13話 納豆ごはんの夢
シノに手をひかれながらトイレから戻ってきた。
ユーリアの広いベッドの端っこに転がり、人間の姿のまま眠る。
たとえここが化け物屋敷だろうと、安心して寝られるのはシノのおかげだ。
ベッドの中で夢を見た――。
夢の中で祖母と飯を食べていた。ごはんに味噌汁、焼き魚とかぼちゃの煮つけ、きんぴらごぼう、ほうれん草のおひたし、きゅうりの漬物もある。
そして鼻をくすぐるのは納豆の匂い。
祖母がシャカシャカとかき混ぜている。
オレも負けじと一生懸命かき混ぜる。ごはんに乗せた。
美味そうだ。
あれっ、おかしいな。
この納豆……味がしないぞ。
ここで目を覚ました。
「ぎょええええええええええ!」
オレはユーリアの足の指をくわえていた。
ぺっ、ぺっ。汚たねえ!
だけど……。
こいつの足、ほんのわずかだが、大好物の納豆の匂いがするぞ。それって駄目だろ。微量とはいえ、女の子が足からこの匂いを醸しだしちゃ。それなりに顔立ちは整った感じのくせにさ。
カーテンの隙間から光が漏れている。もう朝か。
ユーリアも目を覚ましたようだ。オレの顔を見るなり、「ひゃっ」と声をだして驚くが、すぐに冷静さをとり戻してくれた。
「ごめんなさい。わたくし寝ぼけて、あなたを顕現させちゃったのね」
オレをぬいぐるみから顕現させたのはシノだが、説明が面倒なのでそういうことにしておこう。
ユーリアは顔を洗いにいくという。
部屋をでようとする彼女を止めた。
「待て、廊下は危険だ。魔獣がいるかもしれないんだ」
「魔獣? かもしれないではなくて、いるのよ」
平然とした顔で部屋をでていった。
どういうことだ?
ユーリアはオレの話を信じていないのか。いいや、そんな感じではなかった。むしろ、魔獣がいて当然といわんばかりだった。ではどうして廊下にでた? 怖くないのか?
それはそうと、こっちにも早急にやりたいことがあった。
さっき起きたときに、ユーリアの足の指をくわえていたのだ。
「なあ、シノ。オレの声が聞こえるか。近くにいるんだろ? 知っていたら教えてほしい。口をゆすぎたいんだが、水道ってどこにあるのかなぁ」
ちょうどそのときノックがあった。
廊下から入ってきたのはティラだ。
「ユーリアお嬢様にお着替えをお持ちしましたが、いらっしゃらないようですね」
ティラはそういって、ベッドの上にユーリアの着替えを乗せた。
去っていこうとする彼女を呼びとめる。
「聞いてくれ。大変なんだ。昨晩のことだけど、デカい魔獣がでたんだ」
「それがどうしましたか?」
は? コイツも何をいっているんだ。
魔獣だぞ、魔獣。魔獣が怖くないのか?
「魔獣に襲われるかもしれないんだ、アンタもな!」
「もう朝です。深夜ではないので襲われたりしません」
ほう、なるほど。この屋敷に棲む魔獣は、夜行性ということなのか。
だからさっきユーリアも魔獣を怖がらず、顔を洗いにいくことができたわけだ。
「それでは失礼いたしました」ティラは一礼し、部屋を去っていった。
ドアが閉まる。
オレの体からシノが抜けだし、姿を現した。
「で、水道だったかしら」
さっきティラに尋ねればよかった。
でももう遅い。シノに訊いてみるか。
「そう、水道。どこにあるんだろう」
「夕べ、屋敷を隅々まで見させてもらったけれど、そんなものはなかったわ。でも口をゆすぎたいのなら、連れてってあげる」
シノがオレの手をとって歩く。カーテンと窓を開け、ベランダへとでた。
「おい、ここって外だぞ。屋外にでてどうするんだ?」
シノは返事もせず、ふわりと浮いた。さすがは山神だ。
手で繋がれたオレの体も、いっしょに浮いた。手すりを越える。
飛んでるぞ、すげえや。実際には『飛ぶ』というより、パラシュートが降下するように、ただゆっくりと落下しているだけだが。
着地したところは庭だが、目の前に井戸があった。
井戸? ここで口をゆすげってか。井戸って衛生的にはどうなんだろう。
不安もあったが、井戸の水を使用することにした。
シノが手押しポンプの棒ハンドルを押しさげる。
水がでてきた。それを手ですくい、口に含む。
気の済むまで口をゆすぎ、ついでに顔も洗った。
「まあ、ガオちゃん。どうしてここに」
後ろから声が聞こえた。
ふり向くとユーリアがいた。
彼女もここで顔を洗おうとしていたのか。
オレの方がちょっと早かったわけだな。
「そっか。ガオちゃんは山神だから、直接、窓から下におりてこられたのね」
「ガオちゃんってなんだ?」
ユーリアが首をかしげる。
「ガオちゃんはガオちゃんじゃない。昔からそう呼んでたでしょ」
「つまり怪獣のぬいぐるみの名前か。だけどオレはぬいぐるみとは別物だ。凛という名がある」
「凛? それが本当の山神の名前?」
「そうだ」
山神じゃないが。
「オレはもう顔を洗ったから、ここ使ってくれ」
「うん……」ユーリアが笑う。「……山神も顔洗うんだね」
「まあな」
人間よりも山神の方が扱いがいいに決まっている。
しばらくはこのまま山神ということにしておこうか。
ユーリアは顔を洗い、髪も濡らした。
そんな彼女のようすを眺めていては、変態だと思われてしまうかもしれない。
部屋に戻ることにした。帰りはきちんと自分の足を使う。
シノとともに建物に入り、五階まで階段をのぼっていった。
ユーリアの部屋に入る。
きのうのお供え物が、台の上に並んだままだった。
そういえば昨晩、何も食べていなかったな。
シノと一緒にイチゴを食べた。
イチゴがなくなると、シノが皿とフォークとナイフをどこからか持ってきた。
モモを剥いて二人で食べる。ブドウも食べた。
「じゃあ、オレ、もう少し寝てるから」
「また寝るの?」
「夜中起きたんで、まだ眠いんだ」
そういってベッドに入り、二度寝という快楽を味わうことにした。