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あの乙女ゲームの攻略対象“悲劇過ぎる英雄”に転生した?!  作者: 猫屋敷みい子
序章 本気でこのキャラには転生したくなかった
1/6

夢の中の少女たち


何度も同じ夢を見る。


少女達が、天まで高く連なる高層の建物内にいる。その一室で夜を過ごす夢だ。


高くそびえる建物は“マンション”と呼ばれている。


「うわぁ、ゆとりの部屋、夜景綺麗だねぇ」


その少女はゆとりと呼ばれていた。年の頃は私と同じくらい。ゆとりが家族と暮らす一室は、48階の高層にあり、広く景色が見渡せる。


夜の地上には無数の光が宿り、どこまでも広がっている。信じられないことに、星空を霞ませるほど、地上が輝いている。


「そんなことより、みぃ子。例のアレ持ってきてくれた?!」


ゆとりは、みぃ子と呼ぶその友人に語りかける。


みぃ子は、得意げに彼女達に“ゲーム機”と呼ばれる小さな箱と、“ソフト”と呼ばれる小指大の不可思議な物体を取り出す。


「じゃーん! この乙女ゲーム、人気過ぎて昨日四時間も並んじゃったよぉ」


「うわぁ、【カミ5】だ! へぇ、どんな内容だっけ?」


彼女達の会話の半分は理解出来ないが、【カミ5】と呼ばれたソフトなる物体には『王女さまと五神の伝説』とキラキラした文字で書かれている。


知らないはずの文字だが、何故だか読める。


「うーん。中華王宮が舞台のファンタジーで、ヒロインの王女様がイケメン王子や武将たちと恋愛していく感じかなぁ」


「中華ファンタジーか。推しキャラいた?!」


「いたよぉ。もうねぇ、乙女ゲー史上一番泣けるエモいキャラがいるんだよぉ」


私には“エモいキャラ”という言葉は分からなかったが、素敵な登場人物と似た意味だと予想した。


「えー泣く感じなのかー、どの攻略対象?」


「それがねぇ、“ティエン”ちゃんていう女の子なの。天馬に乗って戦う女武将で、何度も死地でヒロインを助けるんだよ」


何度も見る夢の中だというのに、私は毎度ここで驚く。“ティエン”は私の名だからだ。しかし、“天馬に乗って戦う武将”ではないので、名が同じだけの別人物だろう。


「天馬ってペガサス?! っていうか女の子?! 乙女ゲーの攻略対象なのに?!」


みぃ子はこくりと頷き、“スマホ”と名の付く箱を取り出す。何枚もの絵や、場合によっては何冊もの書物も入っているという魔法の小箱だ。


「これ見て!」


と、みぃ子がスマホなる箱の中を指差す。


そこには、『王女さまと五神の伝説』と題目の書かれた下に、五人の絵が書かれている。


一人は私に似た少女の絵で、あとはそれぞれ異なる趣きを持つ美形の男が四人だ。


「四人のイケメンが正規の攻略対象なんだけど、この中の誰かで一度でもクリアすると、五人目の裏攻略対象が解放されるの」


それこそが“ティエン様ルート”だよ、とみぃ子が私に似た“ティエン”の絵を指差して言う。


絵の下に【天馬の英雄】と書かれている。ティエンの隣に描かれた細面の男の絵の下には、【白虎の王子】と書かれているため、どうやらそれぞれの登場人物にはひもづく通り名があるようだった。


「ティエン様ルートって、王女さまとレズカップルになるってこと?」


「まぁね。結末が可哀想すぎて、“悲劇過ぎる英雄”って話題になってるの」


「えー乙女ゲーでそんなのアリなの?! しかも女同士って、どんな結末なの?」


「ネタバレして良いのぉ?!」


いいから教えてよ、とゆとりが身を乗り出す。


「ティエンとヒロインが結ばれるとね、最後に超悲しいイベントが起こるの」


「悲しいイベント?」


「そう、他の攻略対象達が、女でありながらヒロインの心をつかんだティエンに嫉妬をして、断罪しようとするの」


「マジか?! 他のイケメン達が悪役になっちゃうわけ? ホント、変な乙女ゲーだね」


ゆとりは、そう言うと盛大に欠伸をして寝っ転がった。みぃ子は、眠そうなゆとりをここからなのぉ、と叩き、


「そう、それで彼らはまず憎っくきティエンを辺境に追放してねぇ」


「おいおい、イケメン達、性格悪くない? 乙女ゲームなのに」


と、ゆとりが驚いて半身を起こす。


「ここで、ヒロインがティエンを選んで後を付いていくか選べるんだけど」


「付いて行った場合、どうなるの?!」


「皇帝になった他の攻略対象の命令で、冤罪で裁かれて自殺を命じられるの」


「なんでそうなる?! 意味わからん。好きなヒロインまで殺すわけ?」


ゆとりが、くすくすと笑いながら言った。ヤバいでしょ、とみぃ子が頷き、続ける。


「ヒロインを守るために、ティエンは最後まで皇帝達の放った追っ手と戦うんだけど、ついに逃げられないところまで追い詰められてねー」


「それで?!」


「最後は、ティエンとヒロインは愛を誓い合って心中する! 来世では強い“男”に生まれて君を守るよ、愛してる、バタン、死亡、っていう悲しすぎる百合ハッピーエンドなのでしたぁ」


