6話 回想/中篇
祖父母の家に帰った。
小山のことや、しいちゃんのことや、縊鬼のことを話した。
祖父は信じてくれなかった。あんなところに、小山も池もないのだという。
でも、あったものはあったのだ。あれは夢なんかじゃない。
祖父が将棋盤を持って縁側へいった。
彼がいなくなったところで、祖母は村の昔話をしてくれた。
実は三百年くらい前まで、村に小山が存在していたらしい。
正式名称ではないものの、一般に『牛鬼の山』と呼ばれていたそうだ。
大昔から村人たちは、そこをモノノケの棲む小山として、忌み嫌っていた。
そしてあるとき、田畑を開発するという名目で、小山を切り崩すことになった。反対する者もいたが、多数派によって強行されたのだ。
とはいっても一つの小山を平地にするのは容易でなく、気が遠くなるほど長い年月を費やした、と語り継がれているそうだ。
ただその頃から村は寂れていった、ともいわれているらしい。
閑話休題、右腕の熱感は翌朝まで続いた。熱が治まったあとも、違和感はずっと残ったままだった。しかもそれが一週間や一ヶ月どころではなく、数年が経っても消えることはなかった。ただし痛みのような不快感とはまた少し違っていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
オレは十歳になった。
また夏休みに祖母の家へ泊りにいったが、祖父の葬式や法事を除けば四年ぶりのことだった。実は縊鬼の件でその村が怖くなり、訪れるのをずっと拒否し続けてきたのだ。
しかしこのくらいの年齢にもなると、恐怖心よりも好奇心の方が勝ってくるものなのだろうか。あの不思議な体験がなんなのか、知りたくてたまらなくなった。だから祖母の家にいきたいと、自ら父に頼んだのだ。
祖母の家に到着するなり、小山を探しにいった。
喬木に囲まれた小道を発見したときは、嬉さのあまり鳥肌が立った。
また小山にいけるかもしれない。
池を見つけた。その向こうに小山が構えていた。
やったぞ!
胸が熱く躍った。
池をぐるっと回り、小山をのぼる。
頂上に到着した。
残念なことに祠はなかった。
しかし女の子がいた。
しいちゃん?
いいや、違う。そこにいるのはオレと同い年くらいの子だ。
しいちゃんならば、もう中学生以上になっているはず。
顔もやっぱり違う。しいちゃんの顔はそんなではなかった。
「あなた誰?」
向こうから尋ねてきた。
「オレ? 綺堂凛。夏休みの間だけ、この村にいるんだ」
「夏休み……? わたしはアミっていうの」
すらりとした高身長で、柔和な目が印象的な子だった。歳は十一だという。一つ年上だったためか、自分でも気づかぬうちに、彼女のことを呼び捨てではなく、ちゃん付けで呼んでいた。
ちなみに普段、学校ではクラスの女子すべてを呼び捨てにしていた。もちろん女子たちからも呼び捨てにされていた。
アミちゃんは歌を歌ってくれた。メロディも歌声も美しかった。歌うのが好きなのだという。
逆にアミちゃんから歌を求められたが、歌うことなんて恥ずかしくてできなかった。
翌日も小山へいった。頂上にはアミちゃんがいてくれた。
首から紐でぶらさげたオカリナを、彼女に見せてやった。オカリナは当時ハマっていたもので、祖母の家にも持ってきていたのだ。
実は昨晩みっちり練習しておいた。歌の代わりに聴かせるためだ。
アミちゃんは目を真ん丸にして聴いてくれた。
次の日もその次の日も、アミちゃんに会うため小山をのぼった。
そして十四日目。
小山をのぼる途中、奇妙なものに遭遇した――。
頂上に続く道を、首のない人形が横切っている。
人間の大人と同じくらいの大きさだった。
本当に人形なのかは怪しいが、少なくともそう見えた。
近づいても大丈夫だろうか。いや、危険かもしれない。
まだこっちには気づいていないようだ。
ところが人形はピタッと足を止めた。体の向きを変える。
どうやら気づかれてしまったらしい。
咄嗟に逃げようとしたが、慌てたせいで転んでしまった。
ヤバい。どうしよう。
そのとき右手が燃えるように熱くなった。焼き焦げてしまうのではと、不安にもなった。電流にも似たビリビリした感覚もある。かつて――そう、四年前――しいちゃんに腕を掴まれたときとまったく同じだ。
首のない人形が歩いてくる。
やめろ。くるな。近づくな。
無我夢中で手をふり回すと、熱くなった右のコブシが、人形の右足に当たった。
すると不思議なことに、人形の右足は、炎に包まれて消えてしまった。
人形は首だけでなく、右足までもなくしたことになる。
人形の歩行が止まったこの隙に、オレは立ちあがった。
今度はその人形に真上から、げんこつをふりおろした。
人形は体ごと燃えてなくなった。
急いで小山をのぼる。
アミちゃんのことが心配だった。
小山のてっぺんに到着。
「アミちゃん?」
彼女の姿はなかった。
無事だろうか。まさか、あの人形に……。
しばらくぼんやり立っていたが、彼女は結局現れなかった。
トボトボと小山をおりる。
翌日、小山はなかった。
小山もアミちゃんも幻だったのだろうか。いいや、そんなはずはない。
ただ何年間も残っていた右腕の違和感は、人形を叩き消してから、すっかりなくなっていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