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朧げな幻影 ①

 俺達は洞窟の外へと向かって歩いていた。

 外から差し込んだ外光で洞窟内が少しずつ明るくなってきた事が洞窟の終わりが近づいている事を感じさせた。

 暗いところでも、俺の目はかなり夜目が効くとはいえ、やはり明るい所は安心出来る。

 入る時は恐怖と不安に怯えながら、とても長く感じた洞窟も、二人で楽しく会話しながらなら、とても短く感じられた。

 だれかと話せるって、最高だ。


「あー、外の空気はやっぱりいいなー」


「ふふふ。そうだな。私もここから出るのは久しぶりだ」


 なんだかんだと、随分長い時間この洞窟に居たものだ。

 久しぶりの"新鮮な空気"を吸い込んで生き返った様な気がした。


「え……」


 ふいに、テテラへと視線を移した俺の心臓が一瞬止まってしまった。

 太陽の光に晒されたマテラの白く透き通った肌が、一点のシミやシワも無く、まるで突き立てのお餅のように美味しそうに美しかったからだ。


「ジュルル……」


 自分の余りの下品さに引いた。

 だが、む、むしゃぶりつきたい……

 涎を見られないように口元を拭った。

 彼女はこの世でもっとも美しい女性なのでは無いだろうか?

 初めて上條さんを見た時も、心の底から感動したのを覚えているが、それを超える美しさだと思った。


 信じられない事に、これからはこの女性と一緒に行動していくのだ。

 堪らぬ幸運に興奮が収まらない。

 余りの幸福さに、まさか…… 俺は今、『夢を見てるのでは無いか?』と頬を引っ張ってみた。

 頬が痛いだけだった。


 そして、改めて思った。

 どんな犠牲を払ってでも、明るい所でもう一度マテラの裸を見る事を。

 決して口には出せない"邪な誓い"をダイヤモンドよりも堅く誓ったのだ。

   

「何故そんなにジロジロ見るんだ?? 私の姿はそんなに珍しいか? 佑弥とそんなに違わないと思うのだが…… あ、もしかしてツノか?ツノがそんなに珍しいのか?」


 彼女は、自分の美しさや色気に自覚が無いのだろうか?

 余りにもジロジロ見過ぎたので、マテラに不審がられてしまった。

 なんだか見当違いな事を言っているが、それもまたなんか可愛い……


 そんな事を考えながら、時を忘れたかのように、しみじみとマテラの美しさを堪能していると……


『グアアー!!』


 突然、平和を掻き乱す邪魔なノイズが大平原に響き渡った。

 俺達を見つけた大型怪物が、こちらに向かって走り寄って来ていたのだ。

 浮かれていて迂闊過ぎた。

 普段ならば、こんな失態絶対に犯さないのに。


「なんて、数だ……」


 今まで、こんな大群を見た事が無かった。

 縄張り争いにでも出くわしてしまったのか、普段単体でしか現れないような大型怪物や、大小様々な肉食型の怪物達が、岩陰からゾロゾロと姿を現したのだ。


 マテラの美しさに惚けてしまい、周りへの注意が散漫だった事を後悔した。

 今迄の俺だったら決して有り得なかった事だ。

 身体中から一気に嫌な汗が吹き出すのを感じた。

 如何に強そうな竜の力を持つマテラと言えど、相手の数は10を軽く超えている。

 この戦力差はどうしようも無い。


「あ~ すまない佑弥。うっかり楽しすぎて私の《威圧》が緩んでいたのだろう」


「え!?どういう事?」


 マテラが何か言っていたが、頭に入らない。

 今はそれどころでは無いのだ。

 一刻も早く、この危機的な状況を何とかしなければ。

 初めてと言っても過言では無い程の緊急事態に、俺は頭を必死でフル回転させる。


「くっ!どうすれば!?」


 俺は、多分襲われても死ぬ事は無い。

 だがマテラは、いくら竜人とは言え今はか弱い女性だ。

 こんな巨大な怪物に噛まれたりでもしたら一溜りも無いだろう。

 少しでも敵の注意を俺に向けさせて、マテラだけでも逃がさねばならない。


「マテラ!逃げて! 俺が何とかするから!」


「え?逃げるのか?」


 めちゃくちゃに怖かったが、勇気を振り絞って庇うように彼女の前に立った。

 俺はいくら齧られても、簡単には死ぬ事は無い。

 せめてマテラだけでも逃げ延びてくれれば、後でいくらでも合流できる筈だ。


「ちょ、ちょっと、待って……」


「いいから!早く逃げて!」


 マテラの言葉を遮ってガムシャラに敵の前へと踊り出した!


 自分を囮にして怪物達を引き付ける事さえ出来れば、この危機は乗り越えられる。

 俺は一番近くに居た怪物を《加重》して動きを鈍らせた。

 先頭の怪物が横転し、後続の怪物達が巻き込まれていく。

 今の内だ!


「うおおおおーー!こっちだ!このバカ怪物共!」


「お、おい!佑弥!何処へ行……」


 ありったけの大声を出し、マテラとは別方向へ走り出した。

 何匹かの怪物が俺の決死の"陽動"に誘われ、走り寄って来る。

 だが、いつもの様に逃げる訳には行かなかった。

 マテラが安全な場所まで逃げ切れるまで、コイツらの注意を俺に引き付けておかねばならないのだ。


(バクん!)


 俺のすぐ横を大顎が襲った。

 一歩間違えれば瀕死間違いなしの大顎を寸前の所で更に躱す。

 俺は携帯していた『木の槍』を怪物の目玉に突き刺した!

 怪物は激しくのたうち回るが、致命傷には程遠い。

 むしろさっきよりも激しく俺を敵視している。

 唯一の武器である『木の槍』はたった一撃で折れていた。


「くっ!これだけ数が多いと……」


 数が多過ぎて《力》を発動させる"対象"が定まらない。

 一匹なら何とか出来た。

 一人なら余裕で逃げ切る事も出来た。

 だが、今の俺には守らなければならない人がいる。


 だが、余りにも数が多過ぎたのだ。

 怪物達の注意を俺に引き付ける事には成功したものの、次々と迫り来る"牙"の攻撃を次第に捌ききれなくなってきた。

 そして……


「うぎゃああ!」


 ついに俺は怪物の口の中に閉じ込められてしまった。

 怪物の牙が身体中に食い込み、激痛が俺の身体を駆け巡っていく。

 だが、この程度の怪我など何度も味わっている。


「痛ってぇ!ちくしょう!」


 それよりも残されたマテラの事が心配だった。

 大した囮作戦も出来ぬまま、恐れていた絶体絶命のピンチを迎えてしまったのだ。


「マテラは!?マテラは逃げ切れたか!?」


 閉じ込められた口の中で、彼女の安否が確認出来ない。

 一刻も早く、ここから脱出して彼女を救わねば!




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