再び大地へ ①
「うぅ~兄ちゃあん」
「佑弥!気をつけるんやで!なんか困った事があったら、直ぐに帰ってこればええんやからな!」
「ほら、ラーちゃん。またいつでも会えるんだから、また遊びに来るから!ザ、マンダさん!息が出来ません!窒息死しますっ」
泣き叫びしがみついてくるラーと、ザマンダさんのふくよかな巨胸から必死で脱出する。
他にも大勢のソルモンの人々が、俺の旅立ちを見送ってくれていた。
「それでは皆さん、お世話になりました!ヨイショっ!」
俺は『下界』と呼ばれているバビロディアに繋がっている"雲の切れ目"から勢い良く飛び降りた。
このセミラモスは、今の人間達では到底辿り着けない程の上空に位置する『天空都市』だったのだ。
セミラモスは人間との接点を極力避ける為に、全ての建造物を白く遮蔽して雲に擬態しており、余程の事がない限り人間にバレる事は無い。
時折、ラーみたいにそそっかしくて、まだちゃんと飛ぶ事の出来ない子供が落っこちてくる事もあるみたいだけど、そのお陰で俺もこんな所に辿り着けたと言う訳だ。
標高が地上1万mを超えているので、いつも天気は良いがめちゃくちゃに寒い。
どんな時でも気温は常に氷点下を下回っているし、並の人間では生きていくどころか呼吸する事すら出来ないのだ。
俺は人間とは違い、寒いのには抵抗があるがそれでもやはり暖かい方が良い。
グングンと下降と共に上昇していく気温が心地良かった。
「だけど、大分時間をロスしちゃったな……」
重力に任せて自然落下する。
地上に降りるまで、まだ10分以上はかかりそうだ。
「だけど、本当に良い人達だったな……」
猛烈な風圧を感じながら、セミラモスで過ごしたあっという間の3ヶ月間の事を思い返していた。
見た目は五、六歳なのに、実はまだ産まれて1年足らずしかたってなかったラーちゃん。
見た目は幼女なのに、一歳とは思えない程に頭が良くて、滞在してる間にも急速に成長していた。
滞在してた後半の方は、少しお姉さんぶったりとかして、少し生意気な所もあった。
それでも何故か俺の事が大好きだったみたいで、いつも一緒に遊ぼうとせがまれた。
セミラモスには無い地球の"あやとり"とか"尻取り"を教えてあげたら、朝まで付き合わされてしまったのも良い思い出だ。
ラーちゃんとは突然出会っただけとは思えないほど、ずっと二人で旅をしていた。
彼女がいたお陰で、俺はこんな世界で挫けずに済んだのかもしれないし、他にも色んな大切な事を思い出す事が出来たと思う。
一生、忘れられない。
思わず後退りしてしまう程に、強烈な見た目と口調のザマンダさん。
最初の頃は怖くて堪らなかったけど、実はただの強烈な人見知りなだけで、あの過激な口調はただの照れ隠しなだけと分かった。
実際は超が付くほど、とんでもなく優しい人で、1週間ぐらいの訓練で旅立とうと思っていたのに、俺の事が心配で心配で離そうとせず、納得が行くまで3ヶ月間もみっちりと面倒みてくれた。
まるで過保護なマテラみたいだった。
訓練もだけど、ザマンダさんの作ってくれる美味しい料理が忘れられない。
特に、俺が持ってた『コカトリス』の肉を使った唐揚げは絶品だった。
麓町の住民が驚くぐらい、山がピカピカ光っていたって現象も、ザマンダさんがコカトリスを乱獲していた時の事だと分かった時には笑ってしまった。
おかげで山のコカトリスは殆ど全滅してしまったそうだ。
忙しい筈なのに、何かと世話を焼いてくれた町長のアマダインさん。
残念ながら有益な情報は見付からなかったけど、俺に隠れて町の皆にマテラの情報なんかを聞き回っていてくれていたらしい。
ってあの巨体で大声だからバレない訳が無いのに。
俺が『ソルモン神話』の過去から来たと言う事は最後まで100%は信じてくれなかったが、それでも考え付く限りの便宜を図ってくれていた。
いきなり他種族の俺がセミラモスの町に訪れて、何の苦労もしなかったのは、全部アマダインさんのお陰だ。
それ以外の町の皆は噂に聞いていた通り、みんな"力比べ"が大好きで、毎日の様に試合を申し込まれた。
少しボケてる筈なのに、実は町でトップクラスの戦闘狂だったヘカ爺ちゃんには驚かされたし、他にも強い人達だらけだった。
おかげで人間相手だけでは、一生体験出来ない程の模擬戦闘をこなせたと思う。
腕が六本もある人との戦い方なんて、バビロディアで役に立つかは分からないけども……
それだけじゃない。
この世界で、バビロディアには伝わっていない、人間が誕生する以前の歴史や、マテラ達があの後消息を絶つまで、ソルモン人とどう係わっていたのか。
そして、ソルモンの進んだ文明の中では、バビロディアでは得る事が出来なかった『この星の知識』。
暦の数え方が違うだけで『惑星ゼジャータ』は地球と同じ24時間という時間をかけて自転し、365日という時間をかけて公転する。
惑星のサイズや、重力から算出される惑星内部の構造や構成素材等など。
知識を得た中で、認めなければいけない事もあった。
そこまで知って、認めない訳にはいかない。
人より多くの知識を無駄に記録している以上、本来ならばもっと早くに認めるべきだった。
本当は気付いていたけど、今までなるべく『気付かないフリをしていた』だけだったのかも知れないが、この星はやはり『地球』なのだと言う事を……
竜人や怪物、ソルモン人や、様々な獣人達や精霊、妖精に至るまで、全ての神話や伝承に出てくる者達は実在するものだったのだ。
どの様な経緯で、彼等が地球の表舞台から消えてしまったのかは分からないが、俺は確実にその事実を知った。
彼等がこの後、地球で語り継がれていく神話の登場人物なのだとしたら、胸が熱くなる。
長い年月は神話や物語も風化してしまったり、 歪曲されて伝わったりするかも知れないけれど、俺だけは本当の真実を伝えて行きたいと思った。
それに、俺が今いる世界が地球だと知って、今まで漠然と考えていたマテラの使命が、他人事では無くなったのもあった。
今まで以上に真剣にマテラ達を探し、スカードの残党や、人間を食い物にしている『偽物』達と真剣に向き合わなければならない。
『星を守る』なんて大それた事に、俺に何が出来るか分からないけど、それでもこの時代に来てしまった以上、出来る限りの事をやろうと思う。
「あ、そろそろだな!」
幾重にも重なる雲を抜け、数ヶ月ぶりの大地が見えて来た。




