Happy Mery Christmas
「こうして一人で過ごすのは毎年のことだけど、さすがに今日はなぁ…」
12月24日。俺は一人で雪が降る町をコートを羽織って歩いていた。
大学を3日で辞めてフリーターになり、そのままずるずると引きずる毎日を送って今に至る。
俺は木沢 俊。彼女はいない。しかも地元を離れたので友人もいない。
家の事情で放り出されるかのように、大学に通うために親元を離れ、通う理由がなくなって退学した今も、バイト通いのために下宿先にいる。
実家に帰る気になれず、気まぐれに働いて金を稼ぐだけ。金の使い道は特にない。ただ、飯にありつければそれでよかった。
「ふぅ…何とかあいつらからは逃げ出せたかな?」
誰とも待ち合わせをしてるわけでもないのに出歩いている理由は、俺が住んでるアパートに、かつて通っていた大学の同級生たちが、パーティーをすることで呼びに来るからだ。
俺は断ったが、相手はこっちの言い分を聞かずに一方的に俺をメンバーに入れてしまった。
こんなことは初めてではなかったが、その度に俺は嫌な思いをしていた。
大学にいた頃もそうだった。
入学してその初日から、同級生の一人が俺に合コンの話を持ちかけてきた。
俺は乗り気になれなかったので断ったが、人数合わせということで勝手にメンバーに入れられてしまった。
結局、会場に行かざるを得なくされ、俺は隅の方でウーロン茶を一杯だけ飲み、こっそりと帰った。
(しかも会費は一銭も払ってない)
この日はこれで終わったが、その翌日に説教されて、また連れていかれた。
合コンが目的で入ったわけじゃないのに…。
元々入る気がなかった大学だったこともあり、3日で中退した。
その数日後から、バイトをするようになり、朝から夕方まで働いている。
ときどき、留守電に元同級生たちからの誘いがあったが、返事をせずにいたのでほとんど誘いがなかった。
が、今日は俺のアパートに迎えに来るとのことで、俺は部屋から逃げ出したのだった。
「さて…どこに行くか…ん?…!?」
ふと周りを見ると、道の反対側で見慣れた連中が歩いているのを見た。
俺はそれを見てとっさにどこかに隠れる。
「ふぅ…危ねぇ…(しかしあいつら、どうやって俺の下宿先の住所と電話番号を知ったんだ…?)」
見つかったら捕まるのは、火を見るより明らかだ。
そっと周囲を見渡して、連中の姿が見えなくなったのを確認して、再び歩き出した。
腹が減ったので、立ち食い蕎麦屋に寄って、きつねうどんを注文して食べた。
店員は今日みたいな日に、客が来るのが珍しく感じたみたいだった。
それもそうだ。クリスマスは家でケーキやローストチキンなどを食べる人がいっぱいだから。
しかも客が俺一人しかいないから尚更なのだろう。
「今日みたいな日に、ここに一人で来るなんて珍しいねぇ」
店員も手が空いてるみたいで話しかけてきた。
「クリスマスだろうと正月だろうと、いつも通りに過ごすだけですから」
「パーティーとかやらないのか?」
「一人暮らしですし、友人とかいませんから」
店員は聞いてはいけないことを聞いてしまったような顔をした。
しばらくして食べ終わったので店を後にした。
「ありがとよ。…あんな若いのに、空しい生活してるなぁ…」
店員の呟きが、俺にははっきり聞こえた。
「あら、木沢君じゃない」
「マスター…」
いつの間にか、女性が横にいて声をかけてきたので振り向くと、合コンで無理矢理連れて行かされた、バーのマスターがいた。
マスターと言う立場に似合わないほど若く見える。
セミロングで紫の鮮やかな髪をしていて、スラッとした体型で、背は俺より少し高い。
合コンのとき、誰かが面白半分でマスターに年齢を聞いたことがあった。
その当時は20と聞いて驚かなかった人はいない。俺とは2年の差がある。
「久しぶりね。学校はどうしてるの?」
「3日で退学しました。元々入る気なかったので…」
俺の返事にマスターは驚いた。
「そうなんだ…今はどうしてるの?」
「フリーターです。来年まで仕事は休みですが、それを見計らってたかのように、あいつらから誘いがあって…」
「で、逃げるために一人でうろついてると…」
「その通りです。ではこれで」
そう言ってその場を去ろうとしたが、マスターに腕を掴まれた。
「外は寒いでしょ?私の店でゆっくりしていってよ」
俺は一つため息をついてマスターの店についていった。
店に着き、カウンターテーブルの隅の方で、湯飲みに入った暖かいウーロン茶を飲む。
丁度いいぐらいの暖房が効いていて、ゆったりした感じの曲が流れていた。
「今は誰もいないから、私も横で一杯いただくわ。それに、そのウーロン茶は私のおごりよ」
そう言ってマスターは俺の横に座った。
グラスを持っている姿は様になっている。さすがマスターと言ったところだろうか?
