朧げな幻影 ③
目の前には無数の死体が転がっている。
彼女がたった一人で全滅させたのだ。
信じられないが、状況的にそれしか有り得ない事は理解出来た。
だが、理解出来たと言うだけで納得はいかない。
大型怪物とはそれ程に強敵なのだ。
それが10数体も……
「ふぅ~。佑弥が無事だと分かったら、なんだか腹が減ってきたな。"獲物"もある事だし食事にしないか?」
(グギュルルる…..)
「そうだね。そうしよう!俺もお腹ペコペコだよ」
俺の胃袋も賛成の様だ。
頭の中は今起こった惨劇のお陰で食事どころでは無かったが、確かに洞窟で調子に乗って喋り過ぎていたせいで、大分時間も過ぎている。
もう丸一日近くは何も食べてはいない。
取り敢えず当面の危機は去ったようなので、嫌な事は忘れてマテラの言う通り食事を取る事にした。
「ヨイショっと……」
マテラは俺を飲み込んでいた怪物の脚部分を、無造作に素手で千切りとっていく。
信じられない光景だった。
細い癖に何という馬鹿力だと言うのだ。
怪物とは素手で引き千切れるような物では無い。
軽そうに持っている脚だけでも、一体何百kgあると思っているのだ……
だが、もうそんな事で騒いだりはしない。
彼女はきっとそういう"生き物"なのだ。
俺の常識を越えた所にいるのだろう。
こんな事に驚いているのでは、それだけで日が暮れてしまう。
「所で、そ、そいつを食うの?」
「うむ。他のは灰にしてしまったからな」
確かに"生"で残っているのはこの一体だけ。
他に選択肢は無い。
しかし、俺は知っていた。
冬で食料に困っていた時、一度だけコイツの死体を見付けて、食ってみた事があるのだ。
コイツは"めちゃくちゃ"不味い。
何と言うか、肉がまるでタイヤの様に固いのだ。
焼いても煮てもガチガチに固くなるだけで、しかも肉食系独特の凄まじい悪臭もある。
なので無理してまで食べる様な物では無いのだ。
いくら空腹とはいえ、こんなものを食べる気がしない。
この世界で"肉"を食うのならば、馬型やブタ型の比較的小さな草食怪物を食った方が良い。
地球の生き物と同じで"肉食系動物"と言うのはどうやっても臭くて不味いと相場が決まっているのだ。
「佑弥はこいつを食った事はあるか?コイツは滅多に居ない『赤色』だ。めちゃくちゃ美味いんだぞ!」
「そうなんだぁ。わぁ。楽しみだ……」
食った事はある。
その余りの不味さもしっかりと五感全てで記憶している。
そして緊急時以外には、二度と手を出さないと誓っていた。
だが、俺はこんな笑顔の彼女にそんな事を言える勇気は無かった。
「じゃあ、俺は枯れ木を集めてくるよ……」
「ん?何の為に?そんなもの必要無いぞ?」
枯れ木も使わずにどうやってコイツを調理すると言うのか……
マテラの行動が、いちいち理解出来ない。
まさか……
コイツを生で食うとでも言うのでは無いだろうか?
絶対に無理だ。
比較的マシな馬怪物ですら、生食は不可能なのだ。
肉食系のコイツなど絶対に食える訳が無い。
だが、竜である彼女ならば、もしかしてバリバリとイっちゃうのだろうか?
この人なら、やりかねないかも知れない。
そして、間違いなくそれを俺にも満面の笑みで薦めて来るのだ。
断りでもしたら、一体どうなってしまうのだろう……
怖い。
怖すぎる。
俺はこれから振る舞われるであろうマテラの料理が、怖くて怖くて堪らなくなっていた。
逃げ出したくなっていた。
*・゜
俺の心配を他所に、どうやら怪物肉は焼いて食うとの事だった。
焼いた時にでる"脂"が堪らなく美味だとか……
全く信じられないが、最悪の危機だけは脱出出来たようだ。
しかし、枯れ木も無いのにどうやっと焼くと言うのだろうか……
「すぐに焼けるからな。もう少し待っててくれよ」
マテラがまるでケバブでも焼くかのように骨の部分を持って慣れた手付きで怪物肉をクルクルと回しながら手をかざしている。
すると肉は、ジュワジュワと音を立てて焼けていったのだ。
どういう事だ?
ライターの様な物を使っているようには見えないし、火も見えない。
だが、確かに肉は一件美味そうに焼けているように見える。
一体、どういう事なのか?
