8話 ウィルハイザ家の団欒
「わかった。助けてくれ」
そう返事をすると、オレの体に異変が起きた。
宙に浮いたのだ。ぐんぐん高く上昇している。
周囲のどの樹木よりも高くなった。
正直怖かったが、ここまであがればヤツも襲ってこれまい。
境内を俯瞰する。蜘蛛に似た牛鬼の全身がよく見えた。
小さな子供がヤツと対峙している。あの子が助けてくれたのか?
牛鬼の前足から伸びた爪が、小さな子供を襲う。
しかし爪が子供に触れた途端、牛鬼は毒でも食らったように、もがきだした。
巨体が地面を一転二転する。やがて力尽きたように動かなくなった。
なんてことだ。あの子、小さいのに強すぎる……。
オレの体はゆっくりと地上に戻った。眼前には巨大な牛鬼の死骸。
「ありがとうな。お前に命を救われた」
幼い女の子が静かに微笑む。
「その代わり、約束は守ってもらうから」
「もちろん好きにしてくれていい。憑依だってなんだってされてやるさ」
「よろしい」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ぬいぐるみのオレは、ユーリアに抱き締められていた。
ノックが聞こえた。
部屋のドアを開けたのは、ユーリアの専属メイド・ティラだった。
「ユーリアお嬢様、お食事の支度ができました」
「すぐいくわ。さっそくお爺様とお婆様に、召喚した使い魔をお披露目しなくてはね。でも裸で顔を合わせるわけにはいかないから……。ティラ、お願い。服を用意してあげられる?」
オレはユーリアから額にキスを受けると、ぬいぐるみの中から抜けだした。きちんと人間の姿になっている。恥ずかしい恰好のまま待つこと約五分。ティラが部屋に戻ってきた。
やっときてくれたか。
ユーリアとティラの共同作業で衣服を着せられた。
あれ? この衣服、男物じゃないのでは……。
ひらひらのフリルがたくさんついており、やけに可愛らしい格好だ。
まあ、毛布よりはマシか。
でも鏡は見たくない。
部屋をでて食堂に到着すると、すでに二人の人物がテーブルについていた。
おそらく彼らがユーリアの祖父母なのだろう。使用人を除けば他に誰もいない。ということは三人家族だったのか。
二人はオレの可愛らしい恰好に唖然としている。
これ、オレの趣味じゃないんだけど……。
豪勢な料理が並ぶテーブルには、人数分の席が用意されていた。
ちょっと安心した。オレも食わせてもらえるようだ。当たり前か。
食事が始まり、ユーリアたちは料理を口に運ぶ。
待てくれ。
何か忘れてないか?
「おーい、オレのフォークやナイフがないぞ。箸でもいいからくれ」
むしろ箸の方が助かる。
ユーリアとその祖父母がこっちを向く。
なんだというのだ、その不思議そうな目は?
「あなた、山神じゃない?」とユーリア。
は? 意味がわからん。
オレが本物の山神か否かは、まあ、別の話としよう。だけどさ、山神は料理を食べちゃいけないのか。おかしいだろ? 普通、山神には料理をふるまうものじゃないのか。
「オレ、食うから」
するとティラが近づいてきた。
「もちろんお食事はしていただきます。ですがご冗談をおっしゃるのはあとにしてください」
なるほど。あとできちんと食わしてくれるのか。
ならばいい。楽しみにしていよう。
でも冗談ってなんだ?
一家の食事は終わった。
ぬいぐるみを抱えたユーリアが向かってくる。
オレは額にキスを受けると、ぬいぐるみの中に吸い込まれた。
食ったばかりの口でキスされると、額が油で気持ち悪くなるんだが……。
てか、オレの飯はいつだ? あとで食えるはずだったよな?
こんなぬいぐるみになったら、料理が食えないだろ。
ぬいぐるみとなったいま、文句をいうことができない。
くそっ、オレを騙したのか! ティラの嘘つきめ。
料理を食えないまま、ユーリアの部屋に連れていかれた。
ティラがオレを台の上に置く。
眼前にはフルーツや生野菜がずらりと並べられた。
何かな、これ。
ああ、嫌な予感。
まるで心の声が聞こえたかのように、ティラが説明する。
「あなたは使い魔ですが山神でもありますため、一応、このお部屋にも、お供え物を飾らせていただきました」
お供え物ってなあ。
食堂にしろこの部屋にしろ、目の前に飾られたって、食ったことにはならねぇーぞ。
モモやイチゴやオレンジ……ぜんぶ見るだけかよ。
逆にこれって嫌がらせじゃん。
ちなみにそこの生野菜はなんのつもりだ。
ナスとかカボチャとか。生で食ったことないんだが。
ティラは部屋をでていった。
ユーリアが一人で部屋に残っている。
「たくさん召しあがれ」
お前までそんなことをいうのか。
彼女は屈託のない笑顔を見せていた。
オレは体が動けず、声もだせない。
彼女はしきりに話しかけてきた。
両親の話や学校の話。それから先生の話。
どうやら明日、オレを学校に持っていくらしい。そこは女子校だといっている。
女子校かあ……。ちょっぴり憧れていた時期もあったな。
だけどいまはまったく憧れない。それどころではないのだ。