メイキング:先日自殺した小説家です。
こんにちは、さいこと申します。
ハンバーグが好きです。
先日いつものようにお花畑をお散歩していたところ、ふと「世に文章作法や表現技法などに関するノウハウエッセイはありふれているけれど、実際に執筆した作品の作り方を解説したメイキングのようなエッセイは意外とないよなあ」と思いまして、早速作ってみている次第です。
狙いとしましては、私自身が折角作った話の細かいところを聞いてほしいっていうのもありますが、小説を書き始めたいっていう方や、他人の小説の作り方を見て参考にしたいという方のお役に立てればと思います。
一応なにか分かりやすいタグをつけておくので、面白そうと思った方は同じタグで一緒にやりましょう!
そしたら私が技を盗みに行きますので!
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今回は『先日自殺した小説家です。』という純文学の短編を取り上げます。私の作品の中で最も読まれたものですし、2000文字弱と文字数も少ないのでやりやすいかなと思ったからです。
せっかくなので、まだお読みでない方は先にオリジナルを読んでいただきたいと心の底から叫びたいところですが、このエッセイは初見の方でもお楽しみいただけるように書こうと思っています。今のところは。ただ、ネタバレは早い段階ですると思うので、そこはご了承下さい。
さて、では解説していきます。
二重鉤括弧の中がオリジナルの小説本文、その下にコメントをつけていきますね。
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『先日自殺した小説家です。』
まず書くぞってなって、ぱっと最初に浮かんだ言葉がこれでした。割と目を引く一文だと思ったので、文頭とタイトルに持ってきてアイキャッチにしました。
早速ネタバレしていきますが、この作品は「愛されてる感覚という素朴だけど必要不可欠なものを失った主人公が、死にゆく中でその感覚を取り戻す様を敢えて飾らない書き口で語る」という雰囲気のもと書き始めました。
『あのよく晴れた土曜日の昼、私は確かに自らの腕を剃刀で切って、狭い風呂場で死にました。溢れて滴る温い血を覚えています。多分痛かったと思います。錆びた鉄のような匂いに溺れて、意識を手放しました。』
何となくですが、自殺という行為が最も印象的になるのは休日の昼な気がしました。なんというか、休日の昼ってエネルギッシュで活き活きしてるから、そんな中に自殺とか死とかが放り込まれると、浮き彫りになる気がするんですよね。
で、この後主人公が謎の街にいることがわかる訳ですが、自殺の回想をする場面と謎の街の場面を切り離すために湿度差を使いたいという試みがありました。敢えてここでは水や液体に関する描写を増やして、後でその辺りの描写をすっと離してやることで、全然違う場所にいる感じが出ればなあ、と。上手くいってたかは分かりませんが。
匂いとか温度覚、痛覚の描写がありますが、まだ生きてるぞって感じを出すために多めに詰め込んであります。
『生きるのは、正直苦手でした。空気を読むのが不得手な私にとって、とかく浮世は息苦しくて、荒波の合間でどうにか呼吸をするのが精一杯でした。
刃を手に持った私は、この世を離れたらしばらくは地獄の池に沈んでいようと、一抹の安堵を覚えました。その方が、いくらかマシに思えました。』
ここも水っぽくしてあります。ついでに「空気」「息苦しく」「呼吸」と近しいイメージの言葉を使って、主人公の息苦しさが読者に伝わればと思ってみたりもしました。やはり上手くいってたかは分かりませんが。
地獄の池に沈むという行為と、安堵という感情を組み合わせて、淡々としている中でも主人公の闇深さというか、おかしさのようなものを表現したい人生でした。
『ところが、私はここにいます。どこかも知れぬ部屋で机に向き合っています。壁に掛けられた質素な時計の針は先刻から少しも動いていません。何が何だかちっとも分かりませんが、私は一応小説家なので、取り敢えず筆を執ってみました。』
ここで急に乾いたイメージになる予定でした。上手くいってたかなあ。
