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村娘はゴリラとバナナに懸想する


元号ゼロリングから数百年ほど遡るジャンポン


タエはおぼつかない足取りで歩いていた

冷たい雨で体が急速に冷えていく



今年は天候の悪い年だった

畑の作物は育たず、村人は常に飢えている

寒い冬をどうやって過ごせば良いのか、皆が先行く不安に苛まれていた。




その村には古くから伝わる昔話がある


【山の奥深くにある石の祠に、うら若き乙女が祈ると神が現れ、お椀と中に一杯の穀物を与えたという。不思議なことにそのお椀の中の穀物は不作の1年の間いくら食べても減らなかったという。そのお椀のお陰で村人達は飢えることなく冬を乗り越え、翌年は豊作に恵まれる。すると役目を終えたかのようにお椀は消えたというものだ。】



そんな夢みたいな御伽噺にもかかわらず、藁にもすがる思いで村人達は話し合い、若き乙女に、先の流行病で家族を亡くし天涯孤独のタエが選ばれたのだ。

石の祠を実際に見た者はいないのだが、村の者達に送り出されたタエは小さな体を震わせながら言い伝えの祠を探して山を歩き回った。

ただでさえ痩せ細った体での山歩きは過酷だというのに、冷たい雨まで降りタエの体は弱っていく。


木々が生い茂り太陽の光があまり届かず薄暗い中とうとう力尽きたタエは地面に倒れ込み、祠は見つからなかったが、せめて祈りだけでもと御伽話の神の名前を呼んだ



「ゴリウッホ様、ゴリウッホ様」


タエの悲痛な声が辺りにこだまする


「村を、村を助けてください」




唱え続けてからどれくらいの時が流れたのか…

止まぬ雨に体は凍え、震えが止まらない。


もう……

力尽きて目を閉じようとしたその時

目の前にある茂みが、ガサガサっと動く


意識が朦朧としながらも音がした方を見上げると、茂みの奥から見たこともない大きな体をした獣が二本足で歩いて出てくるではないか


村で一番大きな才蔵よりも頭一つ分は高い背丈に、これでもかと筋肉が盛り上がり、全身が黒い毛に覆われている。



初めて見る獣を見てタエは体が硬直し、思わず恐怖で息をのんだ


に、逃げなきゃ…

だが起き上がろうにも体に力が入らない。

全身がガタガタ震えだし、絶望が頭の中を埋め尽くす


「うぅ、あ…」


ここで私は獣に食べられて死ぬのかな。

誰にも知られる事なく一人で…

一人には慣れたはずなのにやっぱり寂しい。

でも、飢えで少しずつ死に近づいていくよりは…いっそ……タエは目を固く閉じた。



しかし、いつまでたっても痛みは襲ってこない



恐る恐る目を開くと、寝そべるタエを見下ろしていた獣は口を開いた。




「お前、ヒト族か?ウッホ」




目を合わしたまま、逸らすことが出来なかった

獣が言葉を発したことにも驚くが、それよりも…




……ウッホ?

もしかしてーーー


細い喉を震わせて声を出す




「ゴリウッホ様…?」


「ゴリウッホサマ?…オラはゴリラ族のノリオだウッホ」



ゴリラゾク?

初めて聞く言葉だが、村から出た事のないタエは知らないだけかもしれないと思い当たる。



そしてふと周りを見渡すと先程まで倒れていた山の風景と違っていた。


「ここ、どこ?」


ノリオと名のる人間ではない何かは、その言葉に眉間に皺を寄せて首を傾げる。


「お前、迷子か?とりあえず、この場所から移動するぞ。ここは獣が出て危ないからなウッホ」


獣…思わず目の前を見てしまうが、それは仕方ない。



そして、食べられないと安心して緊張が解けたタエは寒さと疲れで意識が遠のいていくーーー。









獣人達が暮らす国ドウブツエーン

大小様々な獣人達が共存しながら暮らしている



タエを保護したノリオはゴリラ族である。

彼らは森の奥で暮らしており、

体は男性が身長170センチ前後、女性は140センチほどで、この世界のヒト族とあまり差異はないが、それは身長に限ってであり、体重に関してはほぼ2倍にあたり、体格には大きな差がある。

ゴリラ族は見た目も中身も脳筋だが、穏やかで争い事を嫌う種族だ



ノリオはゴリラ族の中でも体は大きく逞しい体つきであったが、女性にはモテなかった。

ゴリラ族は頭頂部の突起の盛り上がりが高く、顔が長く大きいほど魅力的だとされているのだが、ノリオは小顔で、頭に突起が無く丸みを帯びているからだ。

18歳までには家庭を持つのが一般的なゴリラ族の中で、ノリオは22歳の今も相手がおらず独り身であった。

子供好きでもあり、家庭を持ちたい気持ちはあるのだが、相手がいないのでは仕方がない。ノリオは一人寂しく暮らしていた。

その孤独な生活を送るノリオにとって、ある日将来を左右する出来事が発生する。




いつもと違う森の奥へと足を進めていると、ふと小さな声が聞こえる


……ウッホ…ウッホサマ…


同族か?


