3話 山神召喚
鏡に自分たちが映った。少女が胸元に抱えているのは、オレの姿ではなかった。どう見てもぬいぐるみだ――。
ほぼ真ん丸な形状だが、かろうじて怪獣か恐竜っぽい姿をしている。両目はいかにもぬいぐるみらしく、異様に大きくて愛嬌がある。極端に短い手と足は、オマケとしてくっつけたような感じだ。
変わり果てたオレの姿……。
彼女たちが巨大だったのではなく、オレが縮んでいたのか。
オレを抱えた少女は若い女とともに建物をでた。そして馬車に乗る。ちなみに馬も車両も真っ白だった。
白い馬車は長い距離を走った。
やがて大きな橋を渡ると、立派な門が構えていた。
門を潜る。その先には華美な邸宅があった。
彼女たちの住処か?
抱えられたまま屋内に入り、ある部屋へと連れられた。
ベッド、丸テーブル、椅子、絨毯、クローゼット……。
ピンクを基調とした部屋だ。
少女が顔を近づけてくる。
「いいこと? きょうから、わたくしがあなたの主人よ」
するとオレは家来や下僕ってことか? ふざけるなっ。
いろいろと問いつめたいところだが、ぬいぐるみとなった体は動かない。したがって口も動かせず、しゃべることができない。
主人だという少女の後ろで、メイド服の若い女がいう。
「ユーリアお嬢様、そろそろ使い魔の真の姿を、ご覧になってはいかがでしょう」
「そうね、早く見てみたいわ。山神ってどんな姿をしているのかしら」
少女の唇がオレの顔に近づいてくる。
おいおい、何をするつもりだ。
額に柔らかいものが触れた。
口づけされたのだ。
その途端、体に異変が起こった――。
な、なんだ?
少女の抱える怪獣のぬいぐるみから、オレの体がとびだした。
もう、わけがわからない。だが一応、体は人間に戻ったようだ。
抜け殻となったぬいぐるみは、依然として少女の胸元に抱かれている。
少女と若い女は声を重ねた。
「「山神……」」
いや、オレ、山神じゃねえし。
だけど彼女たちは間違いなく、こっちを見てそういった。
どういうことだろう。
ふと、たいへんなことに気がついた。
オレ、何も着てないぞ! 素っ裸だ。
そこのお前ら、二人そろってガン見してるんじぇねえよ。
慌てて両手で局部を隠した。
あっ、手が動いたぞ。体が動く!
人間の姿に戻れたため、自由に体を動かせるようになったのか。
二人はさっと視線を逸らした。
おせぇーよ。
「失礼しました。山神様を目にするのが初めてなもので、つい……」
若い女はそういうと、どこからか毛布を持ってきて、オレの体にバサッと掛けた。彼女が一礼する。
「あちらは、このウィルハイザ家の長女ユーリア様です。そしてわたしは、お嬢様の専属メイドのティラといいます」
「そんなことはどうでもいい。いったい、ここはどこなんだ?」
あっ、声もだせた。しゃべることができたぞ、よっしゃー!
普段なら当たり前のことに喜んでしまったが、そんなことより早く答えを聞きたい。ここはどこなんだ。
ティラとかいうメイドは、不思議そうに瞬きするのだった。
「はい?」
彼女はユーリアという少女と顔を合わせた。二人そろってぽかんとしている。
オレ、そんなおかしいことをいったか?
「だからここはどこだと訊いている」
「もちろん、ここは現世ですが」
ティラがそう答えた。
「はい?」
今度はこっちが訊き返してしまった。
現世だとか常世だとか、そんな斜め上の回答がくるなんて、予想もしてなかったのだ。そんなことを尋ねたんじゃねえ。逆に現世以外ありえないだろ。こいつら、本気でオレのことを、山神とかいう神だと思っているのか。
「聞こえなかったのかしら。現世よ」とユーリア。
ティラがユーリアに向く。
「山神を召喚なさったのですから、報告にいかないとなりません」
「そうね。早く報告しないと。お爺様とお婆様、喜んでくださるかな」
「きっと大喜びなさるでしょう」
ユーリアはぬいぐるみを椅子に置き、ティラとともに部屋をでた。
ドアを閉める前に、ふり返る。
「すぐ戻ってくるわから、おとなしく待っててね」
バタンとドアが閉まる。
部屋はたちまち静寂に包まれた。
椅子に置かれた怪獣のぬいぐるみを手にとってみた。
どこからどう見ても普通のぬいぐるみだ。モフモフしている。
オレ、さっきはこの中からでてきたんだよな?
ぬいぐるみをグーで叩き、掴んで捻じり、ふり回した。
うーむ。やっぱりぬいぐるみだ……。
ベッドの上に放り投げる。
ぬいぐるみの置いてあった椅子に腰をかけ、途方に暮れた。
オレ、どうしちゃったんだ。なんでこんなところへ……。しかもたった一人で。
ふふふ。
どこからか笑い声が聞こえた。
ああ、その声は……。
甘ったるい空気が漂ってきた。
「シノ?」
何もない空間から、すーっと女の子が現れた。ただし『女の子』といっても人間ではない。オレに憑依しているシノだ。一緒にきていたのか。
「どうした、凛? 迷子の子猫のような顔をしているぞ」
シノが床に足をつけて立っている。
ああ、シノがいた。シノがいた。シノがいた。よかった……。
知っている人がいてくれて嬉しい。厳密には『人』ではないけれど。
とにかく心強い存在だった。男のくせにみっともない話だが、ホッとして涙がでそうになった。
「よしよし」
十七歳にもなったオレが、小さな女の子に、優しく頭を撫でられるのだった。