姿見えぬ者 ④
「ラーちゃん。俺から離れないで……」
「う、うん」
俺の真剣な気配が伝わったのか、ラーは怯える様に俺に抱きついて来た。
ネットりと粘着質な視線に身体を侵される。
何事も無ければそれで良い。
だが、今までこの感覚を味わった時にはロクな事が無かった。
この嫌な予感だけは、いつも絶対的に当たってしまうのだ。
「《黒》……」
突然死角から襲われてしまったら、俺はともかくラーまで守りきれない。
予防的に俺の半径2m程、ラーを完全に覆い隠すぐらいの《結界》を張った。
「行くぞ……」
慎重に門を開け、外へと出る。
都市から一歩出ただけで空気が変わったのを感じた。
やはり、この絡み付く様な嫌な予感はこの場所から漏れ出ているのだ。
(ゴゴゴゴゴ……)
「……」
俺達が門の外へ出たのを確認し、自動的に門が閉じていく。
嫌な気配は刻刻と濃密さを増していくが、やはり周囲には誰も居ない。
魔力反応も感じない。
だが、確実に何かが"いる"事だけは理解る。
「……」
一歩、一歩と、最大限に周囲を警戒しながら門から離れる。
感じられる不気味な気配は、俺達から離れる事も近付く事も無く、同じ濃度を保ちながら俺達を侵し続けていた………
シュン…… と一瞬、ほんの僅かな風切り音をたてながら、後方に感じた魔力反応。
だが、放たれた攻撃は俺の《黒結界》の重力壁に遮られ、狙いを外して大地を深く抉りとっていく。
「誰だ!?」
危なかった。
攻撃された方向を凝視するが、姿は見えない。
遊びでは無い。
完全に殺すつもりの一撃だった。
今の攻撃に《黒》を貫通する程の威力が有ったなら……
ゾッとする。
「……」
俺の声だけが響く。
まるでここには誰も居らず、俺が一人で空回りしているかの様。
だが、狙われているのは既に確定している。
今は何とか防ぎ切る事が出来たが、次も同じ様に防げるかどうかは分からない。
「クックッ…… 何もわからないまま無惨に殺してやろうかと思ったのになぁ、妙な《魔法》を使いやがって……」
どこからとも無く、不気味な笑い声と共に、声が聞こえた。
まるで笑うのを我慢出来なかったかの様に。
その声には、不気味な悪意しか感じられなかった。
「なんだお前は!?何故俺を襲った!?姿を見せろ!」
「……」
再び空白の時間が流れる。
だが、この隠す気すらない殺気が、今も俺を狙い続けているのを証明していた。
まるで獲物に"恐怖"を与えて楽しんでいるか?
こいつは今までの敵の中でも、最大級の悪意しか感じらない。
「なんだ、この吐き気を催すような気持ち悪さは……」
喉元を唾液が逆流する。
敵の《精神魔法》を食らっているからでは無い。
この吹き上げる様な気持ち悪さは、俺が初めて経験する"ヒト"同士の殺し合いから来ているものだったのだ。
俺は、今まで怪物やモンスターという知性を持たぬ化け物の様な存在としか"殺し合い"をした事が無かった。
あいつらはどれだけ凶暴でも根底には『食う』という生物としての"目的"を持っていた。
だが、コイツは違う。
言葉を操る以上、知性を持つ『ヒト』である事は間違いない。
食人鬼や悪鬼の類の可能性もあるが、おそらくコイツは違う。
コイツは『食う』事以外の目的で俺を殺そうとしているのだ。
使命めいた強い信念も感じられない。
コイツにはたまたま狩りの"獲物"を見付けたから"殺してみる"程度の真剣さしか伝わって来ないのだ。
その純粋な悪意だけの"殺気"に、俺は吐くような気持ち悪さを感じているのだ。
シュシュン……今度は、二発。
再び死角から放たれた攻撃が俺を襲う。
が、今度も敵の攻撃は俺の2m手前で方向を変え大地を抉った。
先程よりも威力が大きかった。
だが、《黒結界》の性能は折り紙付きだ。
優れた防御効果の他にも敵の攻撃方法をある程度識別する事が出来る。
攻撃そのものを視認する事は出来なかったが、おそらく高密度の空気を魔力で射出する《風魔法》の一種のようだった。
「ちっ。今のも防ぎ切ったか!めんどくせぇ奴だな…… 」
「兄ちゃん!怖い!」
「ラーちゃん安心して!この中にいれば大丈夫だから!」
正体不明の敵の姿は未だ見る事が出来ない。
攻撃を防御する事は出来ても、こちらから攻撃する事が出来ない。
しかも、また同じ攻撃が来るとも思えない。
敵も馬鹿では無い。
《風魔法》による遠距離攻撃が無駄と見て、今度は《黒結界》を越える程の攻撃が来る可能性の方が高い。
何とか対策を見付けなければ……
「……!!」
前方の《黒結界》に反応を感じた。
結界幅は半径2m。
2mもの距離があれば、敵の攻撃が俺に到達するのに数瞬の"間"が生まれる。
敵の攻撃が何であれ、その生まれた数瞬は俺に回避行動を取らせるのに充分な"間"となる。
筈が…… 胸部にかけて激しい違和感を感じた。
「ぐっ……」
遅れて激痛が身体を駆け抜けた。
流れる赤黒い体液が"不可視"の鋭い刃物の形を浮かび上がらせていく……
「クックック!はい!おしまい!」
「しくじった……」
"不可視"……
シンプルだが、これ程厄介な物だとは……
《黒結界》を重ね、全身をレーダーと化して対応したにも関わらず、敵の刃は俺の反射神経を遥かに超える速度で放たれ、そして俺の胸に深々と突き刺さっていたのだ。




