!助けて……」
「抗えぬ宿命とはいえ、何と辛い事なのか…… だが、負けるなよ……」
女性が口を開く。
その声の主は、聞き間違えようの無いぐらいに俺の良く知っている人物の物だった。
この人ならば!この状況でも何とかしてくれそうだ!
「せ、先生ですよね!?何してるんですか!早く助けて下さいよ!」
「わ、儂はアデラでは無い!人違いだ!」
「何を言っているんですか!そんな冗談言っている場合じゃないんです!お願いです!助けてく………!」
助けを求める口まで、底なし沼に沈み込んでしまった。
「諦めろ……もう儂にもどうにもならん。くれぐれも儂にこ……………」
耳まで沈み込み、先生の言葉は最後まで聞こえなかった。
本当にヤバい。
何とかまだ飲み込まれていない"目"で、必死で先生に助けを求める。
何故!?
何故助けてくれないんですか!?
もしや、先生が俺をこの"底無し沼"に落としたのか!?
そうだとしたら、一体何の為に!?
「……」
アデラ先生は応えてくれなかった。
そして、目まで沈みこんだ。
もう見る事すら出来ない。
「……」
何故……?
疑問だけが残る。
視界も完全に消え、底なし沼に完全に飲み込まれてしまった……
だが、最後に残った俺の"掌"に、何か"物"を握らされた感覚が残った。
これは、なんだろう……
考える暇もなく、俺の意識までも闇に塗り潰されていく……




