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5話 回想/前篇


 どうしてガキの頃から身の周りで、不思議なことばかり起きるのだろう。

 ぬいぐるみの姿となったまま、昔のことを思いだした……。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 幼稚園に通っていた頃、夏休みや春休みになるたびに、母親のいないオレは父方の祖父母の家に預けられた。


 そしてあれは六歳の夏のことだ……。


 父の実家は、とにかく辺鄙な村にあった。コンビニやスーパーはもちろん、道路の信号機さえ見かけたことがなかった。ちなみに、その村に『呪われの村』なんて別名があることを知ったのは、高校に入ってからだった。


 田んぼが一面に広がっていた。たわわに実った稲穂が、ときおり吹く風に揺らされる。

 北も東も西も、大小の山々が群れを為していた。ひときわ美しいのは東の山。斜面がなだらかな『ハ』の字を描いている。北には数々の翠微が見られるが、どれもここからは遠く、個々の輪郭はやや朧げだ。西の大きな山は割と近くにそびえている。染められた紫色がとても濃い。しかし南方に山がないのはちょっぴり寂しい気がする。


 あの日、遠くから聞こえてくる川のせせらぎを追って、まだ足を踏み入れたことのなかった小道を歩いていた。


 そんな小さな冒険ができたのは、帰り道に迷う心配がないからだ。近所の火の見櫓は割と遠くからでも見えるし、そして何よりも、この大地を囲む山々の形で東西南北がわかるのだ。


 とはいっても祖父の話によれば、オレは三歳のとき、行方不明になったことがあるらしい。村じゅう大騒ぎになったそうだ。祖母との散歩中に姿を消してしまったとの話だが、そのときのことは覚えていない。



 やっと小川を見つけた。どこから流れてくるのだろう。

 上流へ進んでみることにした。


 池があった。

 その対岸に小さな山が構えている。中規模の円墳ほどの小山だ。

 不思議なことにここへくるまで、その小山の姿はまったく見えなかった。


 池をぐるりと半周し、小山の麓に立った。

 のぼり道を発見。てっぺんまでいけるだろうか。


 好奇心に駆られるがまま、道をのぼっていった。

 左右には背の高い木々が茂っているのに、道には雑草ひとつ生えていなかった。


 六歳のオレでも頂上に辿りつくことができた。

 平面が広がっている。奥に小さな(ほこら)が建っていた。


 祠の手前の石段に、ちょこんと誰かが座っている。

 女の子だ。村の小学生だろうか。

 ちょっと年上のようだけど、とても可愛く見えた。


 無意識のうちに彼女のもとへと歩いていた。


「またきたか」


 彼女はそういった。


 また?


 過去にここを訪れた記憶はない。彼女の顔を見るのも初めてだ。

 おかしなことをいう子だな。

 

「そこで何してるの?」と彼女に尋ねた。


「待ってた」

「何を?」

「誰かがくるのを」

「誰かって誰?」

「誰でもいい」


 そうか。誰でもいいのか。オレでも。

 嬉しかった。


「じゃあ、遊ぼうよ」

「いいけど、何して遊ぶ?」


 逆に訊かれてしまった。どうしようか。ボールもバットもラケットも持ってこなかった。ゲーム機にしたって、もともと祖父母の家なんかにはない。

 困っていると彼女から提案があった。


「これ、やる?」


 どこからか手毬をとりだした。

 とてもきれいな模様だ。


「サッカーできるね」

「蹴るのは駄目」

「じゃあ、ボール投げ」

「ううん、これはね、こうして遊ぶのよ」


 彼女は毬を手でつきはじめた。

 巧かった。器用に足まで交差させている。


「凛もやってみる?」


 彼女がどうして凛という名前を知っていたのか――そんなことはちっとも不思議に思わなかった。ちなみに、このとき教えてもらった彼女の本名は、もう忘れてしまった。だが「しいちゃん」と呼んでいたことだけは、いまでもしっかりと記憶にある。


 次の日も、また次の日も、小山を訪れた。

 遊んでくれる年上の『しいちゃん』が好きだった。


 そして何日目のことだったか。


 しいちゃんと遊ぶため、祖父にトランプを借りた。

 これ、ぜったい喜んでくれるぞ。


 小山に向かうべく、池のほとりを歩いていると、生温かく生臭い風が吹いた。

 不思議と鳥肌が立った。


 突然、不可解なことが起きた。

 オレは自分で自分の首を絞め始めたのだ。


 苦しい。死にたくない。

 どうしてこんなことをしているのか、まったく理解できなかった。

 涙が溢れてきた。


 しばらくして木陰に何かが見えた。

 ヒトの姿だ――。


 ただの人間ではない。普通の人間の二倍や三倍もの大きさだった。つまりそいつは怪物やオバケなどの類だ。とても髪が長かった。

 その長い髪の化け物が、木陰でこっちを見ている。


 食べられちゃう……。助けて……。


 叫びたかったが、苦しくて声をだせない。

 呼吸すらまともにできなかった。


「凛」


 誰かに呼ばれた。しいちゃんの声だ。


 ああ、しいちゃんがきてくれた。

 しいちゃんがきてくれた。

 しいちゃんがきてくれた。


 でもどこにいるの? 見えないけど……。


 きらりと目の前が輝いた。

 眩しすぎて直視できない。顔をそむけ、瞼を閉じた。


 次第に光が弱くなってきたので、ゆっくりと目を開けてみた。

 しいちゃんの姿がそこにあった。


 だけどこの状況がまったく把握できなかった。さっき目の前が光ったわけも、しいちゃんが現れたわけも。


 しいちゃんに右腕を掴まれた。

 すると不思議なことに、両手が自分の首からパッと離れた。自らの首絞めから解放されたのだ。


 しいちゃんが助けてくれたんだね。ありがとう――。

 そういいたかったのに、依然として声をだせず、しばらく咳込んでいた。


 しいちゃんの手は、まだオレの右腕を掴んだままだ。右腕は徐々に熱くなっていった。焼けるような高温にまで達した。電流がビリビリと走るような痛みもあった。


「熱いよ」

「我慢して。力を分けてやるんだから」


 オレの右腕を掴んでいるしいちゃんが、長い髪の化け物を見据えている。


「あやつは縊鬼(いつき)だな」


 しいちゃんがそういうと、縊鬼という化け物が笑った。

 そして縊鬼の手が長く伸び、しいちゃんを掴んだ。


 ああ、しいちゃんが!


 ところがしいちゃんは平然としていた。慌てたようすは少しもない。

 しいちゃんがオレの右腕を放す。


「凛、見ては駄目。このまま立ち去るの。決してふり向かないで」

「でも……」

「早く走りなさい。でなければ、おぞましいものを目にしてしまう。この先きっとトラウマになるわ」


 ものすごい剣幕でいうものだから、彼女に従うしかなかった。

 ふり返ることなく走った。


 広い農道にでた。


 ここまでくれば大丈夫だろうと、足を止めた。背中を丸めて中腰の姿勢をとる。

 ぜえぜえと息を切らした。忘れていた疲労感がどっと押し寄せる。


 顔をあげると、知っているおじさんが畑で働いていた。

 よく祖父母の家に将棋をさしにくる人だ。

 おじさんが手をふってきた。オレも手をふり返した。


 ふたたび歩きはじめる前に、いったん後ろを向いた。

 おかしなことに、走ってきた小道がない。

 どういうことだろう?

 しいちゃんのことが気になる……。


 彼女に掴まれていた右手は、なおも熱いままだった。


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