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吸血鬼と狩りの準備





 吸血鬼は基本、大喰らいだ。

 口から摂取した食べ物も、吸血鬼特有の『食事』同様に、胃袋の中で分解されて極わずかな塵となる。そのため、本来の意味で『胃が膨れる』ことはほぼ無い。当然、排泄も人と比べれば『ほぼ無い』と言える。

 胃が膨れないこともあって、吸血鬼が一度食事をはじめると、凄まじい量の食糧が消費されることになる。吸血鬼にとっての『満腹』は、年若いうちは『大量に得た力を(・・)体に馴染ませる期間を体が欲した時に覚える感覚』で、年経て強くなった後は『食事に満足を覚えた時の感覚』となる。前者は肉体的な感覚で、後者は精神的な感覚と言われている。


「つまり、リリーナが『満腹』になったのは、脳が今まで吸収したエネルギーをいったん体に行き渡らせようとしたためです」

「アルが言うことはむつかしーのですよ」


 リリーナは土壁に背を向けたまま、大きな石の上に座って足をぶらつかせる。湯あみをしたおかげで、髪も肌もツヤツヤになっていた。


「『食事』をした時、力が沸き上がる感覚がしていたでしょう?」

「うん。ぶわーってなるの」

「あれも『食事』によってエネルギーを吸収した結果です。それが、今の器――体の最大量――そうですね、体にいっぱいいっぱい溜まると、そのエネルギーを使って体を強くしようと脳が頑張るんです。そうすると『満腹』になって眠くなります」

「だからすごく眠かったの? アルがお昼寝しなさい、って言ったのもそのため?」

「そうですよ。今の貴方は、寝る前よりずっと強くなっているはずです」


 『食事』毎に強くはなっていましたけどね、という声は、土壁の向こうから聞こえてくる。

 リリーナが目覚めてすぐ絶叫する羽目になった血みどろアルノルトは、今、お風呂で血と汚れを落としている。周辺の魔物を殺し尽くして安全が確保できた為、交代でお風呂に入っているのだ。ちなみにリリーナは一緒に入ろうとしたのだが、アルノルトに断固拒否された。「小さいけど貴方はレディですからね」というアルノルトの拒否は不服だが、レディと言われるのは嬉しい。小さなレディの乙女心はなかなかに複雑だった。


「そろそろ狩りの仕方も教えないといけませんね」

「狩りの仕方?」

「ええ。今までは身体能力――体を使って力まかせに殴ったり振り回したりして戦っていたでしょう?」

「あい」

「そういったただ殴ったりする戦い方だけでなく、吸血鬼としての能力を駆使した戦い方も学んでいったほうがいいんです。魔法もいろいろ覚えると便利ですし。なによりいろんな獲物を狩れるようになりますからね。稲妻鷲とか早すぎる獲物も獲って食べたいでしょう?」

「おいしーの?」

「美味しいですよ。ただ炙っただけの肉でさえ、口の中で肉汁が溢れるんです」

「がんばっていっぱい覚えるのですよ!」

「その意気です」


 想像の焼き鳥で口の中をよだれで満たしながら、リリーナは保護者の姿を探すように土壁の周囲をグルグル回る。しばらく待っていると、土壁が地面に溶けるように消えて、中から湯あみを終えたアルノルトが出て来た。同じ服を何枚も持っているのか、着替えた後の彼も湯あみ前と同じ姿だった。