時計の描写は、テンポを調節するために挟みました。これがないと、このシーンが短すぎる気がしたので。ついでにこの場所が謎に包まれていることを表すために針は止めておきました。
『死んでも死にきれないなどという言い回しがありますが、私もそういうことなのでしょうか。私の短い生涯には、死にきれないような未練など多過ぎてどれのことやら見当がつきません。』
死んだはずなのに生きていて、謎の場所にいたとなれば、その考察がなされるのではと思ってこのくだりをいれました。
なんとなく私の中では、この場所は最初罰を与える部屋のつもりでした。亡くなった人が自分の葬式見せられたらすごく辛いのではなかろうか、と。でも書いていくうちに考えが変わってきて、今では単に準備室のように思ってます。次の生で同じ過ちを犯さないように、振り返って、知って、備える場所みたいな。
もちろん、読む人の数だけ正解があると思うので、これが公式見解とは言いたくない訳ですが。
『妹に借りた金を返していません。両親にはしばらく顔を見せていません。完成しないまま止まっている小説が二つあります。心から愛した人との性交を未だ経験していません。吉野の桜を見れていないままです。会っておきたかった友人が何人かいます。』
主人公の本当の未練を強調する目的で、2位以下を列挙した感じです。本当の未練とは、「人に愛されること」であって、それが叶わない絶望が死因にも繋がってきてるイメージです。フィーリングで選んで並べましたが、したかったことというよりは、しなくちゃいけなかったことが偶然にも並んでますね。
『さて、私は何がしたくて此岸にまだ残っているのでしょうか。言葉を紡げば、眩暈のするような混乱も幾分か良くなるだろうと思いましたが、やはり特に意味はないようです。』
たぶんこの人、頭痛い時にとりあえずツイートしてみる感覚で文字書いてます。
『四畳半の部屋に一つだけ備えつけられた窓からは、名も知らぬ街が見えます。どこか懐かしい、淡い色彩の風景です。けれども音はありません。自動車も人も野良猫も、風すらも見当たりません。ただ嘘のような静寂が、空気の代わりに街を満たしています。』
舞台を広げました。イメージとしては、小説を書いていた主人公が「とりあえず言葉にしてみたけど、やはり何にも分からないなあ」と困って筆を一度止め、窓の外を眺めている感じです。こういう風に登場人物になりきって、彼らの動作や目線を考えるの結構他の作品でも使いがちですわたし。
ついでにこの謎の街に夢か幻想みたいなイメージを与えて、現実的じゃない感じが出せてたらいいなって。
先程までの匂いや温度、痛みの描写とは逆に、視覚以外の情報をだいぶ削りました。ここもちょっとした対比になってます。
『もしかしたら、ここは現し世の街ではないのかもしれません。所謂この世とあの世のちょうど境目、三途の川の半ばにある浮島のような街。そこには、私のように死にきれなかった者が住まうのかもしれません。この街のどこかで、私みたいに窓の外を眺める者がいると思うと、些か心が満たされる気がしました。』
先程の描写で夢か幻のような感じが出せてたなら、ここでそれなってなるはず。現し世って単語は、現世とかこの世とか此岸とか色々迷ったんですけど、類義語調べて一番しっくりきたのにしました。
『そういえば、私はどうして死んだのでしょう。』
本題に入っていきます。
『生きることが苦手であったのは確かですが、それでも私は二十八まで生きました。嫌なことは沢山ありましたが、今更命を捨てるほどのことは思い当たりません。金に困っていましたが、明日の分の食料はあったと思います。
音のない街を眺めているのは中々に退屈なので、私はよく考えてみることにしました。』
たぶんなんですけど、これ書いてる紙って、原稿用紙なんですよね。なので漢数字にしてみてます。なんか自殺の描写の時もそうでしたが、この人死ぬ間際のことを妙に淡々と話すし、本気で原因が分かってない感じしますねってすごく他人事みたいなコメントをしてみます。
『死ぬというのは、存外に気力の要る営みです。頭で死のうと命じても、心臓の拍動は止まりません。息を止めてみても、やがて弾けたように呼吸が戻ります。
