49話 別室
シノとともに空き部屋に入った。オレたちをここへ連れてきたティラの表情は、決して穏やかなものではなかった。
「ユーリアお嬢様の耳に入るような場所で、あのような不謹慎な話は避けてほしいものです」
「だったらティラに訊くけどさ、専属メイドのくせに、ユーリアの幸せを願ってやれないのか?」
彼女の顔つきは、ますます険しいものとなった。
「願っているからこそ、このご縁談を成功させようと努めているのです」
「それってユーリアの望む幸せか」
「幸福は誰しもが望むものです。このご縁談はユーリアお嬢様を幸福へと導きます。それが答えです」
駄目だ。まったく話が噛み合わない。
オレは大きく首を横にふった。
「質問に答えていないじゃないか。その縁談はユーリアが心から望んだことなのか、といってんだ!」
「凛のいっていることがよく理解できません。くり返しますが、幸せな婚姻は誰もが望みます。ユーリアお嬢様も例外ではありません」
「相手があのジジイなんだぞ。ユーリアにジジイ趣味があるのなら構わないさ。だけどそうじゃないだろ」
ティラがきょとんとする。
オレはおかしなことなどいっていないはずだ。
彼女はうんざりしたように、大きく溜息をついた。
「お相手は、祖父であられるご主人様の決められた方です。ですからユーリアお嬢様も望まれないはずはありません。ユーリアお嬢様を見くびらないでください。齢十五です。小さな子供ではありません。もう大人なのです。五歳や六歳の子供ですら、約束されたお相手について我儘などいいません。凛は決して幼くはない外見をお持ちですけど、思考はずいぶんと幼稚なごようすですこと」
彼女にいい返そうとしたところで、シノが袴の袖をひく。
「さっきもいったとおり、文化がぜんぜん違うのよ。どんなに自分の価値観を押しつけようとしたって、相手は容易に受け入れられるはずないわ。長年の慣習があるの」
「文化……」
「とはいっても、この世界全体の慣習ってことでもなさそうね。ユーリアのような上流階級の間だけのことかもしれないわ。あの女が空き教室で妙なことをいっていたのを覚えているかしら。当事者の主張が少しは通るようなことを仄めかしていたわ。でも、そういうことに鈍い凛だから、どうせ気づかないのよね」
「オレ、鈍いのか?」
「いいのよ、鈍くて。その件に限っていえば、むしろ凛は鈍くあるべきね。あの女の話をいちいち思いだす必要などないわ」
「なんだよ、そのいい方は」
それに、いつもいつもアミのことを、あの女などと呼びやがって。
きちんと名前で呼べっていうんだ。
「話を戻すけどいいかしら。この縁談について、やけに屋敷の者たちが力を入れていると思わない? とても焦っているように見えるはずよ。どう? あの女が古城でいったことを思いだしてみれば、少しは凛にも納得できると思……ううん、無理に思いださなくてもいいわ。あの女の話はすべて忘れて構わない。それに思いだしたところで、凛はきっと少しも納得しないでしょうしね」
なんだよ。アミの話を『いちいち思いだす必要はない』といったくせに、今度は『思いだしてみれば』ってさ。
「彼女が何をいったんだよ」
「ユーリアが短命だということ。長く生きたとしてもせいぜい二十歳だったわね」
ティラが血相を変えて、この話に割り込んできた。
「だ、誰がそのようなことを! あの女とは何者ですか」
「こっちの話よ。あなたは知らなくていいこと。ウィルハイザ家の血をひく娘が短命だというのは、もう有名な話なのでしょ。いまさら何?」
「ええ、そうです。ユーリアお嬢様ご自身も、お知りになってのことですが、寿命が決して長くはないため、ご主人様はとても話を急がれています。二十という歳に近づけば近づくほど、縁談の条件は悪くなっていきます。寿命の問題があるため、嫁ぎ先を見つけるのは容易ではありません。このご縁談はユーリアお嬢様にとってラストチャンスかもしれません。確かにキニト・シャンリルオン様は、少々お年を召されていますが、ウィルハイザ家と同等以上の由緒ある家柄にあります。これほどの好条件はございません」
「じゃあさ、ティラがユーリアだったらどうだ。あんなヤツと一緒になれるのか」
「身分が違いすぎます。わたしは人間に過ぎません」
「仮定の話だ」
「もちろん、このお話を大喜びでお引き受けいたします」
話にならない。何をいっても無駄だとわかった。
後ろ歩きし、壁に背中をつけた。
そのまましゃがみ込む。
オレが間違っているのか?
「わかってくだされば結構です。ユーリアお嬢様には良からぬことを吹き込まないようお願いします」
ティラは部屋をでていった。
わかったわけじゃねえよ。理解なんてできねえよ。
シノは文化の違いだっていうけど、本当にそれでいいのかよ。
小さなシノがオレの頭に手を乗せる。
「ユーリアが納得しているならいいじゃない。彼女の問題よ。抗いたければ彼女自身が自分の責任でやればいいの。結局のところ、凛は傍観者にしかなれないわ」
オレは夜がくるまでその場から動かなかった。
隣にはシノがずっと立っていた。