「お風呂、ばしゃー、ってしたの?」

「ええ。バスタブは鞄に仕舞いましたよ」

「おっきいバスタブだったのです。口までつかるのですよ」

「貴方はまだ小さいですからね。私だとあのバスタブはちょっと小さいんですが……」

「アルは縦に長くなりすぎたの?」

「ええ。目立たないように人間の平均的な身長で止まってくれればよかったんですが、希望通りにはいかないものです」

「あたしも縦に伸びる?」

「ご飯をいっぱい食べてしっかり寝たら、きっと縦に伸びますよ」

「やったー!」


 腰に抱き着いてグルグルと回る幼女に、アルノルトは笑ってその頭を撫でる。


地下迷宮ダンジョンはご飯がいっぱいあるからいいですね。貴方が成長に必要なご飯を沢山手に入れられます」

「ずーっとここにいるのも、そのため?」

「……そうですね。外だと常時空腹状態になってしまいますから。……なにしろ、手に入る食糧が限られていますからね」

「ダンジョンはすごいですなー」

「ええ。それを好んで、地下迷宮ダンジョンに住み着く吸血鬼もいたりします」

「アルも住み着くの?」

「俺は旅をしたいですから、一所に住み着くことは当分しませんよ。世の中に飽きたら住むかもしれませんが」

「あたしは……?」


 背中に張り付いた幼女が、小さな声で呟くように問う。アルノルトは腹にまわっている小さな手を優しく手で包み込んだ。


「貴方が一人前になって、自由に生きたいと思うまでは私が面倒をみます。そうですね……食事量を考えて、世界の地下迷宮ダンジョン巡りなんてどうです? 世界中の食べ物を食べ歩くのです」

「それはさいこーなのです!」

「そのためにも、お邪魔虫は潰しておきましょうか」


 ニッコリと惚れ惚れする様な笑みを浮かべたアルノルトに、リリーナは首を傾げる。


「おじゃまむし?」

「ええ。――ついでに狩りもしたいですしね」





 ※





「いやがる……いやがるぜぇ……大当たりだ!」


 地下迷宮ダンジョンの上層を驚くほどの速さで走破しながら、吸血鬼狩りの男は口の端を歪ませるように笑った。


「ハハッ! 地上じゃ発動しなかったが、探査の宝珠(オーブ)も感度良好じゃねぇか! 教会のクソ神官どももたまにはいい仕事するなぁっ」


 男の手には片手で包み込んでしまえるほど小さな宝珠オーブがあった。中央から白濁しているように見える宝珠オーブの片隅で、小さな光が点滅している。それは中央よりだいぶ下の方にあった。


「ガキだっていうのは外見だけじゃなく中身もだな。気配の遮断も出来てねぇから、こんなに離れてるのに察知できる」


 喜びのあまりつい独り言が増えるのは、彼等の任務が常に孤独だからだ。もっとも、その孤独は周囲を威圧し横暴に振る舞ったことによる孤独なため、彼等に同情を向ける人間はいない。


「……チッ……探索者共は五十階までしか行けてねぇのか……この光点の位置だと、もっと下か……いや? 近づいている?」


 男は一度足を止めた。男が動いていない間も、光点は瞬きながらゆっくりと距離を縮めている。


「ハハッ、こいつぁいい。登ってきてるのか! こりゃ、お出迎えの準備をしねぇとなぁ!」


 そう喜んだ男だったが、光点はある地点まで来るとピクリとも動かなくなった。上層で待ち伏せしてやろうと舌なめずりしていた男は舌打ちする。


「……チッ、そこまで甘くねぇか……トロトロしやがって」


 仕方なく走り出す。

 吸血鬼と渡り合う為に強化された体は、地下迷宮ダンジョンの上層に発生する魔物など歯牙にもかけない。鎧袖一触で葬り、死骸に目もくれずひたすら駆けた。

 考えるのはどう吸血鬼を追い詰め、どう殺すか――それだけだ。

 だがその意識の内側を引っ掻くように、疑問が脳裏を掠める。


(親を失ったばかりのガキが、地下迷宮ダンジョンに潜ったのはなんでだ……? 親から何かあったらそうしろと言いつけられてたのか?)