「ふぅん、じゃあティエンルート攻略してみるかー!」


と、ゆとりは腕まくりをしてゲーム機なる箱に手を伸ばす。


「まずは、イケメンルートからだよ。どの子から行く?」


「白虎の王子かな。顔が可愛くて好み」


と、二人の少女は半分も理解できない謎の言葉を用い、楽しげに会話をしている。そして、私はいつも夢の中の不思議な夜が明ける前に、



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「ティエン様、ティエン様」


と、従者の声が聞こえ、うつつの世界から引き戻される。


「ん…まだ眠いよ…」


重い瞼を開くと、寝所にはすでに数人の侍女が詰めかけていた。


「朝風呂のお時間です。御身を“桃風呂”で洗い流し、邪気を払うのです」


と、侍女の一人が言った。母の差し金だ。執拗に“桃風呂”の習慣にこだわっている。


観念して、私はよたよたと、リンレイという若い侍女の手を取って風呂へ向かった。


「姫サマ、今日ハどのような夢、見マシタ?」


リンレイは、まだ王都へ来て間も無い、蛮族の生まれの少女だ。


戦争孤児だったのだが、17歳と、私と年が近かったため、話し相手にと母が連れてきた。


私は、リンレイに聞かれるまま、何度も見るあの夢の話をした。


天まで届く高層の建物や、夜まで光り輝く拓けた土地の話。それから、謎の言葉を使う少女達の話も。


「姫サマは、奥サマに似て想像のチカラ、豊かですネ。さすがワ、貴族の血スジの、姫サマデスネ」


と、母様に仕込まれたのであろうお世辞を言いつつ、リンレイは私が転ばないよう注意しながら風呂場を案内する。



近ごろは、桃の花びらがたっぷり浮かんだお湯に浸かる。母の決めた習慣だ。侍女たちは母の命令に従い、早起きして無数の桃花をちぎってこれを用意する。


そして今朝も、辺り一面が薄紅色で埋めつくされたお風呂が私を待ち構えていた。


「もう、あの母親、まだ諦めてないのね」


と、私が母考案の“桃風呂”を睨むと、従者のリンレイが、私の頭に盛大にお湯をぶっかけた。


「奥サマの悪口言う、ダメデスヨ!」


お湯が含んでいた桃の花びらたちが、裸体に忌々し付着する。


母の計らいで引き取られて以来母に忠誠を誓っているようだ。母も、抜かりなく手懐けている。


母が、毎朝の“桃風呂”を強要するのは、以下の理由である。


まず、ここ中華・秦の国での桃は不老の象徴であり、転じて“いつまでも若く美しくいられますように“ さらには、“いい縁談がありますように”という願いごとに使われる。


もうすぐ15歳になる私は、そろそろ縁談のやってくる年頃だ。


しかし、私は一人娘だ。父は秦国で名のある武将なので、婿を取り、戦に送り出して将軍に育てていかねばならないというのが定石だ。


ところが、優美な貴族文化を愛する母は是非とも有能な貴族文官の子弟を婿にしたいと考えている。その結果が、しつこい程の“桃風呂”なのだ。


これによって、信心深い母はここ一年に渡り“良い貴族子弟との縁談がありますよう”と、無数の桃の花びらに願い続けて来た。


私は頬にへばりつく花びらを手で払いながら、


「ハイハイ、リンレイは母さまに忠実で偉いわね。それより、少し気になることがあるのよ」


と、息がつまるほど薄紅一色のお湯に体を沈めながら、リンレイに尋ねた。


「何ナリト、聞いて欲しいデスネ。アタシ、姫サマの役に立ちたイ」


彼女なりに一応、立場を弁えてなのか、決して一緒にお湯に入って来ることはない。


だけど手持ち無沙汰なのか、風呂場の隅で膝を抱えて座り込んでいる。


石の床は冷たいだろうというのに。なんだか可愛らしくて、フフと小さく笑った。


「何デショウカ?」


咳払いをし、いいえ、とごまかした。


「あなたが前に住んでいた山には、“天馬”という動物はいた?」


「テンバ? 馬の種類デスカ? 馬ナラいっぱいイマシタケド…」


「空を示す“天”という字が付いているから、空を翔ける馬ではないかと思うの。そういう馬を、知ってる?」


リンレイは、一度ううんと考え込んだが、


「空を飛ぶ馬となるト、分かりまセンね」


と答えた。


「それニシテモ、姫サマ」


と、リンレイが私の腕に石鹸を滑らせ洗いながら、フフと不気味に笑う。


「縁談来るデスヨ、もうじき」


太い眉を得意げに釣り上げている。


「リンレイ、あなた何か知ってるのね」


「知ってるケド、教えないデスネ」