不思議に思い、声のするほうへ歩いてみれば小さな子供が倒れていた

その子供は体に毛がなく、ヒト族のようだ



ヒト族の子供……が一人?

親はどこだ?


森の奥深くにあるこの場所は獣が多く生息している。そんな場所に足を踏み入れるのは獣人の中でも、ごく僅かな者だけだ。

ヒト族の、それも子供が一人でいる場所では決してない。

ヒト族はとてもか弱い種族だ。


ゴリラ族とは違う細い体が震えているのを見て思わず近づくと、子供はギュッと固く目を瞑る


ーー恐がらせたか?


ノリオは子供が落ち着くまで身動きせずに、様子を伺う

子供の服はボロ切れで濡れており、足も裸足同然のような靴だった


しばらくすると、ゆっくりと閉じていた瞼が開き、黒い瞳が現れる。



話しかけると驚いた表情をして、小さな声で答える


そのヒト族の言うゴリウッホサマは分からなかったが、この子が迷子だという事は判明した。

とりあえず詳しい話は場所を移動してからしようと告げると、子供はそのまま意識を失ってしまった……



仕方ない、ノリオは子供を抱き抱えーー気づく。

子供が女の子だということに。


ヒト族が顔を見ただけでゴリラ族の性別を区別出来ぬように、ゴリラ族にとっても顔だけでヒト族の性別を見抜くのは難しい。

立っていれば身長なり、服装なりで気づくが、

小さな子供で倒れていれば尚更のこと判別はつかない。

だが獣人はヒト族には無い判別方法がある。

匂いだ。種族は違えど、異性の匂いは甘く香る。

しかも抱えて気づいたが、体が細い分小さく見えたが、身長は成人女性に近いものがある。

もしかして、子供ではない…?


そう気づいたと同時に細い体から伝わる体温と、甘い香りが鼻先をくすぐる。





◇◇◇






あったかいなぁ…

包み込む体温の心地よさに、なんだかとても安心する。

こんなに暖かいの死んだお母さんと寝ていた頃以来だ……

でもお母さん、こんなに毛深かったかなぁ?


毛?


???


バチっと瞼を開くと目の前には黒い毛…

タエは太い腕に抱き抱えられていた。

顔をあげると先程ノリオと名のった人(?)と目が合い、驚きのあまりに体が強張る。


「起きたか」


「あの…」


「今はオラの家に向かってる途中だ。あの場所は危険だから連れてきたウホッ」


横抱きに抱えられた体の触れ合う部分は暖かい。


そして、やはりタエが居た山の中ではなくて、知らない道を歩いている。

何しろタエが歩いていた山には口に入れる食べ物などない状態だったのだから、目にしたことのない木や青々と生い茂る草花を見れば、一目瞭然である。



やがて2人はノリオが暮らす小屋に辿り着いた。

丸太を組み合わせて作られた小屋は、いつの日か結婚する事を夢見たノリオが一生懸命建てた

家だ。



「着いたぞ、ここがオラの家だ」


それまで抱き上げられていたタエはゆっくりと降ろされる。

さっきまで触れ合っていたところから伝わる暖かさが消えて、ブルッと身体が震えた。



家の中はリビング中央に置かれたテーブルに椅子2脚、そのテーブルの上には木の簡素なコップに皿、ロウソクの付いた燭台が一つ。

ほかに2部屋あり、ベッドがある寝室と物置だ。

だが、貧しい村出身のタエにとってノリオの家は広く、とても頑丈で立派に見えた。



村長の家より大きい…

高い机と小さな机が2つ…?

あれ、畳が無い…



「オラの服は嫌かもしれないが、服が濡れているから寒いだろう…これを着とけウッホ」


不思議そうにキョロキョロと家の中を見るタエにノリオはローブを渡す。

ゴリラ族の男はほとんど上半身裸で過ごす為ズボンしか履かない。

このローブも唯一の上着だ。

何しろドウブツエーン国はタエの暮らしていたジャンポンと違い冬も少し肌寒い位で、毛皮のある獣人達には逆に過ごしやすいのだ。




「さっきも言ったが、オラの名はノリオだ」


「…ノリオ?」


「あぁ、見たら分かるだろうがゴリラ族だウホッ」


名前はノリオ

ゴリラゾク…

何だか似てるけどゴリウッホ様とは関係ないの…かな?