「そう言えば…一つ聞いていいですか?」
「何かしら?」
グラスに入っていたウィスキーを一口飲んで俺のほうを向いた。
「どうして俺の名前を知ってるんですか?自己紹介した覚えはないのに…」
「合コンのメンバーから聞いたの。私の店でお酒を一滴も飲まなかった人なんて今までいなかったからね。それで気になっちゃって」
「なるほど。あの時は俺は合コンに参加する気がなかったのに、人数あわせで無理矢理連れて来させられましたから。だからウーロン茶を一杯だけ飲んですぐに帰ったのです」
「そうなの…。この店には木沢君が通ってた大学の生徒たちが合コンでよく来るわ。おかげで私は儲かってるからいいけどね」
「そうですか。でも、店を一人で経営するのって大変じゃないですか?」
「最初の頃はね。でも今はだいぶ慣れたわ。集計は短大で簿記を習ってたからお手の物だし、掃除もバイトしてた頃の腕を活かしてうまくやってるから。バーのマスターは子供の頃からの夢だったから、自分の店を持ったときは夢が叶った嬉しさでいっぱいだったわ」
俺は何も言わずに話を聞いた。
正直羨ましかった。子供の頃から夢を持っていて、それを叶えたこともそうだったが、仕事を活き活きとやってることもだ。
俺には仕事をするうえで励みになるものが何もない。
飯を食う金を稼ぐために働いてるが、ただそれだけで他には何もない。
「あれ?そういえば何か変だと思ったら…」
「変って何が?」
「もう開店の時間なのに、客が一人もいない」
入ったときから気になってた。普通ならあちこちで賑わっているのにそれがない。
ふと周りを見て、その原因が今はっきりした。
「ま、木沢君と私の貸切にしてるからね。それに、バーはここだけじゃないし」
「稼ぎ時に貸切ってね…」
「私の店なんだから、何をしようと私の自由でしょ?」
俺は呆れてしまった。まぁ、マスターの言うこともわからないわけじゃないが、クリスマスに俺とマスターだけの貸切にして…。
この店、いつか潰れるんじゃないかと、一瞬だが不安になった。
「クリスマスは私も体休めたかったし、木沢君を見つけたからいいかな?ってね」
そう言って俺を見るマスターの頬は少し赤かった。
「今夜は私と木沢君の、二人だけのクリスマス祝いよ」
マスターは俺が湯飲みを持ってる腕を軽く掴んでグラスと湯飲みを合わせた。
「乾杯ってね♪」
この後は色々話した。
ふと時計を見ると、いつの間にか夜の9時半を回っていた。
「もうこんな時間か…」
一言呟いて席を立った。
「あら、もう帰るの?」
「夜の一人歩きは危険ですから」
「それを言ったら、私はどうなるの?」
これを聞いてはっとなった。
「いいじゃない。真っ直ぐ家に帰っても何もすることないんでしょ?アルバイトも休みなんだし、もっとゆっくりしたらいいじゃない」
「痛いところを突いてきますね」
「友達から、突っ込みが鋭すぎるってよく言われるわ。それに今帰ったら、合コンメンバーの誰かが待ち伏せしてるかもしれないわよ?」
「う…」
「だからここにいたら?貸切だから誰も入ってこないし、外に出ない限りは見つからないから」
俺は一息ついて席に戻った。
「確かにマスターの言うとおりです。あいつら、朝の約束をすっぽかした俺を、バイトから帰ってくる夕方まで待ち伏せしてたことがありました。その日は帰れなかったです」
「悲惨ねぇ…いっそのこと、実家に帰ったらどう?」
「片道だけで3時間もかかるのに…それに、交通費もかなりかかるし、大学を辞めたことをまだ話してませんから…」
「ふ~ん…」
「マスターはどうなのですか?」
「私は両親から色々教えられてきたけど、バーのマスターになるって言ったら猛反対されたわ。それでも夢を叶えるために、親の言うことに従うフリをしてたの。で、こうして自分の店を持ったことを知ったとき、両親は激怒して私を勘当したわ」
「よくそんなことを笑いながら言えますね?」
普通なら悲しい表情になるのに、マスターは屈託のない笑みを浮かべて言う。一体どんな性格してるのやら…。
「もともと両親の紐になる気なんかなかったからね。私もいつか家出しようと思ってたから丁度よかったわ。勘当した日に、それを笑顔で感謝したら、呆気に取られてたみたいだったけどね」
俺は呆れて何も言えなかった。少しは悲しい思いをしてもおかしくないのに…。
「ったく、そんなことを笑顔で言われると、家の事情で放り出されるように親元を離れて、3日で大学を辞めてフリーターになった俺が惨めですよ」
「人生人それぞれよ。木沢君もいつか笑って話せるようになるわ」
「…」
