14話 令嬢たちの学び舎
目を覚ますと、体が揺れていた。ユーリアに両手でしっかりと抱えられている。眠っている間に、ぬいぐるみへと戻されたようだ。
ユーリアの隣にティラもいた。さらにはシノまでいるが、やはりユーリアとティラには、彼女が見えていないようだ。
で、ここはどこだ?
部屋ではないが、とても狭い空間……。わかった、馬車の車両の中だ。
どこへ連れていくつもりなのだろう。
そっか、学校だ。きのうユーリアは、オレを連れていくといっていた。
そこって女子校なんだっけ。どうでもいいけど、普通、学校にぬいぐるみなんて持っていくかよ。
突然、ガタンという音とともに、馬車が大きく揺れた。馬車が停まる。何かあったのだろうか。
御者は馬車からおり、ユーリアに「申しわけございません」と頭をさげた。そして車輪や車両の確認を始めるのだった。
ユーリアは退屈しているようだ。ぬいぐるみを腕に抱えたまま、ドアを開けて馬車からおりた。御者に尋ねる。
「まだ動かないの?」
「大きな石を踏んでしまいました。不注意で申しわけございません。ただいま車輪の点検をしておりますので、もう少々お待ちください」
「置き石のイタズラかしら」とティラ。
ユーリアが大樹の陰に入っていく。
カサッと小さな音が聞こえた。
ほぼ同時にオレの体は、ユーリアの懐から離れていった。
どうしたのだろう?
「待って!」とユーリアが叫ぶ。
待つも何も、オレの意思ではない。
ぬいぐるみが何者かに掴まれている。むろん首は動かないため、背後を確認できない。この身に何が起きたのだ?
ギャーーーーーーーーー。
甲高い悲鳴だ。声質からするとユーリアでもティラでもシノでもない。当然ながら馬車の御者でもない。
どうやらオレを盗み去ったヤツの声のようだ。
オレは地面に落ちた。ぬいぐるみの姿でも、じゅうぶん痛かった。
正面にシノが立つ。その手に小動物をぶらさげていた。
「凛をさらおうとしたのはコレよ」
よく見れば小動物ではなく、角の生えた白い鬼だった。鬼といってもまだ子供であり、猫や兎くらいの大きさしかない。
シノは鬼を地面にたたき落とし、上から踏みつけた。
鬼が顔を歪めている。
「凛、このイタズラ坊主はまだ幼い子供だわ。仕置きはこの程度で勘弁してやろうと思うけど、いいかしら?」
ぬいぐるみのオレは返事などできるはずもなかった。
シノが小さな鬼を蹴りとばす。
そのあとオレは、探しにきたユーリアに拾いあげられ、馬車に戻った。
点検を終えた馬車がふたたび走りだす。
やがて大きな門の前で停車した。
ユーリアはオレを抱え、馬車からおりた。
ずいぶん立派な建物が見える。
ふうん。ここがユーリアの学校だな。
多くの馬車が次々と門前で停止する。馬車通学の生徒が多いようだ。お嬢様学校というわけか。
仰々しい校門を潜り、広い敷地を歩いていく。
建物に入った。右手の部屋へと進んでいく。そこが教室のようだ。
ユーリアが教室に足を踏み入れた途端、フローラルな香りがしてきた。
うちの高校ではあまりなかった匂いだ。
生徒たちの間でとびかう「ごきげんよう」の挨拶。
うちの高校ではそんな挨拶をしてくるヤツはいなかった。
半数以上が『たて巻きロール』の髪型。
うちの高校ではそんな髪型をしてくるヤツはいなかった。
へえ、女子校ってこういうところだったのか……。
ちょっとしたカルチャーショックだった。
ユーリアはほかの生徒を避けながら、ずいぶん速足で歩いている。誰とも挨拶を交わすことなく、隅っこの椅子に座った。屋敷にいるときとはようすが違う。どうしてこんなに大人しくなってしまったのだろう。
ちなみにこの教室で、ぬいぐるみを抱えているのはユーリアだけだ。ほかの生徒たちは、それを見て見ぬふりをしている感じだった。
教師らしき人物が部屋に入ってきた。
痩せた中年の女で、少々気難しそうな雰囲気を持っている。
生徒たちの小さなおしゃべりが、いっせいにやんだ。
教壇に立った女が室内を見回す。鋭い視線がユーリアのところで止まった。
そりゃ、ぬいぐるみを抱えてれば当然だな。どうするんだ、ユーリア?
教壇の女がコホンと咳払いする。
「ユーリア・ウィルハイザさん。腕に抱えているものはなんでしょう?」
ほら、きた。
教壇の女の表情といい口調といい、決して穏やかではない。
これは雷が落ちる一歩手前か。
生徒たちのクスクスと笑う声が聞こえる。
しかし教壇の女が手をパンと叩いた途端、静まり返った。
「ユーリア・ウィルハイザさん。立って答えてください」
ユーリアは生徒たちの注目を浴び、震えながら立ちあがった。
ぬいぐるみのオレを抱く腕に力が入る。
「ガオちゃん……です」
どっと笑いが起きた。
しかし女が教卓を叩くと、生徒たちは口を閉じた。
「どうして学校へ持ち込んだのですか!」
ユーリアの高鳴る鼓動が、背中から直に伝わってくる。
「召……」
「しょう?」
女の目はますます険しくなった。
「召喚です。きのう召喚に成功しました。ガオちゃんはそのヨリシロです」
やっと伝えることができたようだ。
するとどうしたことだろう。
険しかった女の表情は、たちまち緩んでいくのだった。
「まあ! 本当ですの?」
「ほ、本当です。ミチニーカ先生」
女が笑顔で歩いてくる。
ほかの生徒たちはぽかんとしていた。
女はユーリアの横に立ち、彼女の手をしっかりと握る。
「おめでとうございます、ユーリア・ウィルハイザさん。たった十五の歳で使い魔の召喚に成功するとはお見事です。しかもウィルハイザ家といいますと、山神を専門に召喚する家系とうかがっています」
女は生徒たちの顔を見回した。
「このクラスから現役召喚士が誕生しました。これは皆さんにとりましても大変名誉なことです。さあ、拍手しましょう」