人間というのは、生命というのは思いの外丈夫に出来ているので、私たちはわざわざ死なないといけないのです。
私には、それをするだけの重要な何かがあったのだろうと思います。』
これもおそらくなんですけど、この人自分が死んだ理由が嫌すぎて麻痺してる気がします。本当に嫌なことって、そのうち本当に脳がフタをしてしまって、思い出せなくなるんじゃないかなって。
それから、表現がやや詩的で固いのはこの人の作風です。たぶん私の作風じゃないです。
『しばらく頭を悩ませましたが、それらしい出来事の心当たりはありません。何か取っ掛りがないだろうかと思っていると、どこからか声が聞こえてきました。』
転です。この声をきっかけに主人公の思考がフタに手をかけます。
今思い出しましたが、この謎の街に音がないのは、不思議ついでにこの声の印象を強くするためでもあります。
『私はふと顔を上げました。窓の外を見回してみますが、その微かな声の発信源らしきものはありませんでした。部屋の中をぐるりと歩き回ってみて、どうやらその声は頭の中から聞こえてくるらしいという考えに至りました。』
声が聞こえたことで、一度現実に引き戻されたので、声の出どころを探す描写が入ってるんでしょう、おそらく。
なんか私、おそらくとかたぶんとか言ってばかりですね。
『目を閉じてよく耳を澄ませてみると、それは聞いたことのある声のようでした。年若い女性の声は泣いていました。嗚咽を漏らしながら、大きな声で泣いていました。
段々と明瞭に聞こえるようになってくると、その声は私の名前を呼んでいることに気がつきました。
その声が私の死を悲しんでいるらしいということは、鈍感な私でもなんとなく分かりました。そして、やはり私はきちんと死んでいたのだと確信しました。』
序盤でも言いましたが、この人空気読むのが苦手なんですよね。それを鈍感という言葉でもう一度提示してあげることで、この人がこの後「愛されていることに気がつかなかった」という点に気づくってところに結びつけやすくしました。『泣いていました』ってところ重なってるのは敢えて強調するために重ねてまして、この主人公にとって、印象的であったことを示しました。
『しばらく喘鳴を聞いていて、もしかしたらこの声は妹かもしれないと思いました。
妹は延々と泣いていました。私の名前を呼び、どうしてと小さく漏らしました。時折、両親らしき声も聞こえました。父も母も、悲しそうな声でした。』
ここ誰を泣かそうかと思ったんですけど、既に言及してあった妹にしてみました。今更なんですけど、妹に金を返してないっていう未練、なかなか良くないですか?
『胸が締めつけられる心地でした。痛ましいほどの啼哭が偽りなどではないということは、明らかでした。妹も両親も人並みには愛していたので、かなりこたえました。
現し世に横たわる私の亡骸の横で、妹は泣いているのでしょうか。』
啼哭は最後まで悩みましたね。嗚咽、泣き声、号哭、泣哭、エトセトラ……。一番妹さんの泣き方のイメージに合っていて、かつこの人が書きそうな単語を選びました。で、感情表現は敢えてストレートにしてます。最後の『泣いているのでしょうか』の、『か』は、主人公の動揺を表現するためにつけたつもりでいます。
『とても悲しいことでしたが、私はその声を聞いていたいと思ってしまいました。私のために誰かが悲しんでいる。そのことが、私の心に安穏を齎していることを認め、自分を恥じました。けれどもそれは、どうしようもない事実でした。』
ここ。主人公としては「自分のために泣いてくれる嬉しさ」は認めがたいものなので、「悲しさ」の方はストレートに表現しましたが、一方で「嬉しさ」は、回りくどい言い回しで表されています。
『しばらくそうして瞑目したままでいると、何やら他の声も聞こえてきました。親族の声、友の声、恩師の声、後輩や先輩の声。そのどれもが悲愴に満ちていて、口々に私のことを話します。私の死を悼んで、悲しんでいます。』
目を閉じたままより瞑目したままの方がそれっぽいからそうしたんだろうなって(後付けで)思います。
ここまで「悲」っていう漢字を頻繁に使ってますが、主人公が聞いている声の悲しさを訴えるためにわざとそうしてます。
