32話 鬼狩り
手綱を握っているのはユーリアだ。オレは彼女の背後から馬にまたがっている。
シノの気配は感じられないが、きっと傍にいてくれているはずだ。でなければ困る。もう深夜なので、ユーリアが魔獣化するかもしれないからだ。
いま走っている道はよく知っている。ここはユーリアの通学路だ。
それにしても、ようすがおかしい。夜道にもかかわらず、昼間より交通量が多いのだ。
ここまで多くの馬とすれ違ってきた。
しかも騎手は皆、制服を着用していた。
「なあ、ユーリア。さっきも馬とすれ違っただろ。乗ってるヤツってみんな同じ制服だけど何者なんだ。」
「公安隊の兵士よ」
警官みたいなものか。
だけど日中より夜間の方が多いのは何故だろう。
前方で、制服を着た騎手が片手を真横に広げた。
「停まりなさい」
ユーリアは馬を停めた。
公安隊の騎手が近づいてくる。
「こんな真夜中にどこへいくつもりですか?」
ユーリアが俯きながら答える。
「よ……夜のお散歩ですわ」
公安隊兵士は眉間にシワを寄せながら、オレたちの顔を交互に確認する。
そして視線が馬に流れると、首にかけられた家紋の札に止まった。
「これは名家、ウィルハイザ家の……」
公安隊兵士が敬礼する。
「ここは危険です。単なる散歩でしたら、ただちにご帰宅ください」
「危険とは何がありましたの?」
「白鬼の目撃情報が入りました」
ユーリアが顔をあげる。
「もし白鬼を見つけましたら、どうされるおつもりかしら」
「即刻、駆除します」
彼女の肩が震えた。
「その白鬼がどのような悪さをされたのでしょう?」
「白鬼は昔から他種族に対して非常に攻撃的です。これまで多くの仲間が殺されてきました」
「今回目撃された白鬼のことをうかがっていますの。一般的な白鬼の話ではございません」
言葉こそ丁寧なものの、公安隊に食ってかかるようすは、いつもの弱気なユーリアとはまるで別人だった。
「被害がでてからでは遅すぎるのです。危険な白鬼を野放しにはできません」
「ですから今回の白鬼の悪行について尋ねておりますの」
兵士が首を左右させる。
「具体的な被害報告はまだきておりません。ですが……」
話の途中でユーリアが言葉をかぶせる。
「でしたらその白鬼はまだ何も悪さをしていません。そういうことになりますね。駆除する必要がどこにあるのでしょう。それにその白鬼はまだ子供なのではありませんか」
「子供? どうしてそれを知っているのでしょう。正直にお答えください。あなたはその白鬼の何を知っているのですか」
うっかり口走ってしまったユーリアが沈黙する。
そんな彼女の頭に手を置いた。ここはオレに任せてくれ。
「実はさきほども、別の兵士に馬を停めさせられたんです。子供の白鬼を見かけたかと訊かれました。それだけです。ああ、そういえば昨日だったかな。学校で誰かが話しているのを聞きました。とある場所で鬼を見かけたとか、見かけなかったとか。ただそれが白鬼かどうかはまでは知りませんが」
兵士がメモをとっている。
「とある場所とは具体的にどこですか」
「噂では確か、ここから西に離れた並木道の……」
「ああ、アカシア並木ですね。貴重な情報、感謝します。あなた方は早くご帰宅してください」
道をUターンしてみせる。もちろん帰るフリをしただけだ。
彼はオレたちがひき返すのを確認してから、この通りを外れ、アカシア並木方面へと馬を走らせていった。
兵士が見えなくなってから、再度ひき返した。
大樹の傍でユーリアが馬を停める。彼女は根元にボウルを置いた。そこにパンと燻製肉を入れる。ゆっくり目を閉じ、両手を合わせた。
「食べてくれますように」
ふたたび馬に乗り、屋敷へと向かった。
屋敷の門前では、執事のパトルモンが立っていた。
「おかえりなさいませ、ユーリアお嬢様。たいへんお待ちしておりました。ご主人様がお呼びです。すぐにいらしてください」
馬車からおりたユーリアは肩をすぼめた。夜間外出のことで叱られるのを覚悟したようだ。
彼女の小さな左手が、オレの袴の裾を掴んでいる。たぶん『いっしょにきてほしい』ということだろう。
共犯ってことか。仕方ねえな。
ところでこんな深夜に、パトルモンは外へでていて大丈夫なのだろうか。
もしかして彼も人間ではなく人間族なのか。




