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16話 上級生のお姉様

 わっ、なんだ! やめろ、やめてくれ。

 いてぇー。こらっ、どさくさにどこを触ってる!

 

 ユーリアの同級生たちに揉みくちゃにされていた。

 そんなとき声をかけてくれたのはシノだ。


「凛、困っているようね」


 彼女はいつも助けてくれる。

 とてもありがたい存在だ。


「それとも喜んでいるのかしら?」


 どうしてそうくる。

 さっき心の中で褒めて損した気分だ。


「これのどこが喜んでいるように見える! 早くなんとかしてくれ、シノ」


 彼女はやる気なさそうに溜息をつき、床に足を着けた。

 もう一度オレを一瞥し、背中を向けた。


 何故そっちを向く。

 まさか見捨てるなんてことはないよな?


 突然、館内に猛烈な強風が吹いた。

 これはシノの力に間違いない。きっとオレを助けようとしてくれているのだ。とりあえず見捨てられてはいなかったのだろう。


 強風の勢いはすさまじく、生徒たちを吹きとばしていった。

 焦ったのはオレだ。


「シノ、なんてことを! そこまでしなくてもいいだろ。ケガ人がでるぞ」

「心外ね。感謝されると思ったけど?」

「やりすぎだ」

「そうかしら」


 館内の隅に飛ばされた彼女たちが、ふたたびフロアの中央に歩いてくる。幸いにもケガ人はいなかったようだ。華奢なお嬢様ばかりだと思っていたが、結構みんなタフだったらしい。


 また彼女たちに囲まれた。


「先ほどのものが山神の力なのですね」

「さすがウィルハイザ家の使い魔ですこと」

「あれほどの大風を起こしてしまわれるとは……」


 とりあえず彼女たちから恨みは買っていなかったようだ。

 しかしチャイムが鳴るまで、みんなの玩具となってしまっていた。



 魔法科の授業が終了すると、生徒たちは次の教室へと向かった。

 このあと古文書読解という授業があるとのことだ。


 生徒たちが歩いているのは、魔導館と教室棟を繋ぐ渡り廊下だ。


 教室棟から魔道館に移動したときとは違い、いまのユーリアは多くの生徒たちに囲まれて歩いている。

 とはいってもオレの隣にぴったり貼りつき、恥ずかしそうにずっと俯いていた。たまに顔をあげ、愛想笑いを見せたりもするが、とてもぎこちなかった。彼女はこのような扱われ方に慣れていないのだろう。


 あまりにくっついて歩くものだから、少し冷やかされるようなこともあった。

 シャイで気弱なユーリアにはダメージが大きかったらしい。


「屈んで」ユーリアがオレの袴をひく。


 なんだろう?

 要求されたとおりに屈んでやった。

 額にさっとキスを受けた。


「「「ひやあああああああ」」」という生徒たちの興奮に満ちた声が耳に響く。


 居心地の悪さを感じていたオレとしては、ぬいぐるみの中へと戻されたことに不満はない。むしろホッとしたくらいだ。


 さっきの口づけで、ユーリアは余計に冷やかされることになったが、そんなのあたりまえだ。おそらく相当パニクっていたための行動だったのだろう。



 長い渡り廊下の途中で、別の集団とすれ違った。


 その集団はユーリアたちとは違い、どことなく落ち着いた印象を与えている。顔立ちはすっかり稚気を脱し、優艶な大人の香気も漂わせていた。間違いなく上級生だ。


 ユーリアの同級生たちが「ごきげんよう」と挨拶すると、向こうの集団も「ごきげんよう」と返してきた。


「お待ちください、お姉様方」


 上級生たちを呼び止めたのは、雫型のイヤリングが特徴的な生徒だった。キリッとした眉は太く、気の強そうな目をしている。


 集団の最後尾を歩く黒髪の上級生がふり返った。


「どうされましたの?」


 ほかの上級生たちも足を止めた。

 黒髪の上級生は穏やかな笑顔を見せている。


 雫型イヤリングの生徒も、まるで上級生たちと張り合うように、満面の笑みを送り返した。彼女のうやうやしさは、少しワザとらしくも見える。

 

