あ、ドラゴンさんこんちゃーっす
多分拙い出来ですが、読んでいただけると嬉しいです。
βテストに1年を費やし、ようやく完成の時を迎えたVRMMO、【After Ragnarøk】
【After Ragnarøk】は世界初のVRMMOで、ゲーム内では24倍の時間で楽しめることが忙しい人々にも人気を呼んでいた。
俺はそのβテストでPT名『|Lost Paradise≪ロストパラダイス≫』として活動していた。
俺たちのプレイスタイルは「ロールプレイガチ勢」と称し、見た目がいいからと言ってあえて防具の質を落としたり、同じエネミーを何十何百以上狩り続け称号を取ったり、武器防具魔法縛りでドラゴンに拳で挑んだりもした。
始めた当初は「わざわざ効率落とすBAKAがいるぜー」とか「んwwwwその装備で挑むとかwwwwありえませんぞwwww」なんていう奴もいたが、βテストが終わるころにはβテストのラスボスを武器防具魔法装飾品拳スキル縛りで勝てていた。
そのため「ただの馬鹿」が「がんばる馬鹿」になり、最後には「頑張りすぎた馬鹿」や「愛すべき馬鹿共」と呼ばれるようになった。馬鹿は死んでも治らなかった。
そんな俺たち『Lost Paradise』は運営の目に留まり、[公式認定プレイヤー]として俺たちの作ったキャラをNPCのように『初期設定』を付けてくれた。
5人PTの俺たちはそれぞれのロールプレイを元に運営と相談して決定した。
回復職をしていた仲間は"俗世との関りを捨てた巫女"として
斥候職をしていた仲間は"社会の闇に育てられた孤児"として
盾持職をしていた仲間は"王族の血が混じった聖騎士"として
法撃職をしていた仲間は"最強の魔族、魔皇の一人娘"として
そしてPTリーダーの俺は"魔皇に拾われた半魔の青年"として始めることとなった。
そんな俺たちはある日冒険者としてPTを組み、出会ったことになっている。
ここまでが公式設定。ここから先は俺たちのロールプレイで変わると会社の人は言っていた。
そんな話し合いも終わり、ついに始まった【After Ragnarøk】正式サービス開始は、老若男女有象無象が待ち望んでいたもので、無論俺たちもその時を楽しみにしていた。
楽しみに、していたんだ。
_______
今、俺は死にかけている。ラスボスすら圧倒した俺が死にかけているのはここに俺一人しかいないからではない。
俺が、子供の体…5歳の体だからだ。
俺はゲーム開始直後強烈な頭痛に襲われ、一旦意識を失った。
目を開けると、近くに知らない人間の顔があった。正確には知っている存在ではあったのが、顔は初めて見た。
「ほらほら、ままでちゅよー」
「ムスカリ、とうさんだぞー」
俺の顔を覗き込むようにしている2人…夫婦はそう言っていた。
「どうしたのムスカリ、元気がないわね?」
「俺に任せろ、ほら高い高ーい」
…あのゲームの始まりは神が云々女神が云々髪が云々とかいう話と、その後に最初の街に馬車で到着する感じだったはずだが…
俺はその時ガラスに映った一人の赤子を見ていくつか理解する。そして考えた結果が
〖…これは異世界転生という奴か?しかし…〗
俺はとりあえず「きゃっきゃっ」と言い、機嫌を取りながらその可能性について考えていた。
〖ムスカリという名前が俺を示すもの…だが、この世界観は【After Ragnarøk】…俺はβテストで村人Aとして登録してあるはず、しかし実際は…〗
その時の俺にはこの状況が何か理解できていなかった。少し考えればわかったことかもしれないのに……
いや、可能性だが。
…
……
………
それから少しの月日が過ぎ俺は5歳の誕生日を迎えた。
「「ムスカリ、お誕生日おめでとう!」」
「...おめでとう」
「あ、ありがと…」
そこにいるのは俺、両親、幼馴染のネリネの4人だ。
先ほどまでは同じ年の奴らと騒いでいたので、両親たちは夜に誕生日を祝うのが風習だ。
今日の食卓には〚セブンスヘッドバード〛というお祝い事の際食べられる大きな鳥が、丸焼きで置いてある。