俺はしばらく何も言わなかった。
が、いつの間にやらテーブルに狸寝入りの姿勢で眠ってしまった。
しばらくして眠りから覚める。が、姿勢は変わってなかった。
が、ふと体をゆすられていることに気付く。
頭を上げると、マスターが心配そうな表情で見ていた。
「大丈夫?急に伏せてしまったから毒薬でも入ってたかと思ってしまったわ」
「急に眠くなってしまって…それ以外は大丈夫です」
これを聞いてマスターはほっとした表情になった。
「よかった」
「けど、マスターの前でみっともないことをやっちまったな…」
「私はかまわないわよ。でもね、木沢君」
「何ですか?」
「他に誰もいないときは、私のことは名前で呼んでよ」
「名前…ですか?」
「うん。そのほうが親しみがあっていいじゃない?あ、そういえば自己紹介してなかったわね。ということで、私は河田 麻衣。よろしくね」
そう言って、右手を差し出してきた。
「あ…こちらこそ。改めて自己紹介させてもらうと、木沢俊です」
俺もする必要のない自己紹介をして右手を出し、握手をした。
「今度から、河田さんでいいですか?いきなり名前で呼ぶのは抵抗がありますので」
「まぁいいかな?他に客がいるときはマスターでいいから」
「わかりました」
この後は色々話し、時計を見ると12時を過ぎていたので店を後にした。
コンビニで朝飯を買ってアパートに帰ると、出入り口には誰もいなかったので中に入り、鍵を閉めて布団に入って寝た。
翌朝。と言うよりは、今日の深夜に寝て数時間後と言ったほうがいいだろう。
9時を過ぎており、雪は止んで空は晴れている。
朝飯を食べ終えて、散歩がてらに外を歩き、公園のベンチで一息ついていた。
少しして、誰かが来たみたいだ。
特に気にする必要はないと思ったのだが、昨日の事もあるので誰かを確認すると…。
「河田さん…」
バーのマスターをやってるときとは違った雰囲気があった。
一緒にいる同い年ぐらいの女性と、笑いながら話している姿は、年齢相応に思えた。
「ふふふ♪んもう、おかしいのなんのって…あら、木沢君じゃない」
俺の姿を見つけた河田さんが俺のほうにやってきた。
「どうもです」
「どうやら昨夜は帰れたみたいね」
「誰も待ち構えてませんでしたから…ま、こんなことで懲りる連中じゃないですから、またやってくるでしょうね」
「でしょうね。木沢君が退学した今も誘うぐらいだからね」
こんなことを話してると…。
「麻衣、どうしたの?…あら?この子は?」
河田さんの友人と思われる女性が来て、俺を見て聞いた。
「私の店の常連客の木沢君よ。あ、木沢君にも紹介するね。高校時代からの友達の琴音よ」
「初めまして。織田 琴音です」
「こちらこそ。木沢俊です」
織田さんが丁寧に自己紹介したので俺もベンチから立ち上がって自己紹介した。
河田さんは活発な感じがあるが、織田さんは大人しい感じだ。
体型は河田さんと同じぐらいで、肩より少し下まで伸びたストレートの真っ黒な髪と、落ち着きのある服装をしている。
「琴音に手を出したら駄目よ?結婚が決まってるからね」
河田さんは視線をジト目にして忠告するように言った。
「ははは…手を出して婚約者にぶっ殺されたくないから大丈夫ですよ」
俺は苦笑いをしながら言うと、河田さんの表情は元に戻った。
それと同時に一瞬だが、ほっとした表情をしたみたいだ。
しばらくは3人で話していたが、織田さんは用があるということで途中で抜けた。
腕時計を見ると、12時を過ぎていた。
「あら、もうこんな時間?せっかくだから一緒にどこかで食事しよ?」
「まぁ…いいかな?」
そんなこんなで、俺は河田さんと喫茶店で食事をすることになった。が…。
「そういえば…」
河田さんがふと思い出したかのように言った。
「何ですか?」
「木沢君って、昨日の夕飯はどうしたの?」
普通聞かないだろ?こういうことは…。
「聞いたら呆れますよ?それでもいいですか?」
「呆れるって?言って見なきゃわからないわよ。で、どこで何を食べたの?」
「…立ち食い蕎麦屋で、きつねうどんです」
正直に答えると、河田さんは予想通りに空いた口が塞がらない状態になっていた。
「な…クリスマスに…立ち食い蕎麦屋で、きつねうどん…」
「一緒に食事する相手もいませんでしたし、手ごろな値段でしたから」
「それはそうだけど、もう少しクリスマスにふさわしいものにしたらどうなの?スパゲティーとかあるじゃない」
「そうかもしれないですけど、一人でしたし、スパゲティーは喫茶店とかに行かないと食えないですから。それに、未成年で酒が飲めないですし、それ以外で熱いものといったら、うどんしか思いつかなかったのです」