フフンと、満足そうに舌なめずりをするリンレイ。この表情を見れば、大体察しがつく。


そして、風呂を上がり、侍女達に着替えさせられた私は朝餉の席へ向かう。


昨年から皇帝に国境付近の防衛を命じられている父は、家臣を連れて出払っている。


自然、食事は母さまと二人で摂ることが多い。


私が挨拶をして席に着くと、母さまが真っ赤な紅を塗った唇を、ゆっくり開いた。


「そういえば、縁談が来ているわよ」


そういえば、なんて白々しい前置きをしているが、母さまが、父さまの留守を見計らって仕組んだ縁談に違いない。


「まあ、私はまだ未熟者で、とてもお婿さまをお迎えできる状態では…」


と、狼狽えて見せるが、母は鼻で笑い、


「お相手は、楚国の王子ですよ」


「楚国の王子?!」


今度は、本当に驚いた。開いた口が塞がらない。


楚国とは、私たちの暮らす秦国より東南に広がる大国だ。


秦国、楚国含め中華にある七つの国は、五百年に渡って戦争を繰り返し、土地を奪い合っており、敵国に他ならない。


そして、私の父は数万の軍勢を率いて、楚国の人間を殺してきた秦国の将軍だ。


つまり、母さまは私を憎んでいるであろう敵国の王子との縁談を取り付けてきたと言っているのだ。


「ああ私の可愛いティエン、何か、不服がありますか?」


母さまは、有無を言わせない強い口調で言う。


一切の音も立てずに馬肉のかたまりを食している。父さまに従う兵士達の軍馬を勝手に料理させ、食べているのだ。


「不服ではなく二つ、疑問があります」


言ってみろ、と右手のひらを開き合図される。


「まず一つが、私は将軍家の一人娘であるので、楚国に嫁に行くわけには行かないと思うのです」


母さまは、口元にゆったりと手を当て、うふふふふ、と気味悪く笑う。


「母さまだって、大事な一人娘を他国になどやれないわ。楚国の王子といっても、彼は幼少期に人質としてこちらへ渡っており、今は文官として我が国の大王様に仕えているお方です」


婿養子に他国の王子を迎えるということだろうか。貴族趣味の母さまの考えそうなことだ。


二つめは何かしら、と満足そうに目を細めた。私は頷いて、一杯水を飲んでから答えた。


「父さまは賛成しているのですか?」


意外なことに、母さまは、当然です、と間髪入れずに肯定した。


「父さまもお認めになり、親しくしている殿方です」


これは近いうちに覚悟を決めさせられそうだと悟った。


「どんなお方ですか?」


「大王さまからの信頼も厚く、リョ丞相さまにもご寵愛される才と未来あるお方よ」


リョ丞相、というのは大王さまより政治的なお力を持つ国の高官だ。


しかし、母さまに聞いたところで、こう言った表面的な答えしか返ってはこない。




私は部屋に戻った後で、リンレイに同じことを尋ねた。


「あー、アタシ達侍女の中でもよくウワサになってイマスヨ」


「どうして?」


「まず、オンナの娘みたいにカワイイな顔してル、白くて細い。すごく色気?アル」


「それから?」


リンレイは、思い出し笑いをしてから、


「変わったヒトデスね。白い大きい、トラ飼ってマスヨ。いつも連れて歩いてるッテ、ウワサありマスネ」


白い虎を飼っていて常に連れ歩いているのだという。


「その人の名前は?」


リンレイは、他国の王子なので本当の名前はむやみに明かせないらしく、高官や大王様以外は誰も知らないと言った上、


「白虎王子と、呼ばれてイマス」


と、彼の通り名を口にし、トラ飼ってるからデスネ、と付け加えた。


“白虎王子”と、どこかで聞き覚えのある単語に、揺らいだ。


それは何度も見る夢の中だ。少女達が、楽しそうに話している会話の中。


目眩がして、足元がふらついた。リンレイが、慌てて手を取って支えてくれる。


『まずは、イケメンルートからだよ。どの子から行く?』


みぃ子という少女の、少し間延びして、柔らかく、甘ったるい声。


『白虎の王子かな。顔が可愛くて好み』


ゆとりという少女の、鈴の音のように凛とした、よく通る声。


「痛いッ…」


少女達の声や会話を思い出そうとするけれど、耳鳴りがした。今朝も見た夢なのに、明確に思い出せない。


「姫サマ、ダイジョウブデスカ?! 体調悪いデスネ?」


リンレイの手を借りて寝所へ向かいながら、白虎王子と呼ばれるその婚約者の元を訪ねてみようと決めていた。






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