他にも母親が真心こめて作り上げた多数の料理が数多くあり、正に幸せという言葉はこのことを示すものだろうと俺は思った。
「ムスカリ、今日は貴方の誕生日なんだから、いっぱい食べてね?」
「うん、いっぱい食べるね!」
俺は心から同意し、そのまま食べ始めた。
それを待っていたかのように父親とネリネも食べ始める。
ネリネは無口な銀髪碧眼美少女で、思っていることを伝えるのが下手だ。だから3歳のとき小僧共(俺も同年齢だが)に囲まれているネリネを見て、ちょっと助けたのである。
丁度そのころインベントリが使えたりメニューが開けたりHPMPバーを表示できたりして、さらにスキルや魔法もあったので試していた帰り道だった。
なので偶然通りかかって1回助けただけだったのだが小僧共は泣きながら逃げ、その後ネリネは俺の後ろをカモの子かってくらいついてきていた。
これが逆の立場だったら犯罪である。危ない危ない。
まあ、ネリネとはそんな関係なので両親もそれを否定せず、好きなようにさせている。
と、一旦茶を飲んでいた俺の方をネリネがじっと見つめていた。
「…ネリネ、どうした?」
「...ん」
その手には鳥の丸焼きが一切れ刺さったフォークが握られており、短い腕を必死に伸ばして俺の口元に近づけている。
〖…食べろってことか?〗
パクっ
「きゃー、ネリネちゃんったら大胆ー!」
「ああ、俺と母さんは逆だったがな」
「やだアナタったら、照れるじゃない」
「照れてる母さんも可愛いよ」
「アナタ…」
子供の前でいちゃつかないでくれますかねぇ…パクっ
ネリネは食べて貰えたことが嬉しかったのか、俺に何度も食べさせてくる。
少し顔が赤いのは慣れないことをしたからだろう。一体誰に吹き込まれたのやら…
…
……
………
ようやく夫婦でのいちゃいちゃが終わり、そのころには俺は食べ終わって口を拭いていた。
するとネリネが椅子から立ち上がり、俺の方に歩いてくる。
「…来て」
そう言ってネリネは家の外に歩いて行った。
…?
理由はわからないが、ネリネに呼ばれた俺は表に出た。喧嘩ではない。はず。
外でネリネはこの村のシンボル、〚古老樹〛(簡単に言えば大きな木)を眺めていて…振り返る。
「...ムスカリ」
「…どうした、真剣な話か?」
「...うん...すっごく」
ネリネがここまで本気の表情をしたのは初めてのため、俺は少し驚いた。いつもは無表情だからなおさらだ。
「...あのね...ムスカリ......その...」
ネリネは言葉を紡ぐのが苦手だ。だから、ゆっくりと待つ。
「...その...ね...えっと...」
だが、未だに言い出せないということは緊張しているのだろう。まわりにはクールビューティと言う奴もいたが、この様子からは想像できない。
…その時だった。俺の幸せな時間が崩れ去ったのは。
ゴォウウウウウゥゥゥン…ゴォウウウゥゥゥン…
それは、今までにも数回あった鐘の音。エネミー…NPC曰く〚魔獣〛の襲撃時には鐘を鳴らしていた。
ゴォウウウウウゥゥゥン…ゴォウウウゥゥゥン…
鐘の音の回数、それは多ければ多いほど脅威だ。
この鐘の音は〚魔獣〛にとって忌避感を覚える者らしい。少なくとも音が原因で寄ってくることは無い。
ゴォウウウウウゥゥゥン…ゴォウウウゥゥゥン…
ゴォウウウウウゥゥゥン…ゴォウウウゥゥゥン…
ゴォウウウウウゥゥゥン…ゴォウウウゥゥゥン…
鐘は鳴りやまず、徐々におかしいと村の人々も逃げる支度をして家から出てきている。
この村は強い防衛力を持たないため、基本は《逃げ》なのだ。普通一般人は戦えないので、当然だろう。
とはいえ、そこら魔獣なら普通の大人でも倒せるが。
その時、月が隠れた。雲ではなく、大きな何かで。
俺はそれと目が合ってしまった。俺はこいつを知っていた。
「…なんで、ここに〚漆黒竜〛がいるんだよ…」
俺はこの時、幸せというものが音を立てて崩れるのを理解した。この村の狩人には絶対に勝てない圧倒的な存在。
…別名〚都落とし〛と呼ばれる漆黒の竜が、俺たちに牙をむいた。