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姿見えぬ者 ⑤

「兄ちゃん!!」


「ちっまた狙いが逸れたか…… クックッ。だがその傷じゃあもう自由には動けねぇだろ」


 身体に鋭い痛みが走る。

 何か鋭い鋭利な物が完全に俺の胴体を貫き背中から飛び出ていた。

 俺の身体を貫いたその異物が血に染まり、それが剣の様な刃の形を浮かび上がらせていく。


「ぐっ……」


 患部だけでなく、全身から力が失われていく感覚を感じた。

 これ程のダメージを受けたのはいつ以来の事だろうか。

 重力による干渉のお陰で刃物の狙いが心臓から少し逸れ、致命傷こそ避けれたものの、自身最高の《黒》の重力結界を通り越してなおこの威力。

 次も同じ幸運が続く保証は無い。

 だが、、


「クック…… 即死しなかっただけでも褒めてやる。だがもうおめぇは終わりだよ。その傷じゃもう助からねぇよ」


「舐めるなよ……」


 激しいダメージには変わりないが、この程度の傷にはもう慣れている。

 それに、攻撃を受けたおかげで敵の正確な位置も理解した。


「《黒、引力》!」


「なんだ!?」


 腹を貫かれたまま、《黒》を発動して強引に相手を手繰り寄せる。

 姿は見えずとも、この身体に突き立った武器の先に敵は居る。

《黒》は既に周辺一帯を覆い尽くしている。

 武器を捨てて逃げようったって簡単には逃がさない。


「捕まえた、ぞ!」


「ちっ!化け物め!この死に損ないが!」


 伸ばした両腕で姿見えぬ敵を手繰り寄せ、力一杯羽交い締めにした。

 かなり強引な作戦だったが、こいつは俺の事を人間だと思ってくれている。

 悔しいが、総体的な戦闘力は今の俺よりもこの敵の方が上だった。

 姿も見えず、力も及ばないこの俺に付け入る隙があるとするならば、敵が油断して俺を舐めているこの瞬間しか無い。


「絶対に逃さないぞっ!」


 両腕に渾身の力をこめる。

 ミシミシと身体が歪んでいく好機の音が聞こえる。

 感触と俺の返り血で浮かび上がっていく敵の姿は人型で俺より少しデカいぐらい。

 問題無い。

 怪力と頑丈さだけには自信がある。

 腹に穴が空いた程度では俺は止まらない。

 止まらない様に訓練を受けてきた。

 全身に力を込め、敵を鯖折りで締め上げた。


「ぐぅぬぅう……」


「どうだ!力には自信があるぞ!」


 敵の身体から聞こえる軋み音が苦悶の声と混ざり合わっていく。

 俺の両腕を振りほどかんとする腕力も相当な物だったが、腕力では俺に歩がありそうだ。

 遠距離戦では完全に後手をとったが、このまま超接近戦で気絶するまで締め上げてやる!


「ぐっ……舐めんなよ!この糞ガキが!」


 ズドンッ!っと顔面を何か重たい鈍器で殴りつけられた様な凄まじい衝撃が襲う。


「グッ八っ……」


 視界が一瞬明滅する。

 想像以上の威力に、締め上げていた腕の力が僅かの瞬間だか抜け落ちていった。

 意識が途絶えたとはいえ、時間にすればほんの僅かな刹那。

 意識が戻った時には、既に腕の中に敵は居なかった。

 その刹那の瞬間で敵は俺の拘束を抜け出たのだ。


 腕力だけでは無く、《黒》で引力も発動させて逃げられ無いようにしていたというのに、敵の実力と速度に驚く。

 舐めてかかっていたのは俺の方だった。


 そして、決死の思いで、肉を斬らせてまで捕まえた敵を逃してしまったのだ。

 この敵に同じ作戦はもう通じるとは思えない。

 千載一遇の好機を逃してしまった事を悔やむ。


「くそっ!」


「ちっ。この馬鹿力め……」


 前方10m程の場所に立つ赤黒く変色した不気味な物体から声が聞こえた。

 俺の返り血をたっぷりと付けてやったお陰で不可視だった敵の姿が浮き彫りになっていたのだ。

 好機を逃してしまったことは痛かったが、敵の姿が朧気ながらとはいえ視認出来る様になった事が僅かな救いか……


「ちっ。めんどくせぇ。あっさり殺してやろうと思ったのによ…… しかし、てめぇ化け物か? どうしてその傷で立っていられる!?」


 どうやら敵の《迷彩》は"俺の体液"という外部からの異物までも"透明化"する程の能力は無かったらしい。

 透明人間に赤いペンキをぶちまけたみたいに不思議な現象が起こっていた。


 敵もこれ以上半端に姿を消しても無駄だと判断したのか、《迷彩》の効果を解いていく。


 そいつは偉そうに派手な外套を羽織り、予想通り俺より背が高かった。

 190cmはある。

 所謂"イケメン"と呼ばれる感じでヨーロッパの人間風の外見をしていた。


 そして、長さが3mはある巨大な両刃の"刃"がついた槍を持っていた。

 先程の鈍器のような痛みは、あの"柄"の部分でぶん殴られたのだろう。

 敵の姿や武装も確認出来ぬまま無謀な超接近戦を挑んだ自分の愚かさにゾっとする。

 あのまま刃の方で頭をかち割られていたかと思うと怖くなった。


「やっと姿を見せたか…… しかしお前は何者だ?何故俺を狙う?俺はお前なんかに恨みを買った覚えは無いぞ?誰かと人違いしてるんじゃないのか?」


「クックッ。どの道死ぬお前には関係ねぇだろう?思ってたよりもめんどくせぇガキだった事は認めるが、もう遊びは終わりだ。キッチリ"止め"は刺してやる。『こんな所』にノコノコいやがった事をあの世で後悔しな!」


 敵が槍を構えた。

 これ以上会話するつもりは無いようだ。

 こいつは一体何者なのか?

 この世界のモンスターが相手にならない程の今の俺の力でもこいつには届かない。

 見た目は人間のようだが、人間の限界を遥かに超えてしまっている。

 千載一遇の好機を逃してしまった俺は一体どうすれば……?


「兄ちゃん!血が!お腹から凄い血が!」


「大丈夫だ。兄ちゃん強いからな。あんな奴には絶対に負けないから……」


 勝てる見込みも方法も全く見えないと言うのに、少しでもラーを安心させようと嘘をつく。


「安心しな…… 女のガキを殺すような趣味はねぇよ。それに、お前を殺せばそのガキも勝手におっ死ぬだろうからよ……」


「ラーちゃん。少し俺から離れてて……」


「うん……」


 敵の言葉に肩の荷が降りる。

 こんな奴の言う事全然信用出来ないが、このままだとラーまで巻き込まれてしまう可能性の方が高い。

 ラー遠ざけ、敵と正対する。





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