 今回の吸血鬼狩りで疑問なのは、そこだ。

 吸血鬼が地下迷宮ダンジョンに潜るのは、自分のねぐらを探す為だと伝えられている。事実、過去の報告例から見ても、吸血鬼発見の報は地上より地下迷宮ダンジョンの方が多い。だが、幼い吸血鬼が何の教えも無く地下迷宮ダンジョンに向かうことを思いついたというのはおかしい。それに、わざわざ探索者組合に登録して地下迷宮ダンジョンに潜ったというのが謎だ。


地下迷宮ダンジョンに住み着いてた親が子育てのために外に出ていたのか? それで万が一の時の避難場所に教えておいたってことなら、辻褄が合う。親を殺されて二ヵ月も経った後なのは、彷徨ってたからか。探索者組合で登録してから地下迷宮ダンジョンに潜ったのは、ガキすぎて吸血鬼特有の影渡りがつかえねぇから、門前払いされないために人間の真似をしたっていうのなら理解できる。男を一人操ったのも目立たなくするためだろう。ガキのくせに頭が回りやがる)


 自分の中に生まれた疑問を一つ一つ解いていきながら、男は鼻を鳴らした。


(吸血鬼のガキは親にくらべてクソ弱ぇはずだ。おまけに人里近くに住んでたガキは、人目がありすぎて吸血鬼としての能力をほとんど使えないまま育つ。基礎能力は高いだろうが、餓狼の権能をもつ俺なら圧倒できるだろう。楽勝すぎて笑いが止まらねぇんじゃねーか?)


 吸血鬼を血祭りにあげる喜びに、男の口が亀裂のような笑みを浮かべる。


(俺は運がいい。運は俺に味方してやがる! 他の連中が嗅ぎつけてくるまでに、俺が『吸血鬼狩り』の勲を立ててやる)


 吸血鬼狩りの人数は少ないが、本物の吸血鬼が世に現れる数はさらに少ない。吸血鬼狩りとしての力を得ながら、吸血鬼と巡り合えずに朽ちる者は多い。それゆえに、吸血鬼を実際に殺した時の栄誉は計り知れない。まして単独撃破を果たしたなら間違いなく英雄の中の英雄として評価される。

 男は夢を見た。邪悪で物欲に満ちた夢を。

 ――それが悪夢に変わるとも知らずに。





 ※





 探索者組合の一室で、奇妙な恰好をした男女が顔を合わせていた。

 一人は派手な羽根飾りを頭につけた女。一人はじっと見ていると精神が蝕まれそうな派手で奇妙なマントの男。一人は異様に白い耳をいくつも繋げて首飾りにした女。最後の一人は真赤な神官服の男だ。ちなみにこの世界の神官服は白と黒である。

 組合長に要請して空けてもらった部屋には飲み水の一つも置いていない。人の入りを断ったためだが、最後に到着した羽根飾りの女は駆けに駆けて来たせいで乾いた喉を抱えて舌打ちした。


「気が利かない野郎共ね。飲み水の一つぐらい貰っておきなさいよ」

「ギリギリで滑り込んだのが悪い。足が遅かったのが原因。自業自得」

「偽情報に振り回されたのよ! 吸血鬼の『死の領域』が北に転々としてたせいでね! 北に行ったと思った連中だって多いのよ!?」

「吸血鬼の小細工。頭の良い吸血鬼は痕跡をわざと残して攪乱する。騙される方が馬鹿」

「なんですって!?」

「やめないか、二人とも」


 言い合いをはじめそうな二人の女に、最初に到着してのんびり座っていた悪趣味な神官服の男が口を開く。


「日時を指定して集合したわけでもないのだから、同時期にこの街の探索者組合を訪れることができた同胞は稀有だ。我々はいつも広範囲に散っているからな」


 実際、彼等は示し合わせてこの地に来たわけではない。たまたまここに吸血鬼がいると確信するに足りる情報を得、他に後れをとるまいと駆けつけてきたために、結果として探索者組合に集まることになっただけだ。もう何日か待てばさらに数が増えるかもしれないが、これ以上待つつもりは男には無かった。


「吸血鬼は地下迷宮ダンジョンにいる。例の子供に、操られていると思しき男が一人のペアだ。組合が保持している五十階層までの地図は得た。先に来て情報を集めてくれた者は単身で先行している」

