姿見えぬ者 ⑥
ズゥウン。と敵の槍から禍々しい迫力を感じる。
今までの様な遊びでは無い。
どこか感じられていた俺に対する油断は消えさり、確実に俺の心臓を穿たんとする真剣さが伝わってくる。
「これはちょっとヤバいかもな……」
「兄ちゃん……」
悲痛な表情でラーがこちらを心配している。
魔力量にはそれなりの自信があったが、悔しい事にこいつの内包されている魔力は俺の力を凌駕していた。
まだまだ甘い。。と決して訓練を終わらせなかったマテラの厳しさと優しさを、もっと受け入れておくべきだったと後悔しても、もう遅かった。
「くっ……!」
俺の踏み込みを軽くいなされる。
これ以上敵に力を貯めさせまいと距離を詰めても、敵は俺が近付いただけ距離を取った。
近付けない。
約10m。
それが敵の必殺の間合いなのだろう。
8mでも12mでもなく、ピタリと測ったように10mの間合いを維持された。
攻撃してこないのをいい事に、このままラーを連れて逃げる事も考えたが、背後から背中を串刺しにされる未来が容易に想像出来た。
「逃がさねえし、もうお前の馬鹿力にも付き合わねぇよ。もう油断はしねぇ。キッチリと射殺してやる……」
敵はこちらの動きを確実に注視しながらも着々と魔力を練り続けている。
あとどれだけの時間が残されているかはわからないが、そう悠長に対策を練っている時間も無さそうだ。
敵は俺の重力場を物ともせずに容易に動く程の強敵だ。
追いかけっこしても到底敵わないだろう。
ならば、、、
「……」
怪しまれない様に《黒球》で敵を狙う。
散々俺を苦しめた不可視の技をこちらも使って、反撃を試みる。
一撃で殺せないまでも、一瞬でも動きを止める事が出来たなら、再び俺の有利な超接近戦に持ち込む事が出来る。
「喰らえ!」
完全に敵を黒球が覆ったのを確認して、一気に重力場を圧縮させる。
不可視の重力場が光すら吸収し、黒い色を帯びて肉体を巻き込んでいく。
だが、瞬間的に異変に気付いた敵は巧みに重力の中心点から身体をズラす事で直撃を防いだ。
《黒球》は敵の外套を削り取り、左腕の一部にダメージを与える事に成功したが、だがそれだけだった。
「てめぇ……今何しやがった……?《風魔法》にしちゃ反応も無かったが…… まあいい、ネタはもう知れた。二度と同じ手は喰らわねぇ」
俺の遠距離攻撃に的を絞らせない為か、敵は細かく動き回っている。
あれだけ動きつつも、練られていく魔力は些かも衰えていない。
打つ手が無い。
万策が尽きた。
というよりもどうすればいいのかわからない。
記録の中にある《魔法》では発動に時間がかかり過ぎてしまう。
俺は詠唱と魔法陣抜きでは、強力な防御障壁を張る事も出来ない。
「クック……やっと諦めたか?どう足掻いても俺からは逃げられねぇよ!」
「!!……」
突然敵の姿がブレる。
話が終わったかと思ったと同時に敵の姿が消え……たかと思った瞬間には俺の僅か2m手前にまで超速度の踏み込みで急接近されていたのだ。
再び《迷彩》の魔法を使われたのでは無い。
信じられない移動速度は俺の反射神経を上回り、まるど消えたかの様に見えたのだ。
2m手前で何とかその存在に気付く事が出来たのは自身を中心に効果が強くなる《黒》の重力場のおかげで、ほんの僅かに敵の速度が落ちたから。
それが無ければ気付く事すら無く、既に俺の心臓は貫かれていただろう。
だがその異常な速度を軽減させたとはいえ、やっと視認出来たというだけで、これから放たれるであろう"槍"を躱す事など到底出来そうにもない。
「死ねぇ!!」
必殺の槍先が俺の身体に迫る。
もう躱す事も防ぐ事も出来ない。
槍に込められている魔力は俺の魔力を凌駕している。
纏っている《黒壁》で槍の威力を幾らか弱めた所で心臓を穿たれる結果は変わらない。
頑丈で多少の大怪我では死ぬ事など有り得ない俺の身体だが、心臓を貫かれた経験などは無い。
流石の俺も心臓が止まってしまっては【死】から逃れる事など出来る筈が無い。
「兄ちゃあ~~ん!いやあぁあああああ!」
ラーの声が聞こえた時には、既に俺の身体を貫通した鋭利な突起物が飛び出ていた。
先程の攻撃の比では無い。
高速で放たれたその槍は、俺の身体を貫いただけでは無く、周りの肉ごと抉り取っていたのだ。
「……!!」
痛い。と言う表現が陳腐に思える程、思考が停止する。
大量に失われた体液のせいで思考する事すらも出来なくなっているのか……
「……ッッ!」
「兄ちゃんっ!兄ちゃんっ!!」
薄れゆく意識の中、小さくて可愛い少女が俺の元へ駆けて来る。
なんでこんな戦場に場違いな幼い少女が?
ああそうだ。ラーだ。
危ないから離れていろって言ったのに。
意識が混濁する。
「てめぇ……」
ヌチャリ。と身体から槍が引き抜かれた事で、支えを失った俺の身体は地面に横たわる。
顔面に感じたジャリジャリとベチャベチャした気持ち悪い感触のおかげで意識を失う事だけは免れたようだ。
「これで二度目だ。間違いねえ、何かしてやがるな……」
ギリギリの、本当のギリギリの所で《重力》を真下に下げた。
おかげで槍はほんの僅かに狙いが逸れて、心臓の中心点を貫かれる事だけは避ける事が出来たのだ。
だが、周辺肉は激しい槍の衝撃に巻き込まれて削り取られている。
心臓も無傷と言う訳では無い。
この身体も即死しなかったと言うだけで、ピクリとも動かす事など出来ない。
魔力を集める為に意識を集中する事すら出来ない。
一撃、たった一撃で俺の戦闘能力を全て剥ぎ取られた。
敵は正体不明の俺の力に警戒してくれているが、もう一発。ほんの軽い攻撃を食らってしまいだけこの命は消えてしまうだろう。
「……」
もう何も抗う事が出来ない。
絶対に諦めないと誓っていたのに、どこかで死を覚悟してしまっている自分が許せなかった。
身体は死を受け入れようと、俺自身は絶対に死など受け入れない。
「変な技を使う野郎だったが、今度こそこれで終わりだ…… とっとと死にやがれ……」
「……」
肺も機能していなかったのか、命乞いする声すら絞り出す事が出来なかった。
死を覚悟する。
死ぬって、一体どうなってしまうのだろう?
痛みは耐えられる。
だが、死ぬってどんな事なのか?
『地獄』へ行くのだろうか?
まさか、俺が『天国』なんかに行けるとは思えない。
それとも、そんな事すらもなく、ただ無になってしまうのだろうか?
「……」
死ぬ間際に味わうという走馬灯の様なものだろうか?
絶体絶命の状況で様々な思いが交錯する。
今の俺など、目の前の敵からすれば僅か0.1秒で止めを刺す事が出来るだろう。
だが、その0.1秒はいつまで経っても訪れる事は無かった。




