表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/82

6話 回想/中篇


 祖父母の家に帰った。

 小山のことや、しいちゃんのことや、縊鬼のことを話した。

 祖父は信じてくれなかった。あんなところに、小山も池もないのだという。

 でも、あったものはあったのだ。あれは夢なんかじゃない。


 祖父が将棋盤を持って縁側へいった。

 彼がいなくなったところで、祖母は村の昔話をしてくれた。


 実は三百年くらい前まで、村に小山が存在していたらしい。

 正式名称ではないものの、一般に『牛鬼の山』と呼ばれていたそうだ。


 大昔から村人たちは、そこをモノノケの棲む小山として、忌み嫌っていた。

 そしてあるとき、田畑を開発するという名目で、小山を切り崩すことになった。反対する者もいたが、多数派によって強行されたのだ。


 とはいっても一つの小山を平地にするのは容易でなく、気が遠くなるほど長い年月を費やした、と語り継がれているそうだ。

 ただその頃から村は寂れていった、ともいわれているらしい。



 閑話休題、右腕の熱感は翌朝まで続いた。熱が治まったあとも、違和感はずっと残ったままだった。しかもそれが一週間や一ヶ月どころではなく、数年が経っても消えることはなかった。ただし痛みのような不快感とはまた少し違っていた。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 

 オレは十歳になった。


 また夏休みに祖母の家へ泊りにいったが、祖父の葬式や法事を除けば四年ぶりのことだった。実は縊鬼の件でその村が怖くなり、訪れるのをずっと拒否し続けてきたのだ。


 しかしこのくらいの年齢にもなると、恐怖心よりも好奇心の方が勝ってくるものなのだろうか。あの不思議な体験がなんなのか、知りたくてたまらなくなった。だから祖母の家にいきたいと、自ら父に頼んだのだ。


 祖母の家に到着するなり、小山を探しにいった。

 喬木に囲まれた小道を発見したときは、嬉さのあまり鳥肌が立った。

 また小山にいけるかもしれない。


 池を見つけた。その向こうに小山が構えていた。

 やったぞ!


 胸が熱く躍った。


 池をぐるっと回り、小山をのぼる。

 頂上に到着した。


 残念なことに(ほこら)はなかった。

 しかし女の子がいた。


 しいちゃん?

 いいや、違う。そこにいるのはオレと同い年くらいの子だ。

 しいちゃんならば、もう中学生以上になっているはず。


 顔もやっぱり違う。しいちゃんの顔はそんなではなかった。


「あなた誰?」


 向こうから尋ねてきた。


「オレ? 綺堂凛。夏休みの間だけ、この村にいるんだ」

「夏休み……? わたしはアミっていうの」


 すらりとした高身長で、柔和な目が印象的な子だった。歳は十一だという。一つ年上だったためか、自分でも気づかぬうちに、彼女のことを呼び捨てではなく、ちゃん付けで呼んでいた。

 ちなみに普段、学校ではクラスの女子すべてを呼び捨てにしていた。もちろん女子たちからも呼び捨てにされていた。


 アミちゃんは歌を歌ってくれた。メロディも歌声も美しかった。歌うのが好きなのだという。

 逆にアミちゃんから歌を求められたが、歌うことなんて恥ずかしくてできなかった。


 翌日も小山へいった。頂上にはアミちゃんがいてくれた。

 首から紐でぶらさげたオカリナを、彼女に見せてやった。オカリナは当時ハマっていたもので、祖母の家にも持ってきていたのだ。

 実は昨晩みっちり練習しておいた。歌の代わりに聴かせるためだ。


 アミちゃんは目を真ん丸にして聴いてくれた。


 次の日もその次の日も、アミちゃんに会うため小山をのぼった。

 そして十四日目。


 小山をのぼる途中、奇妙なものに遭遇した――。


 頂上に続く道を、首のない人形が横切っている。

 人間の大人と同じくらいの大きさだった。

 本当に人形なのかは怪しいが、少なくともそう見えた。


 近づいても大丈夫だろうか。いや、危険かもしれない。

 まだこっちには気づいていないようだ。


 ところが人形はピタッと足を止めた。体の向きを変える。

 どうやら気づかれてしまったらしい。


 咄嗟に逃げようとしたが、慌てたせいで転んでしまった。


 ヤバい。どうしよう。


 そのとき右手が燃えるように熱くなった。焼き焦げてしまうのではと、不安にもなった。電流にも似たビリビリした感覚もある。かつて――そう、四年前――しいちゃんに腕を掴まれたときとまったく同じだ。


 首のない人形が歩いてくる。


 やめろ。くるな。近づくな。

 無我夢中で手をふり回すと、熱くなった右のコブシが、人形の右足に当たった。


 すると不思議なことに、人形の右足は、炎に包まれて消えてしまった。

 人形は首だけでなく、右足までもなくしたことになる。


 人形の歩行が止まったこの隙に、オレは立ちあがった。

 今度はその人形に真上から、げんこつをふりおろした。


 人形は体ごと燃えてなくなった。


 急いで小山をのぼる。

 アミちゃんのことが心配だった。


 小山のてっぺんに到着。


「アミちゃん?」


 彼女の姿はなかった。

 無事だろうか。まさか、あの人形に……。


 しばらくぼんやり立っていたが、彼女は結局現れなかった。

 トボトボと小山をおりる。


 翌日、小山はなかった。

 小山もアミちゃんも幻だったのだろうか。いいや、そんなはずはない。


 ただ何年間も残っていた右腕の違和感は、人形を叩き消してから、すっかりなくなっていた。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