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41話 真夜中


 突然、眠りから覚めた。

 ぬいぐるみからオレの体が抜けていく。そして人間の姿となった。

 どういうことだろう。


 ベッドのようすを見て、ようやく理解できた。


 眠っているユーリアが、寝ぼけてガオちゃんにキスしているのだ。

 なんかすっげぇー吸いついてる。


 夜間にぬいぐるみの姿になって眠るのは、もしユーリアが魔獣化したとしても、食い殺されないようにするためだ。でもどうするんだよ。まだ夜は明けていないのに、人間の体に戻っちゃったじゃないか。これは非常にマズい。こんな姿じゃ食われるぞ。

 ああ、こんなときにシノの姿も見えないし。


 いいことを考えた!


 眠っているユーリアの唇に、こっそりオレの額を押し当てればいい。そうすれば、ふたたびぬいぐるみの中に入っていけるはずだ。

 あれっ? それって準強制わいせつになるのでは……。いやいや、普段はいつもこっちがやられていることだ。何をいまさら。


 よし、実行に移そう。

 ……その前にトイレにいきたくなった。


 頼むぞ、ユーリア。オレがトイレから戻ってくるまで、絶対に魔獣化するなよ。おとなしくじっと眠っていてくれ。


 ユーリアを起こしてしまわぬよう、足音を忍ばせて部屋をでた。

 ゆっくりとドアを閉める……が、また開けた。


 いったん廊下から部屋に戻る。今夜は雨が降っているせいか、窓から月光など差し込まず、廊下の壁のランプだけでは心許なかった。


 ユーリアの枕元から一本のロウソクを拝借する。部屋の隅に焚かれているお香の熱を利用し、どうにかロウソクに点火。ひしゃくのような柄のついた小皿に、ロウソクを立てた。この道具は、こっちの世界の懐中電灯のようなものだ。


 改めて廊下にでる。空気が濁ったように感じるのは、雨による湿気のせいだけだろうか? さっさと用を足しにいってきたいのだが、走ろうものならロウソクの火は消えてしまう。


 トイレに向かっている間、ずっとメレナーラのことを考えていた。深夜に隣室で魔獣に襲われ、死にゆくハフィニの悲鳴を、どんな気持ちで聞いていたのだろう。恐怖に怯え、悲痛の念を抱き、何もできない自分に絶望していたに違いない。


 やっとトイレの前に到着。

 まっすぐ手を伸ばし、ドアノブを握る。


 ん? 物音が聞こえたような気がしたけど……。

 はっきり耳にしたわけではないが、ちょっと気味が悪い。

 まあ、どうせ空耳だ。


 少し緊張しつつドアを開けた。

 ほら、何もなかったじゃないか。


 中に入ろうと一歩踏みだしかけたとき、あるものを目撃した。

 天井に大きな顔があった。


「ぎょええええええ」


 思わず叫んでしまった。

 すると大きな顔も呼応するように叫ぶのだった。


「クォーーーーーン」


 妙に甲高い声だった。

 オレは驚愕のあまり後ろ向きのまま走ると、廊下の壁に背中をぶつけてしまった。


 トイレの天井から大きな顔がおりてきた。当然ながら顔だけではなく体もあった。そいつが何者なのかは不明だが、少なくとも人間でないことは確かだ。

 ひょろりと背が高く、まるで三角帽を被ったように頭部が尖っていた。足は生えているものの、手は生えていなかった。


 右手が熱くなっていく。オレの体はしっかり戦闘態勢をとったが、このまま一戦交えるべきか。それとも逃げた方が賢明か。


 だいたいこんな化け物が、どうしてこの屋敷にいるんだよ。まさかコイツ、魔獣化した人間族なんてことはないよな? そうさ、違うに決まっている。だって先日の魔獣とは似ても似つかない外見だぞ。少なくともユーリアではない。

 ならば彼女の祖父母の可能性はどうだろう。そういえば執事のパトルモンも人間族と人間のハーフだったな。ハーフって魔獣化するのだろうか。


 おっと、待てよ。思いだしたぞ。アミがいってたじゃないか。魔獣化した人間族は三本の角を持っているって。したがって角のないコイツは人間族とは別種だ。すなわちユーリアでなければ、彼女の祖父母でもない。それからパトルモンでもなかろう。ただしアミの話に例外がなければのことになるが……。


 大きな顔が笑った。


 肩口から植物の(つる)のようなものが伸びてきた。

 一瞬のことだったため、咄嗟に避けることができず、ヤツの蔓に巻きつかれてしまった。


 くそっ、さっさと逃げておくべきだったか。

 二本の蔓が胴体をきつく締めつけている。圧迫された胸部が苦しい。酸欠を起こしそうだ……。


 蔓はなかなか頑丈で、手でひき裂くことはできなかった。これ以上後ろにもさがれない。それでも諦めずに腰を落とし、離れようとふんばる。


 畜生、駄目か。


 それならばと、逆に相手めがけて跳び込んだ。ヤツの懐に入り、熱くなった右手で顔面をぶん殴ってやった。


 倒れはしなかったがよろけている。泥酔者のような千鳥足を見せてくれた。

 体から二本の蔓が離れていく。


 ここぞとばかりにもう一発、熱くなった右拳を見舞ってやった。


 ヤツの両目と口が真ん丸になった。

 それって結構効いたってことか?

 ヤツは「クォン、クォン、クォン」と大声で鳴きだした。


 なんだか気持ち悪いな。


 今度はヤツのターンとなった。蔓を鞭のようにビュンビュンとふり回してくる。

 蔓はオレの腕を打ち、腿を打った。頬を掠ったときには激痛が走った。


 こっちは防戦一方だ。熱くなった右拳を食らわせたいのに、なかなか間合いを詰められない。


 ガサガサと背後からも音がする。後方をちらりと確認すると、ヤツとまったく同じ形の物体がいくつも見えた。その数、ざっと十体以上。さっきの変な鳴き声は、仲間を呼び集めるものだったのか。


 そいつらが近づいてくる。もし蔓を伸ばせばオレを捕えられる距離にまで寄ってきた。相手が一体だけならばともかく、こんな大勢じゃ勝てる気がしねえ。


 そのとき――。


 屋内にもかかわらず、温かな風が吹いた。甘ったるい香りを乗せて。

 ヤツの後方に少女が立っている。


 シノか?


 暗すぎてよく見えない。


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