「何で!?なんで肉が焼けているの?」
ライターも燃料も何も無いこの世界で"火"を起こすのには、まず乾いた木などを擦り合わせて摩擦熱で種火を起こす必要がある。
それは慣れていた俺でも何気に大変な作業なのだ。
「ん?普通に《熱魔法》を使っているだけだが?」
「ま、《魔法》だって!?マテラは使えるのか!?いや、この世界には《魔法》が存在するのかい!?」
とんでもない事をサラりと聞いた。
勿論【異世界】なのだから、当然と言えばそれまでなのだが、《魔法》など、この数年間一度も見た事が無かったからだ。
と、言うよりも人間すら一人も見た事が無かったので当然ではあったが。
「佑弥の世界には《魔法》は無いのか?それは不便だなぁ。よし!それも今度使い方を教えてやろう!そんな事よりほらっ!好い加減に肉が焼き上がったぞ!」
マテラは俺の興奮などお構いも無く、さも当たり前かのようにその《熱魔法》を使って焼き上げた肉を手渡してくれた。
不味い肉の事なんかより、俺は《魔法》の事の方が気になって仕方が無かったのだが、せっかくマテラが直々に焼き上げてくれた熱々の肉だ。
ただでさえ不味い事が分かりきっている怪物肉が、冷めて"ゴミ"になってしまわない内に食べてしまう事にする。
「あ、ありがとう……」
マテラはまた何も無い"空間"から、小さな小皿と調味料の入った小瓶を取り出した。
今のも《魔法》なのだろうか?
唐突に何も無かった所から、色んな物が出てくる"手品"の様な《魔法》も気になったが、取り敢えず何も言わずに差し出された調味料を受け取る。
「私の国のソースが【異世界人】である佑弥の口にも合えばいいのだが…… まあ試してみてくれ」
見た目はまるで醤油を薄めた様な、薄い赤色の調味料だ。
匂いも若干醤油に似ている。
とても美味そうだった。
むしろこれだけ味わいたいぐらいだったが、そういう訳にも行かない。
この世界に来て初めての調味料を、言われるがまま、"焼いただけの肉"に数滴かけてみた。
ジュワジュワっと音を立てながら調味料が肉に染み込んでいく。
「ん?」
焼けた肉の香りも、熱せられた調味料の香ばしい香りも、俺が思っていたのとは随分違う。
この最悪の怪物肉が、一見するととても美味そうに見えてしまう。
「む~ん……」
だが、これはいくら美味そうに見えても所詮は"肉食"怪物肉……
食べた瞬間に全ての期待を裏切られる事を知っているのだ。
これが"草食"怪物肉であれば、どんなに嬉しかった事か……
だが俺は、マテラの好意とその笑顔を裏切る訳には行かず、勇気を振り絞って怪物肉に齧り付いた。
「!!」
一瞬思考が完全に停止した。
おかしい。
口の中に訪れた味わいが、想像していたのとは全く違う物だったからだ。
「味の方はどうだ?」
「な、なんで!?めちゃくちゃ美味しいよ!!」
俺はその美味しさに驚愕していた。
不味い筈の怪物肉が、めちゃくちゃに美味い。
以前に食べた物とは、完全に別物だった。
その美味しさは、こちらに来てから料理とは言い難い簡素な食事に慣れていた俺の忘れていた"味覚"を思い起こす程の物だった。
肉の旨みを倍増させているこの調味料にも驚いたが、あれだけカチカチのゴムのような食感の怪物肉が歯で簡単に噛み切れる。
噛む度に溢れ出る肉汁と旨味が、俺の口の中で爆発して咀嚼が止まらない。
訳もわからないままに、無心で巨大な肉塊を平らげていく。
一体どう焼けばこんな仕上がりになると言うのか?
今までこんな美味しい肉を俺は食べた事が無い。
昔、レストランで食べた松阪牛ステーキを遥かに超える美味しさだった。
他に、比較に出来る美味しい例えが見付からない。
「むほっ!ふはっ!お、おかわりある!?」
「ふふふ。気に入って貰えたみたいだな。幾らでも有るから、好きなだけ食べてくれよ」
マテラも可愛い顔に似合わない鋭く尖った牙の様な歯で巨大な肉塊に食らいつきながら、美味しそうに微笑んでいた。
口元には肉汁が垂れている。
美女が豪快に肉塊に齧り付いている姿は中々に衝撃的だった。
この感動は、今まで生きる為だけに栄養補給として取っていた食事が、"最高の娯楽"であった事を思い出させる物だった。
勿論、味だけでは無い。
誰かと共に食べる食事がこんなに素晴らしい物だった事も思い出させてくれた。
「美味っ!美味っいね!」
何度も何度もお代わりを続け、俺の周りにはあっという間に大量の食べ終わった"骨"が積み上がっていく。
もし人間に見られていたら、直ぐに異常視されてしまうような光景だが、もう"素"の自分を隠す必要も無い。
久しぶりの…… いや、産まれて初めて味わう御馳走の味に、我を忘れたように"肉塊"を食べ続けていったのだ。
ここまで読んで頂きまして誠にありがとうございました。
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皆さんに最後まで読んで頂く為に何度も何度も修正を重ねて更新が遅れる事も御座いますが、是非最後までお付き合い下さい。
花枕




