朧げな幻影 ④
「はぁ~美味かった~」
一心不乱に食べていたので、冷静さを取り戻すのに暫くの時間がかかってしまった。
まだまだ食べれそうだったし、肉もまだ残っているが、腹が満たされた事で少し落ち着く事が出来た。
食べ物でこんなに我を失いかけたのは初めての体験だった。
「さっき何も無い所から、突然"道具"を取り出したのも《魔法》なの?」
心が平常へと落ち着いて来たので、気になっていた事を聞いてみる事にする。
先程のまるで"手品"のようなマテラの"技"の事だ。
「ああ。あれは『携帯倉庫』と言う『魔道具』だ。佑弥はそれも持っていないんだな。そうだな、簡易版もあるので渡しておこう」
「ありがとう!」
マテラから、どう見ても腕輪にしか見えない『携帯倉庫』という『魔道具』を手渡された。
これは『自分専用の亜空間』を作るアイテムで、腕に装備した状態で"意識"すると、いつでも『亜空間』にアクセスにして内部に収納した物を取り出す事が出来るらしい。
勿論初めて見る物だったが、よくSF小説なんかで出てくるので容易に理解出来た。
これが有ると無いとでは天と地ほども違う。
信じられない程に便利な道具なのだ。
ただし『倉庫』の容量は使用者の魔力量に比例するらしく、魔力が皆無な俺では最低限の容量しか作る事が出来なかった。
だが、それですらとてつもなく便利である事は間違いない。
これでいつでも食料を保管出来るのだ。
保管さえ出来ていれば、喉が渇く度に水や果物
を探しに行く手間が省けるのだ。
因みにマテラは『操作用の腕輪』すら使わずに、自身の《魔力》だけで亜空間を使用出来るらしい。
「佑弥の世界には《魔法》どころか『魔道具』すらないんだな。しかし、よくそれでこの世界を生き延びてこられたものだ……」
「うん。必死だった……」
何をやるにしても全てが大変で、1mmも楽しくなかった地獄だった【異世界生活】を思い出した。
怪物に襲われるたり、必死で食べ物を探したり、もう慣れてはいたと言うものの、それでもやはり大変だった事に変わりは無い。
「冬などは寒かっただろう?一体どうしていたのだ?」
「大変だったけど、俺は寒いぐらいでは死なない体質らしい。何とか乗り切れた」
冬の寒さに苦労した事も思い出す。
体質のおかげで寒さだけは何とかなったものの、草食怪物達の数は減るし、果物は取れないわで、とても大変だったのだ。
この世界で唯一の楽しみである『甘味』を奪われた時の俺の絶望たるや、再び冬が来るのが恐ろしかった。
「佑弥は力も弱いし、狩りをするのもさぞ大変だったろうに……」
「うん。大変だった……」
マテラに出会うまでは、特殊能力を含めれば既に『人類最強』レベルの戦闘力を持っていると過信していたのだが、先程の究極の"勘違い"を思い起こして刺される様な羞恥心が俺を襲った。
『どう足掻いても大型怪物には決して敵わない……』と匙を投げて以来、訓練を疎かにしていたのにもかかわらず、何故突然自分のパンチが怪物を倒す程に強化されているなどと勘違いしてしまったのか……
マテラに見られてなかったのが救いであったが『穴』があるなら入りたい程だ。
「まあでも安心してくれ。これからはどんな怪物が現れても私が守ってやるから……」
マテラは俺の事がとても心配のようだった。
たしかに、先程は何の役にも立たなかったが、俺はこれでも何年も訓練を続けていたし、《魔法》こそ使う事は出来ないが『力』は持っている。
先程は予想外の怪物の群れに戸惑ってしまったが、そこまで弱い訳でも無い筈なのだ。
今までも相手が大型以外なら、俺一人で"狩って"生きてきたのだ。
だが、俺は直ぐに自分の気持ちを改める事にした。
何故なら、さっき勘違いで味わった『マテラを失う』と言う事の恐怖を思い出したのだ。
マテラは確かに強い。
きっとこの先も彼女に任せてさえいれば、危険などは無いのかもしれない。
俺も、人間に比べたら相当強いと思う。
だけど、それはあくまでも地球での話だ。
この程度の力では、この世界では全く通用しない。
たまたまマテラが悪魔の様に強かったから事なきを得ただけで、普通ならばせっかく巡り会えた友をあっさりと失ってしまっていた所なのだ。
あの時味わった、たとえようの無い何とも言えない"喪失感"と"虚無感"。
身体に空いた歯型の穴の数百倍も、心に穴が空いたようだった。
もう、何が何でも二度とあんな思いはしたくなかった。
もし、マテラでも敵わない様な敵が現れたなら?
もし、マテラの体調がおかしくなったなら?
それだけでは無い。
彼女に呆れられて捨てられてしまう可能性だってある。
俺はやはり力を付ける必要があった。
だから、俺はマテラに"お願い"をする。
この先、二度とあんな思いをしない為にも。
誰にも、あんな思いをさせない為にも。
「うん。ありがとう。だけど、もし良ければ俺に"戦い方"を教えてくれないか?」
「……私に守られたからと言って、恥じる事など無いんだぞ?私は特別なのだ。佑弥一人守る事など、なんの造作も無い事だ」
「いや…… 違うんだ。恥ずかしいのは勿論だけど、それ以上に、俺は二度と大切な友を失うような思いはしたくないんだ。マテラは確かに強い。きっと俺なんか必要無いぐらいに強いんだと思う。だけど、やはりあんな辛い思いは二度としたくない」
言っていて、自分にこんな熱い思いが有ったのかと驚いてしまった。
ずっと、他の人間の事を避けて生きていたのに。
あんなに、自分以外の事などどうでも良いと思っていたのに。
いや…… 違うか。
俺は家族の事だけは大切に思っていた。
人間じゃない俺を無償の愛で育ててくれた家族の事だけは。
それだけは誓う事が出来るのだ。
きっと俺は、この世界で唯一知り合う事が出来たマテラの事を、既に家族の様に大切に思えていたのだ。
「ダメかな?俺なんか訓練するだけ無駄だろうか?」
「よし。わかった。もう、何も言うな。私がきっちりと責任を持って佑弥を一人前の戦士にしてやる……」
「ありがとう!」
恥ずかしそうに隠していたが、マテラはまた涙を流していた。
彼女の涙を見て、今自分が言った発言が如何に『臭かった』かと思い出してしまった。
夢中になっていたとはいえ、良くもあんな臭い発言が出来たものだ……
自分の余りの臭さに、また恥ずかしくなった。
「是非ともよろしくお願いいたします!!」
深々と頭を下げた。
実を言うと、俺には少しだけ"下心"があった。
こんな綺麗なお姉さんとマンツーマンで訓練を受けられる事に期待してしまっていたのだ。
もしかしたら訓練の最中におっぱいぐらいは触れるチャンスがあるかもしれない。
めちゃくちゃに"不純"な気持ちが混じってはいたが『二度とあんな思いをしたくない』と言う気持ちも嘘では無い。
だが、それでも俺は訓練が待ち遠しくてたまらなかった。
鼻の下も随分伸びていただろう。
だがそれは、俺が期待していた"不純"などとは完全に無縁な、"修羅の道"であったのだ。
この時の俺には、その事を知るよしも無かった。




