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滅び ③

「え……」


 思考が全て停止してしまった。

 マテラの発言は俺の時間を止めてしまった。

 静寂に包まれた洞窟の最奥で、俺の鼓動だけが激しく自己主張していた。


『佑弥……?一体どうしたんだ?』


 マテラが心配して顔を覗き込んでくる。


 俺は、確かに人間じゃ無い……


 全身から溢れ出す脂汗が止まらない。

 ずっと、必死で隠してきた。

 しかし、何故バレた?

 何もおかしな事はしていない。

 マテラの前では『力』も使っていない。

 なのに、誰にもバレた事の無い【秘密】をマテラは気付いていたのだ。


「……」


 いつか訪れると思った"その時"の為に、俺はあらゆる状況に対応した"言い逃れ"を用意していた。

 だが、実際に"その時"と対峙してみれば、頭の中が真っ白になってしまって、用意していた全ての"言い逃れ"を何も使う事が出来なかったのだ。


 だが、何か言わなくては……

 俺は"止まってしまった時"に耐えきれず、遂に口を開いた。


「何で…… 解ったんですか……?」


 用意してた"言い逃れ"は何の役にも立たず、溜め込んだ時間の割には驚く程に陳腐な言葉しか浮かばなかった。


『すまない。余り言いたくなかったようだな。だが、私から見れば一目瞭然だ。お前みたいな人間はいないよ』


 だが、不思議な事に、マテラはその事を特に気にしている様子でも無かったのだ。

 俺の最大の秘密を看破したと言うのにさっきと全く変わらぬ態度で俺と接していたのだ。


「そ、そうなの?一目瞭然? 何処か不自然な所でもありましたか?と、言うか、俺の事が"不気味"じゃ無いんですか?もう、仲良く出来ない……のかな……」


 俺はマテラに問うた。

 自分の完璧だと思っていた擬装。と言っても変装している訳では無いが。

 俺が人間と異なる部分は『体質と能力』以外には無いと確信していたからだ。

 目立っていた虚弱体型も今では元に戻っている。

 後は顔が少し青白い事以外は、全く普通の人間と変わらない筈だったからだ。


 いや、バレた事自体は、何も問題は無い。

 俺が恐れているのは、折角出会えた言葉の通じる存在に恐れられるのが怖かったのだ。

 もう、一人でこの世界を生き延びていくなんて、出来ない……

            

『ふむ。そうだな…… すまんが、ちょっと待ってくれるか?この大きな身体では、話しをするのに少々不便だな……』


 マテラの姿に俺は仰天した。

 竜の20m以上はありそうな身体が、みるみる内に小さく変化していったのだ。

 あんなに巨大な身体だった竜の身体が、数秒後には170cm程の、匂い立つ様な"セクシーな女性"の姿になっていたのだ。


 ファッションモデルかと思う様な引き締まった素晴らしいプロポーションで、胸部にはまるでメロンの様に大きくて美しい形の素敵な『物』が二つ付いていた。

 俺は突然の全裸変身シーンに驚いて、反射的に目を伏せてしまった!のだが……


 ダメだ!とても我慢出来ない!何としても見たい!こんなチャンス滅多にある事では無い!


 照れくささと鼻血が出そうになるのを必死で耐えながら、俺は勇気を振り絞って顔を上げた。

 生来持っている異常な"変態性"を抑える事が出来なかったのだ。


「ぶっ!」


 それは、思春期の俺にとってとてつもない破壊力だった。


 思わず少し鼻血が垂れてしまっていた。

 この鼻血…… バレて無いだろうか?

 彼女に見られないように、"スケベ液"を拭う。


 洞窟内の薄暗さで鮮明に見えなかったのが幸いしたが、もしここが視界の良い明るい場所であったなら、間違い無く出血多量で死んでいただろう……


 恐ろしい竜の姿とその重く神々しい声から、てっきり雄だと思い込んでしまっていたが、マテラは女性過ぎる程に女性部分が突出した雌だったようだ。

 そもそも、こんな怪物の性別など推測出来る訳も無かったのだが。


 よし…… 完全に記憶出来た。これでいつでも!