「だだっ広い地下迷宮ダンジョンに単身突入とかそいつ馬鹿なの?」

「吸血鬼の単独撃破は吸血鬼狩りの夢。ムカツクけど気持ちは分かる」

「先行者が地下迷宮ダンジョンに入ったのは昼前だ。今からでも十分追いつく」


 地下迷宮ダンジョンの踏破は距離だけでなく魔物の出現によって足を止めさせられる。彼等の感覚ではたいした敵ではないが、いちいち道を塞がれるのは面倒だった。後追いの彼等は、先行者の後を追うことで多少楽が出来る。地下迷宮ダンジョンが魔物の溢れる魔境だとしても、一度殺されて減った魔物がすぐに同じ数にまで戻るわけではないのだ。


「で? 追いついて一緒にやろうって声かけるわけ? 一人で狩れるとふんで単独行動してる奴が、後から来た私達に牙を剥かないとも限らないんじゃない?」

「同士討ちは禁止されている。どんなに不満でも、宝珠(オーブ)が我らの行動を縛る」

「そうだといいけどーぉ? ガキの吸血鬼なんて絶好の獲物を前にして、単独撃破の栄誉に妄執したら面倒だわ」

「吸血鬼狩り達は、互いを攻撃できないように出来ている(・・・・・)。どこの里の者、誰が師匠であってもだ。二千年前に『夜の王』によって組織が壊滅しかけた時、これ以上数を減らさないために術があみだされた。――『夜の王』を一目みるだけで狩人は同士討ちをはじめた、という故事にならってだ」

「ああ、伝説の吸血鬼……十五、六ぐらいの黒目黒髪の化け物だね」

「子供と侮った当時の狩人は馬鹿」

「今回のガキは大丈夫なんでしょうね?」

「情報を再確認するべき。十歳以下は問題ない」


 吸血鬼が不老になるタイミングは個体差がある。そのため、外見と実年齢が一致しない個体も少なくない。だが、十歳以下の幼児の成長がそこで止まるということは無いはずだ。種族の維持のために、吸血鬼も成人である十六近くまでは人間と同じような速度で成長する。少なくとも、何千年と吸血鬼を追い続けて来た彼等狩人の記録にはそう記されている。外見と一致しない化け物となるのは、外見が十代中盤以降の者だ。


「十歳以下の吸血鬼が見つかるのはとても稀有。だけど、地下迷宮(ダンジョン)に入られたのは拙い」

「吸血鬼ってなんで地下迷宮ダンジョンに入るヤツが多いのかしら。もどき共と違って、太陽が駄目なわけでもないのに。――地下迷宮ダンジョンって面倒だから嫌いなのよね」

「不勉強。吸血鬼は大喰らい。地上だとすぐに食べ物が枯渇する。人目にもつく。地下迷宮ダンジョンの奥なら最適。だからこそ急ぐべき。急速に成長される危険」

「あー、なるほどねぇ。てゆーか、もう最初から地下迷宮ダンジョンに入られないように対策してればいいのにさぁ」

「無知。地下迷宮ダンジョンは多い。ある一定以上の位階にいる吸血鬼は宝珠オーブの探査もくぐりぬける。抜け道多い」

「ほんっとクッソ面倒ね」


 世間の人が思う以上に地下迷宮ダンジョンは多く、狩人達の数は少ない。探知する魔道具も数が少ないうえに、その精度にも問題がある。結局、数の少ない吸血鬼狩りが動くためには、まず吸血鬼の発見が前提になるのだ。


「ライムント教会で傷を癒す同志は、今も呪詛で苦しんでいる。二十九人の同胞が返り討ちにあったことといい、此度の個体は始祖の血脈である可能性が高い」

「期待」


 男の声に女は目を暗い色に輝かせる。

 始祖とは『始まりの吸血鬼』のことだ。伝説の時代ですら伝説であった『始祖』は、神の如き力を有しているという。その血脈であるなら強敵は必至。その幼子となれば希少価値は計り知れない。


「楽しみ。どんなふうに殺そう。どんな攻撃をする? 楽しみ。楽しみ」


 血腥い欲望に目を輝かせる女に、けれど他の二人も無言でただ嗤う。

 吸血鬼を狩る為に彼等は化け物になった。

 吸血鬼と相対することは、彼等の人生の全てを賭けた願いであり、戦うことは己の人生の集大成を成すことでもあった。無論、吸血鬼討伐後に与えられる栄誉も理由の一つではある。だが、ほとんどの吸血鬼狩りはただただ戦い殺すことを求める人間の化け物だった。

