31話 深夜の外出
部屋に戻るとユーリアがいた。
こんなあどけない顔をしていても、彼女は魔物なのだ。無自覚とはいえ、深夜に人間を襲って食すこともある。昨晩メイドのハフィニが食われたのも、彼女による可能性が高い。
「おかえり」とユーリア。
オレは黙って椅子に座った。
ふたたびユーリアをちらりと見る。
目が合うと、笑顔をくれた。
「ねえ、新しいガオちゃんをプレゼントしてくれたのって凛だよね?」
「いいや、オレじゃない」
かといってアミだともいえない。
「ふうん、では誰なのかしら。まっ、いいわ」
彼女は二つのぬいぐるみを抱えて嬉しそうだ。
オレはそろそろ休みたい。ガオちゃんの焦げた背中はまだ修繕されてないが、ヨリシロの外見なんて関係ない。魔獣化したユーリアに襲われるのを防ぐため、ぬいぐるみの中に入りたいのだが……正直ちょっと頼みにくい。キスをせがむような真似は、あまりしたくないからだ。
「ああ、オレ、眠くなってきたな……」
ぬいぐるみのガオちゃんに横目を送る。
わざとらしかったか?
ユーリアはオレを見あげ、首を横にふるのだった。
それってキスの拒否をされたことになるのか。
「もう少し待って。ガオちゃんになる前にね、凛にお願いがあるの」
話しづらそうに、モジモジしている。
「なんの頼みだ?」
「あのね、お散歩いっしょにいってほしいの」
「わかった。いいぜ、寝る前にちょっとくらい」
本当は疲れているのだが、少しだけならば構わない。
おっといけない。
いまはユーリアが魔物と化すかもしれない時間帯ではないか。
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
慌てて部屋をとびだした。
ドアを閉めてから、小声でシノを呼ぶ。
「シノ、シノ、いるか? いるなら返事してくれ」
薄暗い廊下に風が吹いた。
光の粒子が一か所に集まり、人の姿を為していった。
「ここよ」
シノが現れた。
今回、ずいぶんと凝った登場の仕方だな。
「お願いだ。頼みがある」
散歩中にユーリアが魔獣化した場合に備え、シノには同行してもらわなくてはならないのだ。
「そうくると思っていたわ」
彼女はユーリアとの話を聞いていたのだろうか。オレが内容を話すまでのこともなかったらしい。
「だけどあたしがいっしょにいたら、楽しい夜のデートの邪魔ではないかしら」
「デートじゃねえって。いいからオレの傍にいてくれよな」
彼女は返事もなく、消えてしまった。
おいおい、すぐ消えるなって。まだ返事を聞いてないんだぞ。
大丈夫だろうか……。
「オレはお前を信じているからな」
何もない空間にそう告げ、部屋に戻った。
ユーリアはすでに外出の準備ができているようだ。
「散歩ってどこまでだ?」
「近場よ」
彼女に手をひかれ、部屋をでた。
到着したところは……厨房だった。
ここはついさっきまで、オレがいたところだ。
なーんだ。散歩って、夜食にいってくることだったのか。
腹が減って眠れなかったんだな?
ユーリアが棚の引き出しを開ける。
そこからパンと燻製肉をとりだした。
おお、食料がこんなところにあったのか。
オレもパンを勝手にとり、かじりついた。
ユーリアはパンと燻製肉を、ショルダーバッグに仕舞い込んだ。
「さあ、いきましょ」
「いくって……」
「さっきいったじゃない。散歩にいくのよ」
どうやら散歩とは厨房までではなく、本当に外出することだったらしい。
屋外へと連れだされた。
着いたところは厩だ。
「凛は馬に乗れるでしょ?」
「そんなふうに決めつけないでくれ。乗ったことなんかないぞ」
「ならば、わたくしがいっしょに乗ってあげるわ。二人乗りは初めてだけど」
生まれて初めて乗馬を経験することになった。
それにしても馬が怪物級にデカい。これなら二人乗りも可能か。
怖いといえば怖いのだが、ちょっとわくわくする。
行き先については、いわれずとも察した。
パンと燻製肉を持っていく場所など一つしかない。
「なあ、ユーリア。わざわざこんな時間にいかなきゃならないのは、オレが戻ってくるのが遅かったせいになるのか」
「それもそうだけど、この時間ならばティラに見つかる心配がないからよ。ティラのことだから、絶対にお爺様やお婆様にいいつけてしまうわ」
こういうのって不良娘になる第一歩なのだろうか。




