20話 天罰
学校前で馬車が停まった。
ユーリアとともに馬車をおり、立派な校門を潜っていく。
袖をぎゅっとユーリアに掴まれた。あのさ……。
まったく何に怯える必要があるってんだ。ここには生徒と教師しかいないんだぞ?
彼女はひたすら下を向き、どの生徒とも顔を合わせようとしない。挨拶されそうになるとオレの陰に隠れてしまう。重症だな、これは。
彼女の背中を見つめているのは、校門の外に立つティラだ。呆れつつも心配しているって顔だった。
そして校舎に入ろうとしたときのこと――。
あれっ、急に体が動かなくなったぞ。
いったいどうなっている? この身に何が起きた?
やがて体が燃えるように熱くなってきた。
「凛、どうしたの? 早く教室にいかなくちゃ」とユーリア。
悪いがそれどころじゃない。
「ユーリア、先にいっててくれ」
体は動かないが、喋るだけなら可能だった。
ユーリアはオレを見ながら、ただ不思議そうな顔をしている。
体中が圧迫されるように苦しい。
ゴゴゴゴゴ……
地響きが轟いた。地面も大きく揺れた。
ユーリアがうずくまる。
地震か?
大地の振動は収束の兆しも見せず、ますます激しくなっていくばかりだ。
あちこちで生徒たちの悲鳴があがった。校舎の中から生徒たちが逃げてくる。
ここでユーリアは顔をあげた。その目は校舎を見据えていた。
「おい、まさか? いくな、ユーリア!」
こんな大地震の中、校舎に入ったら危険だ。
ところが彼女は、いまがチャンスとばかりに入っていくのだった。
そりゃ、校舎に生徒は誰も残っていないだろうさ。まったくどれだけ他人が苦手なんだよ。
てか、オレ……大丈夫か?
体は熱いし、動けないし。
「凛」
一人になったオレを誰かが呼んだ。その声はシノだな?
「シノ!」
シノが姿を現した。
ああ、そこにいたのか、シノ。
よかった。オレ、これで助かるんだな。
シノが近づいてくる。そして正面に立った。
「早く助けてくれ。体が熱いし動かないし、とても苦しいんだ」
「何をいっているのかしら?」
何って……。
シノが目を細める。
「きのう、どうして凛はあたしをここへ置いてけぼりにしたの?」
もしかして怒っているのか。それでオレにこんなことを……? じゃあ、これってシノの仕業だったのか。
「別に置きざりにしたつもりはない。シノならば屋敷に帰ってくるのなんて、たやすかろうと思ったんだ」
「帰れるわけがないわ。道なんていちいち覚えていないのよ!」
「ごめん。悪かった」
シノが透明化していく。
やがて彼女を認識できなくなった。
大きな地震は収まった。体も正常となり、動くようになった。
許してくれたのか?
しかしこのあといくら呼びかけても、シノから応答はなかった。
生徒たちは校舎に戻り、校内のようすもほぼ平常化した。
さて、この日は競魔稽古があり、上級生の使い魔と戦うことになっている。その使い魔については、いっさいの情報がない。
もし相手が化け物の類だとすると、シノに力を借りなければ命の危険さえある。それなのに……いま彼女に頼めるような雰囲気ではない。非常に気まずいのだ。
競魔稽古の開始時間までに、なんとか機嫌を直してくれないだろうか。
ちなみに開始は昼食後だと聞いている。
「シノ?」彼女にまた呼びかけてみたが、やはり無視された。
時間は刻々と過ぎていく。
とうとうランチタイムがやってきた。
食ったらすぐに競魔稽古となる。
そういえば腹減ったな。
全校生徒のほとんどが大食堂へと集まった。皆、競魔稽古のことを知っているらしく、オレとユーリアは多くの視線を浴びていた。相変わらずユーリアは居心地悪そうだ。
「なあ、ユーリア。きょうもここで昼飯を食うぞ? カネは払ってくれよな」
彼女はコクリとうなずいた。
実はきのうもここでランチを食わせてもらったが、震えが止まらないほどの美味だった。普段、オレは最高レベルのテイストを、カップラーメン級と表現しているのだが、ここのランチもそれで済ましてよいものかと、疑問を抱くほどだった。
今回、さらにねだる。
「別途、デザートもオレにたくさんお供えしてくれ」
もちろんオレが食いたいためではない。シノの機嫌をとる必要があるからだ。
きのう彼女は何も口にしなかったが、きょうは絶対に食べてもらう。
料理が運ばれてきた。日本の一般的な学校食堂とは違い、セルフサービスではない。
デザートを横にずらし、隣の空き椅子をひいた。
「美味そうだろ? さあ、召しあがってくれ。シノ」
ぶつぶつ独り言をいうオレを、ユーリアが怪しむような目で見ている。他の生徒たちの眼差しも、気味悪そうに向けたものだった。
それは別に構わない。
だけどシノが食べにきてくれない!
あっ、わかったぞ。シノを認識できるのはオレだけだ。なのに、透明ともいえる彼女がここでデザートを食ったらどうなるか。たちまち大食堂が大騒ぎになってしまうだろう。
いいや、シノがそんなことをいちいち気にするか?
そうだよな……。やっぱりまだ怒っているんだ。
結局、シノは姿を見せてくれなかった。
デザートはオレが食った。