 正しく、彼等は狂っているのだ。


「さぁ、行こうか」


 暗く獰猛な笑みを浮かべる男の声にあわせて、他の三人も素早く動く。

 彼等は知らない。

 自分達が頭の外に置いた『子供と一緒にいる男』が何者なのかを。始祖の血をひく吸血鬼の子供、という極上の獲物に目を奪われて、一緒にいる男について詳しく調べなかった自分達の愚かさを。


 彼等がその致命的な過ちに気づいたのは、自分達が狩られる側になった時だった。





 ※






「ずぼんー」

「リリーナ、落ち着きなさい。そんなにバタバタ足を動かすのははしたないですよ」


 今までのゆったりとした貫頭衣のようなワンピースの下に、ぴったりサイズの子供用ズボンを履いたリリーナは上機嫌でアルノルトの周囲を走り回った。ぴょんぴょん跳ねては感触を楽しんでいる。


「でも、なんでずぼん?」

「たんにようやく手に入ったというだけですが……」

「……お風呂の後で、ちょくちょく姿を消していた時のヤツですな」

「何故か責められているような……」


 かつて父の浮気を攻めていた母と同じ目つきをする幼女に、アルノルトは困り顔になる。

 アルノルトが行っていたのは、解体の終わった魔物素材の売却だ。もちろん、地下迷宮ダンジョン内に売却所など無い。自身の異能である影渡りを使って遠方の街に出かけ、そこの皮組合などで売却してきたのである。

 ちなみにリーヌスの探索者組合で作ったリリーナの(・・・・・)探索者の証を身分証明書がわりに見せて売却していた。女性に化けるのは苦痛だったが、情報攪乱の為には仕方ない。しかし、その時の化粧のにおいをリリーナに嗅ぎつけられたのは致命的だった。幼女がしばらく涙目のふくれっ面になったのだ。幼くとも女である。


「アルが時々あたしを放置するようになったのですよ」

「ちゃんとフロアを全滅させて安全を確保してから行ってますし、短時間で帰って来てるでしょう?」

「むー、むー」


 どう不満を伝えていいのか分からず、頬を膨らまして頭を腹に押し付けてくる幼女にアルノルトは苦笑する。自分の思ったことをどう言葉にして伝えていいのか分からないのは、まだまだ幼いからだろう。これから語彙も増えて少しずつ成長していくのだろう、と半ば父親の気持ちで思った。


「……スカートじゃなくて、ずぼんなのは何で?」


 おや、スカートの方が良かったのか、と一瞬思いながら、涙目で見上げてくるリリーナの頭を撫でる。


「あなたもよく動き回る方ですし、旅の間はズボンを履いていたほうがいいと思いまして。――まぁ、草木があたろうが怪我はしないわけですけど」

「おとめのおはだはむてきなのです」

「どこで覚えた言葉なのかは知りませんが、無敵では無いので怪我には気をつけてくださいね。それで――貴方の『希望』は変わらないのですね?」


 先に二人で話し合った決め事の再確認をするアルノルトに、「アルは心配性なのです」と眉を下げながらリリーナは頷く。


「変わらないのですよ」

「……そうですか。出来れば幼い貴方を危険に晒したくはありませんが……先の取り決めの通りにしましょう」

「あい!」

「奇襲のかけ方は教えたとおりです。あとは貴方の頑張り次第ですよ」

「まかせるのです!」

「……出来れば任せたくはないんですけどね……」


 抱き着いてくる幼女の背をポンポンと叩きながら、アルノルトはぼやいた。腕の中で「むふー」と満足そうな顔をしているリリーナに困り顔になる。


「いずれ戦わなくてはいけないとしても、もう少し成長してからでよかったのですが……ままならないものですね」


 そっと零した声は、たとえようもないほどに憂鬱そうだった。






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