今作はそういった、わざと何度も使う系のテクニック(?)を意図的に多用して、素朴ながら印象強い作品にする狙いがありました。
『嬉しさと悲しさが激しく混ざり合って、突沸して、雫になって瞳から零れ落ちました。静黙とした街に、むせび泣く私の声だけが溶けていきます。』
で、ついに感情が溢れ出して涙となります。場違いな「嬉」という漢字が浮き彫りになってたら狙い通りですかね。「むせび泣く」は漢字にしようか迷いましたが、ここは一番胸が熱い場面なので、読みやすさを重視してひらがなにしました。
ちなみにこの瞑目してからの場面の描写は、おそらくこの人が後に書き足したものなので、『静黙とした~』というクッションが彼によって挿入されています。
『私は私を失って、初めて愛に気がつきました。
温かくて甘い、愛される喜びの味を知りました。』
ぐっと暖かい雰囲気に持ち込みました。謎の街に来てからの描写に温度や味の描写や、それを匂わせる単語を極力使わないなど、これまでを淡々と書いていた分、ここで大きく主人公の感情が動いた時にその様が鮮やかに見えるといいなって思ってもみたり。
『そこでようやく、私はそれが一番大きな未練だったということに気がつきました。そして同時に、命を絶つ原因となった渇きにも気がつきました。
ひどく鈍感なものだと、辟易してついた溜め息は震えていました。』
はい、しっかり言葉にして噛み締め、自覚し、認めていきます。今改めて見ると、「原因となった」が急に論理的で気に食わないですね。
「命を絶つほどの渇きの正体」くらいの表現に直したい。
『目を開くと、視界が霞んでいました。ただでさえ淡かった街は、より一層朧気になって、今にも消えてしまいそうでした。私が望んでいた声は、いつの間にか嘘みたいに消えて、また静謐が四畳半を支配していました。』
役目を終えた街が消えかけてるつもりでしたが、主人公にそんなことは分からないので敢えて書いてません。なんとなくここまでで「静寂」「静黙」「静謐」を使い分けてますが、字面と雰囲気で選んだらたまたま別のになった感じです。例えばここはそんなに寂しい感じはしないので「静寂」は避けました。他にも脳内では静粛、閑静、沈静、沈黙、無音、閑寂くらいは予測変換的な感じで出てましたが、そこからはフィーリングです。
『私はすぐにここを出ることになるだろうと、直感しました。一休みを終えて彼岸へ行き、地獄を経て再び現し世に生まれ落ちるのでしょう。
また過ちの多い生涯を送るのかもしれません。やはり生きるのが苦手なままかもしれません。しかしその時こそは、自身に降り注ぐ愛を生きたままに感じられるようにしよう。私はそう思いました。』
物語を通じて、主人公の心情が変化していますが、物語を終える前に、その変化後の意気込みを書かせてみました。序盤に比べてだいぶイキイキしましたね、彼。
『ここで私は筆を置きます。どこかも分からない街の静かな机に残したこの文章が、いつかここを訪れた誰かの助けになったとしたら、それはとても幸いなことだと思います。
私の知らない誰かへ。愛を込めて。』
彼は同じように死ぬに死ねない未練を持った誰かがここを訪れると考えて、物語を通じてその誰かにメッセージを伝えていたんですね。だから後半の表現にストレートなところが多いのかもしれませんね。
で、その彼に向けて愛をこめて締める、と。
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はい、こんな感じでした。
初めての試みでしたが、意外とあんまり考えていないですね、私。もう少しちゃんと練ってる気がしてましたが。
皆さんもぜひ、自分の作品のメイキングを紹介しちゃいましょう!
たぶん投稿する時の私が分かりやすいタグをつけてくれているはずなので、書いたよって方はそのタグをつけてやってください!
そしてどんどんこの企画を広めて色んな人の技を盗みましょう!
以上でした!
せんきゅ!
投稿する時のさいこです。
「自作メイキング公開」っていうセンスのかけらもないタグができました。無駄にハードル上げた執筆時の私許さねえ。
みなさんもこのタグでメイキングを教えてくださいっ!