16話 契約
ムアは長老院のジルとヨビに呼びだされた。
連れてこられたところは、川のほとりにある四阿だった。
先に口を開いたのはムアだ。
「今回の報酬のお話でしょうか」
ヨビが声高に笑う。
「いきなりカネの話がでてくるとは、貴殿らしいですな」
「カネは大事ですから」
ムアはカネのことについては譲れない。
いますぐ確認しておきたいことがあった。
「ごもっとも。ミノタウロスがやってくるなど、計画は大きく狂ってしまいましたが、それは当方の問題ですので、約束の報酬はもちろん全額支払います。支払日については、契約どおり四日後とさせてもらいます。そのときまでお待ちください」
報酬はきちんと払われるようなので、ムアは安堵した。
減額の交渉でも始まるのかと思っていたのだ。
「ところで」とヨビが話を変える。「あの少女について、話をお聞かせください」
当然シノのことだ。それ以外には考えられない。
「昼間、ジル殿に話したとおりです。わたしは何も知りません」
「人間でしょうか?」
それについては返答に迷った。
するとヨビは、こういい加えるのだった。
「確かに魔物の入村は固く禁じられています。だからといって、いまさら貴殿の同行者を追いだすつもりはありません」
考えていたことは、お見通しだったようだ。
ムアが答える。
「まず人間なんてことはありえません。ミノタウロスとの一戦を見れば明白です」
「ならばどんな種類の魔物でしょうか」
「知りません」
「元中級傭兵としての貴殿の推測が知りたいのです」
じっと目を瞑る。
長い息を吐き、ふたたび目を開けた。
「外見だけならば人間族の可能性を主張するところですが、あの戦いぶりは決して人間族のものではありません。故に、人間の姿に化けた別の魔物だと考えるのが妥当でしょう」
ぐっとヨビが顔を寄せる。
「としますと具体的には?」
「あそこまでの強さ……。幻とされる龍人族かもしれません」
「初めて聞く種族ですな」
ムアも龍人族に会ったことはなかった。幻といわれるくらいだから当然だ。ただ傭兵をやっていた時期に、耳にしたことならばあった――。
二百年くらい前、正規兵士の長として龍人族が大王家に仕えていたらしい。歴代最強の正規兵士長ではないかと、いまでも大王家軍の兵士の間で噂されている。
「そうでしょう。伝説とされている種族です」
「ほう、伝説とはどのような?」
「龍人族の姿はときには竜、ときには人間。一つの町を簡単に滅ぼせるほどの強大な魔法を持っているらしいのです」
ヨビとジルはこの話を聞くと、互いに顔を合わせて首肯した。
「話を変えましょう。丸太小屋にいる貴殿の同行者のうち、くだんの少女の他に魔物はいますか。いるとしたら誰でしょうか。もちろん追いだすつもりはまったくありません」
「さあ」
「貴殿の推測で構いません」
「でしたら……」
リチナとユーリアの名をあげた。
まず殺し屋のリチナが人間であるはずはない。彼女に見られる行動は、まったく人間には思えない。
それからユーリアについて。あの気品でわかる。上流階級の魔物に間違いない。
さらに遅れてもう一人、凛の名も告げた。
それはただ『シノやユーリアとタメ口を利いている』という理由に過ぎない。もし彼が人間ならば、連れの者たちと主従関係にあるはずだ。しかし対等にしか見えないのだ。
「何故そのようなことを尋ねるのです?」
逆にムアが問うと、ヨビがこう答えた。
「わが領主様はこの近郊の村々を治めていますが、実務はわれわれ長老院に丸投げです。そのうえ魔物ながら魔物嫌いであり、他の町村を治める領主たちとの折衝さえ、長老院が引き受けているというのが実情です。しかしわれわれは人間であり、魔物のことはよく知りません。ですからこういう機会に、魔物について様々な情報を集めています。ただそれだけです」
その説明は怪しいものだ。本当は何か企んでいるのでは?
ヨビはさらに続けた。
「貴殿の連れの中で魔物だと思われるのは、シノ、ユーリアという少女、それからリチナという女に、凛という男……」
「あくまでもわたしの推測です」
「……はい、承知のうえです。そこで、あなたの目では誰が最強なのでしょう?」
「残念ながら見当もつきません。ですが、まあ、ユーリアとリチナに関しては、あまり強いように見えません」
「では凛という男は?」
「力はまったくの未知数です。魔物かどうかも、はっきりしていません」
「調べてもらえますか?」
ヨビの手には金貨が一枚摘ままれていた。
ムアは黙ってその金貨を受けとった。




