19話 寄り道
夜が明けた。
夕べはユーリアのおしゃべりに、ずっとつき合わされていた。
とにかくよく話す子だった。学校で無口になるのが信じられないくらいだ。
彼女はしゃべり疲れると「おやすみ」もいわずに、いつの間にか寝入ってしまった。だからオレはぬいぐるみにされることなく――すなわち人間の姿のまま、無駄に広いベッドの端っこで、一晩を過ごすことになったのだ。
シノについては、朝になってもまったく気配を感じられない。まだ屋敷にきていないようだが、どうしてしまったのだろう。きょうは競魔稽古とかいうものがあるため、なんとしてでもシノにいてもらわないと困るのだが。
シノと競魔稽古のことを気にしつつ、いま向かっているのは厨房だ。そこにいけば朝飯が食える。
昨夜もそこで食事をさせてもらった。ティナからは「お供え物だけでは不十分でしょうか?」などといわれたが、眺めるだけで胃袋が満足するはずはない。それにフルーツや生野菜よりも、肉をガッツリ食いたかったのだ。
料理人のメレナーラが持ってきてくれたのは、焼きたてのパン、ゆで卵、燻製肉のスライス、それとミルクだ。晩飯と違って肉は少なめだが、朝はこのくらいでちょうどいい。
メレナーラがテーブルの向かいに座る。笑顔の可愛い女の子だ。歳はちょうどオレと同じくらいだろうか。彼女もこれから食事にするらしい。
「きのうの晩もメレナーラが作ってくれたのか」
「はい、コック長はご主人様たちの料理しか作りません。使用人の賄い料理を作るのはわたしの仕事です。お口に合いましたでしょうか?」
賄い料理ということだったので、味についてはなんの期待もしていなかった。ところがきのう、見事に予想を裏切ってくれたのだ。
「とても美味かった。故郷のカップラーメンと同等のレベルだったよ」
カップラーメンのレベル――これはオレからの最高の褒め言葉だ。
「ありがとうございます。カップラーメンですかぁ。どのようなものでしょう。わたしも一度食べてみたいです」
厨房に新メイドのロクリが入ってきた。
「よう、ロクリじゃないか」
「おはようございます、凛」
「ロクリも飯食いにきたのか?」
するとメレナーラが笑う。
「ロクリはとっくに朝食を済ませましたよ。こんなに遅い朝食を食べる使用人は、わたしと凛くらいなものです」
「ちょっと待った。オレは使用人じゃない」
「あら。使用人と使い魔とではどこが違うのでしょう?」
はて、使い魔ってどんな立ち位置なのだろう。もしかして一緒なのか?
「オレにもよくわからん」
「あのう、よろしいでしょうか。凛」とロクリ。「ティラ様がお呼びです。ユーリアお嬢様がそろそろ学校へいかれるそうです」
おお、もうそんな時間か。コップに残っていた牛乳を一気に飲み干し、メレナーラに「ごちそうさま」をいった。
噴水前の白い馬車に向かう。
ティラはずいぶん不機嫌なようすだ。
「ユーリアお嬢様を待たせるとは、どうしてこういい加減な使い魔なのでしょう」
「いいのよ、ティラ。凛を叱らないで」
オレが乗り込むと馬車は出発した。
馬車はガタゴトと音を鳴らしているが、それでもすれ違うどの馬車より静かだった。車両の見栄えもいい。こっちの世界において、ウィルハイザ家はかなりの裕福層なのかもしれない。
馬車が停止した。ユーリアが停めさせたのだ。
ここはきのうと同じ場所ではないか。
ユーリアは足元から何かをとりだした。
ボウルが二つ。それからパン、燻製肉、ゆで卵、ミルクポット……。まるでオレの朝食だ。
そんな心配しなくとも、オレならもう食ったんだが。
ユーリアはそれらを持って馬車をおりた。
オレの朝食ってわけではなさそうだ。
どこへいくのだろう。
とりあえず馬車からおり、彼女を追ってみた。
背後から近づいていく。
「おい、ユーリア。何やってるんだ」
彼女がふり向く。頬が可愛く膨れていた。
「もう、凛! 逃げちゃったじゃない」
「何が逃げたんだ?」
「内緒」
彼女はボウルを地面に置き、パンとゆで卵と燻製肉を入れた。もう一つのボウルにミルクを注ぐ。そしてオレの手をとり、馬車の方へ戻っていった。
「何かの餌づけでもするのか?」
しかし彼女は黙って車両に乗り込む。
小さな顔がティラを見あげた。
「お爺様にお願いしてみるわ」
「飼うなんてなりません。あれは使い魔ではないのです。白鬼は決して他種族には懐きません」
どうやらユーリアは、きのうの鬼の餌づけを試みていたようだ。
ところでオレって飼われていたのか? さっきそんなふうに聞こえたんだが。