52話 長い廊下
窓から庭を眺めるが、ロクリの姿はどこにも見当たらない。
倒れていたパトルモンは、肘をついて起きあがった。
ちょうどそのとき屋敷の門から馬が入ってきた。馬の大群だ。背中に騎手を乗せている。あの制服は公安兵のものではないか。
公安兵たちの魔法攻撃が牛鬼を襲う。
赤や黄色の閃光が夜の闇を眩しく彩った。
不謹慎な物言いになるかもしれないが、花火のように美しく見えた。
公安兵の魔法攻撃には派手さがあるものの、牛鬼にはあまりダメージを与えられていないようだ。
「巨大蜘蛛が建物を破壊している。ああ、屋内に侵入したぞ!」などと公安兵が騒いでいる。
牛鬼の巨体が建物内部に入り込んだとなると、ユーリアたちが心配だ。
すぐにユーリアの部屋へ戻らなくては。
部屋のドアを開け、廊下にでる。
「シノもきてくれ。ユーリアの部屋に向かう」
迷路のように複雑な廊下を走り、階段をのぼった。そしてまた走る。最短ルートでユーリアの部屋の前へ到着。
ノックは省略し、ドアを開け放った。
しかしユーリアの姿はなかった。
そりゃそうだよな。建物が壊されているというのに、独りぼっちで部屋に閉じこもっているわけがない。だとすれば……。
今度は彼女の祖父母の部屋へと急いだ。
走りながら後ろのシノに尋ねる。
「さっきシノはオレに訊いたよな。牛鬼とパトルモンのどっちを倒せばいいのかって。あれってどういうことなんだ。詳しく説明してほしい」
ついてくるシノを顧みる。
彼女はちょうど口を開こうとしていた。
「やっぱり待ってくれ、シノ。その前に、ひっかかっていることがあるんだ。先にそっちの話を聞いてくれるか? あの牛鬼ってさあ、花壇にいた小さな蜘蛛だったよな。んで、キニト・シャンリルオンが蜘蛛を駆除しようとしたとき、ロクリは懸命にそいつを守ろうとしていた。実は蜘蛛が偶然そこにいたんじゃなくて、こっそりロクリが育てていたってことなんじゃ……」
「そう考えるのが自然だと思うわ」
だよな。でもわからない。どうしてロクリがそんなことをするのだ。
花壇であの蜘蛛を守った必死さは、単にそれを育てていたという理由だけなのか。一匹の虫の命を救うというには、過剰な反応だった。あの蜘蛛の正体を知っていたからこそ、起こした行動なのでは?
やはりロクリは蜘蛛を凶悪な化け物だと、初めからきちんと認識していたんだ。
とすれば、オレがハーブで眠らされたことも、不思議ではなくなってくる。山神が牛鬼の邪魔をしては困るのだ。パトルモンや公安兵に加勢しては困るのだ。さっきロクリの部屋で、シノのいったとおりとなる。
そういえばロクリって、夜になっても屋敷の中をウロウロするとか、妙なところがあったな。
「シノはロクリのことを、以前から怪しく思っていたのか?」
「ずっと興味なかったわ」とシノは頭をふり、話をこう続けた。「だけど……彼女が良からぬ目的で、この屋敷へ働きにきたのではないかと、邪推したこともあったかしら。ユーリアに客がきたときのことよ」
「ユーリアの客ってキニト・シャンリルオン?」
「そっちじゃないわ。凛の唇を奪った方」
「なんだよ、そのいい方は!」
客とは従妹のアケーヤのことか。ホント、あいつは疲れる奴だった。
「で、そのアケーヤが何か関係するのか?」
シノが冷ややかな目を向けている。
「名前までしっかり覚えているのね。それはいいとして、彼女がロクリを見て、なんといったか覚えているかしら?」
アケーヤがロクリを見て何かをいったのか?
はて……。
「初対面のロクリにこういったのよ。『あなたも久しぶり! 名前、忘れちゃってごめんなさい。だけどその可愛らしい目と小さな鼻はよく覚えているわ』ってね」
確かに初対面ならば『久しぶり』なんて言葉はでないはずだ。顔立ちを覚えているというのも変だ。
しかし……。
「それって単にアケーヤの勘違いだろ」
シノが首肯する。
「いいたかったのは、そういうこと。アケーヤがロクリをハフィニだと見誤ったという可能性よ。つまりロクリとハフィニが、間違えられてしまうほど酷似していたということ。もし両者が年齢の近い姉妹とかだったら、そんな勘違いがあっても当たり前でしょ」
もしロクリとハフィニが姉妹だったとしたら……。
身内を食い殺したユーリアに恨みを持ったってか?
「じゃあ、ロクリが屋敷にきたのは、初めから復讐のためだというのか」
「推測でしかないわ。てっとり早く直接ロクリ本人に聞いてみたらどう?」
シノと話をしているうちに、ユーリアの祖父母の部屋が見えてきた。
部屋の前で足を止める。ドアをノックし、返事を待たずに開け放った。
そこにユーリアの姿を見つけた。祖父母といっしょだった。