「だからってね…」
河田さんは呆れたままだった。
色々話しながら食事を終えて、河田さんと色んなところを歩いていた。
いつもなら昼前の織田さんみたいに、用があるとか口実をつけて別れていたのだが、今回はそうしなかった。
なぜかわからないが、河田さんと一緒にいたい気持ちになっていたからだ。
いつの間にか夕方になった。
俺は河田さんと二人で海が見える丘にいた。
「去年のクリスマスは仕事で一人だったけど、今は違うわね」
河田さんは海を見ながら言った。
「俺も去年までそうでした。一緒に過ごしたいと思える相手がいませんでしたので…でも、今は違う。なぜかわかりませんけど、河田さんと一緒にいたい気分になってまして…」
語尾を濁すと、右肩に暖かい何かが触れたのを感じた。
見てみると、河田さんの左手だった。視線を手から腕へ辿るように移し、そして顔に移すと、河田さんの表情は嬉しそうだった。
「嬉しいなぁ…私と同じ気持ちになってくれて。私も、木沢君といつまでも一緒にいたい気分よ」
「河田さん…」
一言呟くと、河田さんは俺の後ろから包み込むようにして両腕を俺の首の周りに回した。
「あ…」
「こうしてると、温かいでしょ?」
「でも、河田さんが寒いんじゃないですか?」
「気遣ってくれるのね。でも私は大丈夫よ。木沢君の背中が温かいから」
ということはおあいこか…。
しばらくは無言で少しも動かなかったが、夕日が沈んで少しした頃に、河田さんが自分の家で一緒に夕飯を食べようと言い出した。
俺はまぁいいかと思いながらついていった。が、一つ気になって聞いた。
「そういえば、店はいいのですか?」
「私の店だもん。クリスマスにどうしようと私の自由でしょ?」
俺は呆れて何も言えなかった。まぁ、社会人であってもクリスマスぐらいは自由にしていたいのはわからないわけではないが…。
そんなこんなで、河田さんの家に着いた。家というよりは、マンションの一室だった。
俺は用意された座布団に座って、河田さんが料理を作り終えるのを待っていた。
「お待たせ。得意料理のカルボナーラ・スパゲティーよ♪」
得意料理ということもあるのか、いい匂いがする。
早速二人で食べた。味は言うまでもない。
「今夜は泊まってってよ。折角のクリスマスだからね」
河田さんの積極性に俺は少し戸惑ったが、それでもOKした。
この後は雑談を交わしていたが、その中で驚いたことが色々あった。
今まで彼氏ができたことがないこともあって、男を部屋に入れたことがないことや、得意料理を織田さんや他の女友達にも作ったことがないことなど。
これを聞いて驚くばかりであった。
そして、今度は俺が河田さんを驚かす番になった。
今まで誰とも付き合ったことがないのはもちろん、両親が共働きだった上に、妹がいても、その妹はクリスマスに毎年大勢の友達と出かけて、その代わりに俺は留守番で毎年一人で過ごしてたことなどだ。
「ずっと、一人だったのね…でも今は違うわ。こうして私が側にいるから」
「…!」
急に目の前が遮られ、唇に暖かいものを感じた。
しばらくして唇が離れ、河田さんの顔を見ると、うっとりしていた。
「私から木沢君へのクリスマスプレゼントは、私のファーストキス。初めて見たときから、他の人たちとは違うものを感じてたわ」
「河田さん…実は、俺もです。周りにいた連中とは、違ったものを感じてまして…もしかしてこれが…」
「…恋心。というものなのかもね」
そう言って俺を抱き寄せた。
「河…麻衣さん…好きです」
「!…俊君…私もよ」
少し体を離し、しばらく見詰め合って目を閉じると、唇を重ね合わせた。
この時になってようやく気付いた。麻衣さんに恋心を抱いていたことに…。
きっかけはおそらく、麻衣さんからのファーストキスだろう。
この日から、俺と麻衣さんは恋人同士として付き合うようになり、アパートを引き払い、麻衣さんの部屋に引っ越した。
翌年に俺はバイトを辞め、麻衣さんの経営しているバーで、正式な従業員として働くようになった。
実家には、大学を中退したことを伝えた。怒られるかと思ったが、返事はそっけなかった。
俺のことはもう、自分の子とは思ってないのだろう。
だが、今は凄く充実した生活を送っている。
クリスマスに、麻衣さんと一緒にしてくれたサンタクロースには、いくら感謝しても足りない気分だった。
正月が過ぎたのにどうかと思ったが、雪が降る夜空を見上げて、心の中でサンタクロースに言った。
幸せなクリスマスを、ありがとう。