39話 マンゴープリン
すっかり夜になった。
毎度のごとく厨房の中で晩飯を食べる。
メレナーラの作った賄い料理はたいへん美味だ。
しかもきょうはそれだけではなかった。
ちょうど食べ終わろうとしていたとき、メレナーラが小皿を持ってやってきた。
それを目の前に置く。追加のもう一品か。
「マンゴープリンです。余りものなので、どうぞ」
「わあ、デザートか! これは超絶美味しそうだ」
メレナーラの話によれば、屋敷の主人たちは賓客との会食中だが、予定よりも長引いているそうだ。そのため食事の後片付けを終えるには、夜遅くまでかかる見込みなのだという。
どうやらきょうの仕事が終わったら、部屋まで送ってもらいたいらしい。なんたってここは、深夜になると恐ろしい魔獣が徘徊する屋敷なのだ。
すなわち小皿のマンゴープリンは、そのための報酬の前払いだと考えるべきだろう。
「ちなみにコック長はどうした?」
「料理ができあがりましたので、もう自分の部屋に戻りました。あとはわたしの仕事ですから」
メレナーラを一人残してか。冷たいな。
「そっか。だったら任せてくれ。メレナーラの仕事が終わるまで、ここで待つことにする。んで、部屋まで送ってってやる」
「ありがとうございます。山神がいっしょならば心強いです」
マンゴープリンにスプーンを近づけようとしたところで、シノが姿を現した。黙ってオレの隣に座る。
「きゃっ」とメレナーラが声をあげる。彼女の目は明らかにシノを見ていた。
「メレナーラにも見えるのか? いまオレの隣に座った者の姿が」
メレナーラは静かに首肯した。
シノは手を伸ばし、オレのスプーンを奪った。マンゴープリンを一口分ほどすくう。
「いったはずよ。あの古城を訪れたときに、本来の力がだいぶ戻ったって。あたしの姿は誰にでも認識できるようになったわ。もちろんあたしが姿を消そうと念じれば、凛だろうと誰だろうと見ることはできなくなるけど」
シノはマンゴープリンの乗ったスプーンを、小さな口の中に運んだ。空のスプーンを返すつもりらしく、こっちに手を伸ばしてきた。
小皿ごとシノの前にずらしてやる。
「ぜんぶシノが食べていいぞ。オレの分はいい」
「あら? あたしとの間接キスを所望するものだと思ったわ」
シノが指先でスプーンを揺らす。
「馬鹿なこというな。それにしても珍しいな。シノが食べ物を欲しがるなんて」
「凛とは違って空腹になることはないわ。でも、これ、とても美味しそうだったから。凛が食べないのなら、あたしが全部もらうわ」
彼女はマンゴープリンを頬ばり、至福の笑みを浮かべている。
オレの耳元で囁くのはメレナーラだ。
「その子、どちら様ですか」
「山神だ」
彼女は目を丸くした。
「まあ、凛と同じ山神……って、そういうことを訊いたのではありません。凛との関係を尋ねたのです。もしかして恋人? うーん、年齢的にはちょっと幼すぎるかしら」
ここでシノのスプーンが止まった。
「ちなみにあたし、凛より年上だけど」
シノのスプーンがふたたびマンゴープリンをすくう。
小皿のマンゴープリンはすでに三分の一に減っていた。
「それは失礼しました。山神というのは、外見で年齢を判断できないものですね」
「この食べ物、もっとないのかしら」
そんなに気に入ったのか。
だけど食い意地が張りすぎだぞ。
「すみません。それが最後です」
「だったら仕方ないわね。そうそう、凛との関係のことだけど、とりあえず妹ということで」
メレナーラが首をかしげる。
「えーと……妹さんですか? あなたは凛よりも年上だと、さっきご自身でおっしゃったのでは?」
「細かいことはどうでもいいじゃない。妹というのは凛の方。これならば問題ないでしょ」
まったくいい加減な。
「おい、シノ。嘘はつくな。オレが妹のはずはないだろ。男だし」
「そうね。凛は男の子だったわね。ならばあたしは、妹は妹でも、義理の妹ってことで。ああ、思いだすわ。昔ね、桃園で義兄妹の契りを交わしたの。我ら二人うまれた時は違えども、うんたらこーたらってね。これならば年齢問題は解決でしょ」
三国志演義のつもりかよ。つくづくいい加減だな。
確かに劉備の義弟となった関羽が、実は年上だったって説があるらしいけどさ。
「メレナーラ。オレが話そう。シノとは良き友人関係であり、オレからしてみれば幼馴染でもある。まあ、そんなところだ」
憑依関係のことには触れなかった。互いに山神同士ということになっているし、憑依の説明も難しかったから。
「ごちそうさま。美味しかったわ」
シノが布巾で口もとを拭う。
厨房に誰かが入ってきた。
パトルモンだ。食器の載ったワゴンを押している。
「会食は終わりました」
「お疲れ様です」
メレナーラがワゴンを受けとる。
パトルモンは踵を返し、厨房からでていった。
メレナーラの食器洗いの仕事が始まった。
「手伝おうか?」と彼女に声をかけると「まあ、優しいのね」とシノが冷やかす。
いちいちうるさいぞ。
「これはわたしの仕事です。仕事を奪わないでください」
メレナーラがそういうのならば仕方がない。
オレはシノの隣で、ただ黙って座り続けた。
「あら」
溜息混じりの声がした。
「どうした、メレナーラ?」
「これはユーリアお嬢様の小皿のはず……」
「小皿がどうした」
「マンゴープリンは手をつけられていませんでした。ユーリアお嬢様の好物でしたのに」
それほど嫌な会食だったってことか。
いったいどんな客だったのだろう。




