18話 新メイド
一日の授業を終えた生徒たちが校門をでていく。
ユーリアもオレを連れて門をでた。
校門の近くで多くの馬車が待機している。
ユーリアの白馬車は目立つため、すぐに見つかった。
乗り込もうとするユーリアを止める。
「悪い。もう少し待ってくれないか」
「どうしたの、凛」
「ちょっとわけがあってさ」
シノが見当たらないのだ。学校に置いて帰るわけにもいくまい。
それに明日は大切な魔競稽古がある。シノに活躍してもらわけなれば困る……けれど彼女は納得してくれるだろうか? とにかく早く話さなくては。
シノを探すため、校内に戻らなくてはならない。
ユーリアを馬車の前で待たせ、一人でふたたび校門を入っていく。
女子生徒たちからの視線――。明らかに不審がられている。オレがここの一生徒の使い魔であることは、まったくといっていいほど知られていないのだ。
みんな誤解しないでくれ。オレは変質者じゃないからな……。
んんん、駄目だ。無理だ。一人でなんてオレにゃ厳しすぎる。
これらの視線に耐えるのはすこぶる難しい。
諦めてユーリアのもとへ戻った。
シノ……。まあ、たぶん大丈夫だろう。うん、気にする必要なんてないさ。だってシノは偉大なる山神ではないか。屋敷への帰り道がわからないなんてことはあるまい。
ユーリアのあとから馬車に乗った。車両の中にはティラもいた。
御者が鞭を入れると、馬車は走りだした。
道は右手の大河に並行して走っている。左手には田園風景が広がっていた。
ときどき民家を見かけるが、とても粗末なものだった。ユーリアの屋敷とは雲泥の差だ。
馬車はひたすら進んでいく。
あるところでユーリアが御者に馬車を止めさせた。
ユーリアは馬車からおりていったが、オレは面倒なので馬車の中で待った。
でも、どうしたんだろう。彼女は何故そんなにキョロキョロしているのだ。
まさか立ちションする場所を探しているわけでもあるまい。もちろん座りションというのもありえない……よな?
あれっ、しゃがんだぞ。
もしかして本当に座りショ……いいや、すぐに立ちあがった。
なんだ、違ったか。ああ、びっくりした。
ま、当然か。
彼女が戻ってくる。
「何やってたんだ」
「なんでもないわ。さあ、出発しましょ」
彼女の行動の意味について、このときはわかりもしなかった。
馬車がふたたび走りだす。
そういえばあの辺りって、白くて小さな鬼のいた場所だったか。
屋敷に到着。
ユーリアといっしょに部屋に入る。
しばらくしてノックがあった。
開いたドアの向こうにはティラがいた。
「ユーリアお嬢様、失礼いたします。ハフィニの代わりとしまして、新たに雇うことになりましたロクリのご紹介に参りました」
「ハフィニのことは……お気の毒だったわね」ユーリアの顔が少し曇った。
ハフィニについては何も知らないが、きょうからロクリという人物がこの屋敷で働くらしい。だとすればこの屋敷の住人として、オレは一応先輩となる。いや、どうでもいいことだ。
ティラの背後から一人の少女が姿を見せた。
へえ、なかなかキュートな子じゃないか。
ティラと同じメイド服を着ている。ユーリアよりもやや年下のようだ。緊張しているためか、ユーリアの顔をまともに見られないようすだ。
しかしそれではいけないと思ったのだろう。ロクリという新メイドは自分の右手で左手の甲をつねった。すると目つきがキリッとし、その眼差しをしっかりとユーリアに向けるのだった。
「はじめまして、ユーリアお嬢様。本日参りましたロクリと申します。よろしくお願いいたします」
「よろしくね、ロクリ」
ロクリは深々と頭をさげ、ティラとともに部屋から退室した。
遅れてオレも部屋をでた。部屋にいてもつまらないからだ。
屋敷は一つのフロアごとに、長い廊下が複雑に絡み合っており、ちょっとした迷路のようで楽しい。ちなみにいま歩いているところは二階だ。ユーリアの部屋より三つ下のフロアとなる。
ある部屋の前にきた。
ここには夕べ訪れている。ドアのなかった例の部屋だ。
すでにきちんとドアがとりつけられていた。
何気なくドアノブに手をかけた。鍵はかかっていなかった。
そのまま開けてみる。
「あっ」
人がいた。誰もいないと思っていたので、驚いて声をだしてしまった。
彼女はきょう入ったばかりの新メイドではないか。
「ええと、名前はロクリだったかな。こんなところで何やっているんだ」
「はい、ガオちゃん様。お仕事を本格的に始めるのは、明日からとなっております。本日は建物の造りを覚えるため、各フロアを見てまわってくるようにと、執事のパトルモン様から仰せつかりました」
執事にパトルモンなんていうのがいるのか。まだそいつに会ったことはない。いったいどれだけの使用人がここで働いているのだろう。現時点で面識があるのは、ティラと馬車の御者と、このロクリだけだ。
ところで……。
「誰から教わったのかは知らないけど、ガオちゃん様と呼ぶのはやめてくれないかな。オレは凛っていうんだ」
「失礼いたしました、凛様」
「“様”をつけるのも、やめてもらえるとありがたい」
そういうのは、くすぐったくて困る。
「よ、よろしいのですか」
「凛と呼んでくれ」
「承知しました、凛」
つぶらな瞳がこっちに向いている。まだあどけない顔立ちなのに、もう働かなくてはならないのか。オレのいた世界ならば、まだ義務教育を受けている年齢だ。たぶん中学生くらい。
「新人のロクリに、一つ話しておかなければならないことがある」
「なんでしょうか、凛」
「夜間はなるべく出歩かない方がいい。この屋敷、魔獣がでるんだ」
一瞬、ロクリの目に力が入った……ように見えた。
「もちろん存じております」