視線を上げるとノリオがこっちをじっと見ている


「…ノリオ……さん」


「別にさんはいらないぞ、そんでお前の名前は何だ?」


「…タエ」


「タエか、いい名前だな。タエはどうしてあんな森の奥に一人でいたんだ?」


「モリ…?分からない…です…私はゴリウッホ様を探して山を歩いてて…気づいたらあそこにいたので……」


「ゴリウッホサマ?さっきもそんな事を言ってたな。どんな奴だ?あの森の近くに山なんてないぞ…」


ノリオが少し思案していると




きゅるるるぅ


…………


………………



「ああ腹が減ってたのか、先に飯にするか。すぐ準備するからそれまでこれでも食べてろ」


恥ずかしさで顔を真っ赤にしたタエは、ノリオが目の前に差し出した物を見て首を傾げる。


「これ何…?食べ物?私が食べて…もいいんですか?」


「ん、バナナを知らないのか?ヒト族の国には無いのか?食べていいぞ、タエのだ」


「でも私、お金持ってない…です」



食べ物の対価になる物を何も持ってない…



「金なんかいらないぞ、そんなことを気にせず食べろ」


「でも…」


貴重な食べ物をただで貰うなんて出来ない。


頑なタエに困っていたノリオだが、ある事を閃き口を開く


「んーそうだな、じゃあ手伝ってくれ」


「手伝う?」


聞き返すと、ノリオは頷く。


「物置を片付けたいんだが、オラは細い作業が苦手なんだ。一緒に手伝ってくれると助かる。その報酬って事でどうだ?」


片付けた報酬…出来ることは限られてるだろうが、食べ物の対価になると思うとホッとした。


「はい、頑張って片付けます!」


「あぁ、宜しく頼むだ。ほら、腹が減ってたら力が出ないぞ。」



今度こそタエはノリオからバナナという棒みたいな食べ物を受け取り、恐る恐る口に入れる。


「かたい…」


「ウホホッ、違う違う、皮を剥くんだ、こんな風に…ほら、食べてみろ」


笑いながらノリオが大きな手で器用にその黄色い棒の皮を剥いていくと、中から白いものが出てきた。


差し出されたのをまたもや恐る恐る口にすると


!!!!


口の中に甘さが広がる。


今まで食べたことのない美味しさに夢中で口に頬張る。


「うまいか?」


コクコクっと頷きながら、あっという間に食べきってしまった。


 



◇◇◇



 


 

塩で味付けして焼いただけの肉を美味しそうに口に運ぶタエは可愛いらしい。

もぐもぐと食べる姿は、何とも庇護欲を駆り立てさせる。



よっぽど腹が空いてたんだな…

改めて見るとタエの黒髪に艶はなくパサついており、頰も痩けている。体は言わずもがな、筋肉も脂肪もついてなく、骨と皮だけだ。

一体この子はどんな環境で暮らしていたんだ……

ノリオはそんな疑問をタエが食事を終えるまで待ち続けた。




久しぶりにお腹いっぱい食べた後、タエはノリオに会うまでの話をした。



「今年は作物が不作で沢山の村人が死んだんです」


物騒な内容にノリオは顔をしかめた。


「私達の村には古い言い伝えがあって、山の奥にある祠に若い乙女が祈ると、ゴリウッホ様という方が現れて、村の飢餓を救ってくれたらしいんです。その乙女に選ばれたのが私で…ただ祠が見つかる前に倒れてしまって…そしたらノリオさんに会ったんです。私…神隠しにあったの…かな、どうすれば村に帰れるのかも分からない…」


目頭が熱くなり涙が出そうになるのを必死で我慢してタエは顔を上げてノリオの瞳を見つめる


「あ、あの…しばらくの間でよいので、ここに居させてもらえませんか?私に出来ることは片付けでも、食事の用意でも何でもします。お願いします」


今日出会ったばかりの相手に言う言葉では無いし、厚かましいのは重々承知だ。だが、この短時間だけでもノリオが優しく、信頼できる相手であるのは感じていた。今のタエにはノリオしか頼る相手がいないのだーーー



「いいぞ、居たいだけいろ。もしかしたらヒト族の国にタエの村があるかもしれないから、オラの知り合いに調べてもらおう。とりあえずタエは細すぎるからな〜バナナをたくさん食べろウホッ」


安心させるようにニカッと歯を見せて笑う。

家の裏手にある小さな畑の作物と、森の猟で得る獲物で食べる分には困っていないし、独り暮らしが長かった分、多少は余裕も蓄えもある。

何よりタエを自分から手離すなどノリオには考えられなかった。



タエの目からぽろぽろと涙が流れ出る


頬を伝う涙を見ながら

なぜかタエを見ていると守らなければならないような気持ちに陥るのをノリオは不思議に思っていた。



「まずは家の事をしてもらえると助かる。」


「はい、頑張ります。ありがとうございます!」


タエは満面の笑みで声を弾ませた。





こうして帰る場所の無いタエはノリオと一緒に暮らすことになった。

ジャンポンのお国柄か、真面目で器用なタエは脳筋だらけのゴリラ族に大変重宝されるのである。



また、恋愛に免疫のない純朴ゴリラが女性と同居して意識するなという方が無理な話で…


一緒に暮らし始めてから、タエを異性として意識する自分に戸惑ってオロオロ、笑顔を見るたび心がドキドキ、他の男が近づくとイライラ、

あっという間にチョロゴリラの出来上がり。






そしてなんだかんだで2人はうまくいき、晴れて心を通わせたけれど、恋愛初心者ノリオは手が出せずにモンモンとして【寝室バナナ事件】が勃発したりしましたが、2人は末永く幸せに暮らしましたとさ。




おしまい



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