六、会話
ほぼほぼ会話文。短いです。
迷走の旦那様。
翌日から、旦那様は本当に、毎日わたくしの元へおとなわれました。
「本当にいらっしゃったの?」
「うん」
「(うん、て……)お疲れでしょうに、わざわざ来られなくても」
「君の声を聞かないと、一日が終わった気がしない」
「……、………………お戻りなさいまし。今日一日ご苦労様でございました」
「うん」
「(この笑顔はどなたなの真顔が標準の旦那様はどちらに!?)」
「夕餉を一緒に?」
「叔父君が誘ってくださった。君は構わないだろうか?」
「まあ、叔父様がお誘いになられたのなら。そう言えば、旦那様」
「なんだ」
「わたくしがいない間、家のことはどうなさっておいでなのです?」
「これでも留学時代は、一人で暮らしていたから、最低限のことはできる。朝晩の飯と洗濯は母屋に頼っているが」
「そうですの」
「でも、母は不安なのか、滝をよく寄越すようになった」
「あら。でしたら、安心ですね」
「君を案じていた」
「お滝さんは伯爵家の生き字引。わたくしも家政などよくご指導いただきました」
「この年で、母より年嵩の女中に世話を焼かれるのは、なかなか厳しいのだが……」
「これを」
「まあ、可愛らしいお花。どうされましたの?」
「いや、そう言えば、家には花が絶えなかったな、と。君は好きなのかと思って」
「そうですね、嫌いではありません(言えませんね。少しでも旦那様の癒しになればと、絶やさなかったなんて)」
「今は、家が少しさびしい」
「! ……お滝さんに飾っていただいたら?」
「落ち込んだご様子ですね」
「いや……今ここに、義弟君がいて。君に仕立ててもらったという単衣やシャツや手巾を自慢されてね……」
「まあ、申し訳ございません。あの子ったら、子供じみた真似を」
「いや、うん……実に効果的だったよ、うん」
「そう言えば、そちらの家に、旦那様の夏の単衣を作りかけたまま置いて行ってしまってますね」
「なに?」
「裁断としつけ縫いまでは終えてますので、お滝さんにお願いして」
「うん」
「最後まで仕上げていただいて「明日絶対持ってくるから君が最後まで作り上げてくれ」ください……はい?」
「君に、仕立ててもらいたいんだ」
「はあ……」
「頼む。……君が、留学先に送ってくれたシャツも手巾も、本当にうれしかったんだ。随分くたびれてしまって、今はさすがに使ってないが、まだ大切に持っている」
「まあ! あんなもの、まだお持ちなの?」
「ああ。回を重ねるごとに上達していくのが、楽しみだった」
「小憎たらしいですこと。最初など、子供の習作程度で、全然見られたものじゃなかったではありませんか」
「そう。だから、既製品と見紛うばかりの出来に到るまでの君の努力を思うと、とても励まされた。遠い異国で、独り耐え忍んでいるのではなく、日本では君も共に闘っているのだと。それは私の支えになった」
「…………………………ずるいですわ」
「なにも、休日までいらっしゃらなくても」
「会いたかったんだ」
「(もう、これしき、動じませんわ)ありがとう存じます」
「よければ、庭に出ないか?」
「お供しましょう」
「そう言えば」
「はい」
「ここの躑躅を、丸裸にしてしてしまったことがあったな」
「! ……覚えておいででしたの?」
「ああ。あの雷は、なかなか忘れられない」
「ふふ。頻度は減りましたが、権じいはまだ、頑張ってくれていますわ」
「ということは、蜜は吸ってはいけないか」
「まあ、いけませんよ」
「でも、これくらいは許されるだろう」
「――もう、子供では、ないのですから。お花の髪飾りでよろこぶ年でもございません」
「似合うと思って。昔は桃色も似合ったが、今の君なら、白だな。慎み深く、透き通るように綺麗だ」
「(なんなんですのなんなんですの死にます殺されます旦那様に殺されますわわたくし)」
もしかして、本当に、旦那様は、わたくしを好いていらっしゃる?
ようやくその考えに到ったのは、旦那様が通われるようになって、実にひと月も経ったころのことでした。
旦那様が贈った花はアネモネ:「はかない恋」「恋の苦しみ」「見捨てられた」「見放された」。
後で調べて(あてつけかしら?)って思った。
思っても言ってなかったことを言うようになってきた旦那様。
迷走しております。