「数日前のことでしょうか。お姉様方の中にも、召喚魔法のご成功を収めた方がいらっしゃると耳にしておりますわ」


 上級生の中にも? ユーリアはオレを使い魔として召喚したことで、偉業を成し遂げたかのような扱いを受けているが、同じことをやった人物が他にもいたというのか。


 だとすると、どんな使い魔なのだろう。


 その使い魔の顔を見てみたい気もした。ただし、それがオレやシノのように人間の姿をしたものだとは限らない。夕べ目撃したゴブリンや魔獣のような生物なのかもしれないし、もっとグロテスクな姿を為しているかもしれない。もしそうだったら興ざめだが。


 黒髪の上級生は首をかしげた。肩の上で遊んでいた長い髪が、さらりとまっすぐ垂れさがった。


「わたくしたちの中にも、とおっしゃったのでしょうか?」

「さようです、お姉様」


 雫型イヤリングの同級生が首肯してみせる。

 黒髪の上級生は納得できないような面持ちだった。


「おかしいですわね。あなたたちの中にも使い魔を召喚された方がいる、と聞こえましてよ?」

「さように申しあげたつもりですから」

「まあ」


 口調こそ穏やかだったが、二人の目元にはもう笑みなど残っていない。ただ異様な空気が漂っていた。


「ミリレッタ様、次の授業が始まります。お急ぎになられましては?」


 黒髪の上級生は、仲間の生徒に呼ばれた。


「そうですわね」


 彼女は冷静さをとり戻し、踵を返した。

 上級生たちが去っていく。


「くだらないことに時間を費やしてしまいましたわ。わたくしたちも早く次の教室へ参らなくてはなりませんね」といったのは、衝突を起こした当事者だった。雫型イヤリングが揺れている。


 ユーリアや同級生たちも教室棟へとまた歩き始めた。


 つい先ほどまで、生徒たちの真ん中にいたのはユーリアだったが、いつの間にか集団の端へと移っていた。しかし彼女自身、そのことを残念に思っているようすはまるでなく、むしろそこが慣れ親しんだ定位置といわんばかりに、安らぎを得た顔つきになっていた。



「シャナレミア様ぁー」


 雫型イヤリングの生徒の声だった。彼女に呼びかけられたのは、ユーリアに代わって集団中央を歩く『金髪たて巻きロール』の同級生だ。


「お噂によりますと、昨日、シャナレミア様もカマック様の館へいらしていたようですわね。渦中のユーリア様とご一緒とは、なんたる偶然でしょう」

「ユーリア様とはちょうどすれ違いましたの。わたくしが館をでてすぐのことでした」


 雫型イヤリングの生徒は目を輝かせた。


「すなわちユーリア様が召喚にご成功なさったのは、シャナレミア様と入れ違いにカマック様の館へ入られたときのことですね? もしかしますとシャナレミア様はご自身も知らずのうちに、何かしらの力をユーリア様へお与えしていたのかもしれませんわ」


 銀髪ストレートの生徒が、嬉しそうに両掌を合わせる。


「シャナレミア様! わたくしも、さように思えて参りました」


 すると金髪たて巻きロールの生徒は、機嫌良さそうに首を左右させた。


「何をおっしゃいますの、ビウメラ様。あなたやロランビージャ様も、ごいっしょでしたはずですわ」

「シャナレミア様がお誘いくださったからです」


 別の生徒たちもテンションを高めていくのだった。


「やはりシャナレミア様のご活躍があられたのですね」

「さすがは、わたくしたちのシャナレミア様!」


 おーい、ユーリア。いいのか?

 お前の召喚成功が、関係ないヤツの手柄になってるみたいだぞ。


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