 俺は今の美しい映像を強烈に脳内に焼き付けた。

 これで、どんな時でも目を閉じれば再び『今の感動』を味わう事が出来る。

 この時こそ、この『記憶能力』に感謝した事は無かった。


 一人で興奮している俺を特に気にする事も無く、彼女は、どこからか布のような物を取り出して大雑把に身体に纏った。


 ああ…… もうおしまいなのか……


 サービスタイムの終わりを心の底から惜しんだ。

 だが、流石にあのままの姿では俺も理性が保て無かっただろう。

 余りにも突然過ぎた"ラッキースケベ"の所為で、ついつい裸にばかり目が行ってしまっていたが、落ち着いて顔を見てみると、彼女の顔はその美しいプロポーションに負けないどころか、それ以上に美しかった。

 彼女の頭の上には、チョコんとした二本の小さなツノが生えており、髪の毛は翡翠で出来た宝石の様に緑がかっている。

 絹のように細く、腰ぐらいまであるその美髪は、揺れる度にキラキラと輝いて、目を奪う程に、とてもとても綺麗だった。


 スラリとした細くて長い脚が、布によって半端に隠された事によって、余計に際立って艶やしく見える。

 陶器のように白くて、やや硬質的な綺麗な肌は俺の目を釘付けにした。


 彼女は俺の"邪な視線"に晒されているのにもかかわらず、恥ずかしい素振りなど1mmも感じさせる様子も無かった。

 その堂々とした立ち振る舞いは、もはや神々しさすら感じられた。


「なんて、綺麗なんだ…… 人間に、変身出来るんですか?」


 薄暗がりとはいえ、初めて見た女性の裸の余りの綺麗さと、美しさに、思わず声が漏れてしまった。


 日本で同級生の容姿を褒めた事など、恥ずかしくて一度も出来なかった思春期真っ盛りの俺であったが、彼女の美しさの前には、恥ずかしいと思う気持ちすら、吹き飛んでいたのだ。


「ふふふ。有難う。これが、私の本来の姿なんだ。無駄な戦いを避ける為に、敵を威圧するあの姿になっていただけだよ。余りに長い間、竜の姿のままで居たので"その事"すら忘れてしまっていたんだ」


「なる程……」


 良く分からない理屈だったが、きっとそういう物なのだろう。と納得しておいた。

 そんな事よりも、突然彼女が『綺麗なお姉さんの姿』になった途端に、俺は自分のみすぼらしい動物の皮を纏っただけの、今の自分の姿が恥ずかしくなった。

 頬が紅潮し熱を持っていた。

 恥ずかしさの余り耳まで真っ赤になっていた。

 竜の姿の時は、あんなに楽しく会話出来ていたと言うのに、女性の姿になった途端に上手く喋れなくなってしまった。

 何年こちらで生きていても、異性に対する経験値は、昔と全く変わっていない。


「私の種族は元々、竜を祖先としていてね。とっくの昔に絶滅したんだが、私だけは『特殊な力』を持っていたので生き残っているんだ。種族の中で私だけが、他の生命を"吸収"したり、"吸収"した者の姿に"変身"する事が出来る」


「吸収に変身!?そんな能力があるんですか!?凄い!」


 それは俺が自分以外で初めて見た"超能力"だった。

 変身や吸収など漫画などではありきたりな能力だが、生で見た衝撃は凄まじいものだった。


「何にでも変身出来るんですか?」


「過去に吸収した生物や、それに近いものならね」


 彼女は実際にその場で小鳥の様な小さな生物や、見たことも無いドロドロの液体生物に変身して見せてくれた。


「いやいや!!ドロドロとかいいから!そのままの綺麗なお姉さんの姿でお願いします! しかし、なんて凄い能力なんだ!」


 驚き喜びつつも、慌てて元の綺麗なお姉さんに戻ってくれるように嘆願した。

 だれが好き好んで綺麗なお姉さんとドロドロの気持ち悪い生物の後者を選ぶものか!

 出来る事ならずっと美しいお姉さんを見ていたかったのだ。


「ところで…… 私は見ての通り『人間』とは違う。佑弥は私の正体を知って不気味か?怖くなってしまったか?」


 彼女は笑顔でそう俺に問うた。

 俺はその問いに『ハッ!』としてしまう。

 突然のラッキースケベで興奮していた俺は、自分の正体がバレてしまって事をすっかり忘れてしまっていたのだ。

 あれ程正体がバレる事を恐れていたと言うのに、自分でも拍子抜けしまう程に頭の中から"その事"は消えてしまっていた。


 そもそも、目の前に居るのは人間とはかけ離れた存在の『竜』である。

 一体、その竜に『人間では無い』事がバレた所で何があると言うのか。


「ははは!」


「ふふふ……」


 自分の過剰だった被害妄想に笑いが込み上げてきた。

 俺は一体何に苦しんでいたのだろう。

 自分の馬鹿さ加減に呆れてしまう。

 よりにもよって、竜に向かって『不気味?』などと質問してしまったのだ。


 彼女も笑っていた。

 マテラは言葉で『貴方が人間では無くても全く気にしない』と100万回説明して伝える事よりも、たった一度変身するだけで、遥かに多くの大切な事を俺に伝えてくれたのだ。


 カチャリ……


 なんだか、ずっと永い間俺の心にかかっていた"鍵"の様な物が外れた。

 そんな気がした。



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