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小此木さんは連休に入ってすぐに実家に帰った。何となくそれを見送ってから、俺はたまに運動する以外は基本的に家で穏やかに過ごしていた。行楽シーズンのひとつだろうが、人混みは嫌いなので基本的にはひきこもりだ。
出雲も特に何も言わず、最近では一通りの家事を終えた後は、俺の隣で静かに本を読んでいることが多い。
俺の本棚から抜き出したもので、最近の俺の本棚にはライトノベルしか入っていない以上、出雲が読んでいるのもそれだ。感想を求めたいところなのだが、聞き辛くて少し困っていたりする。せめて面白いのか面白くないのかぐらいは、うん。
そしたら、もっといろいろとお勧めできるんだがなぁ、と思っている。が、怖くて実行できない。そもそも出雲は漫画とか読むんだろうか。
「・・・・・・出雲」
「はい」
「その・・・・・・・」
「お茶かしら。ああ、待って、今持ってくるわ」
「あ・・・・・・」
なぜ。何故こういう時に俺の考えを悟ってくれないのだろうか。いや、まぁ、独りよがりであるのは解っているのだが。
はぁ~、と深々とため息をつく。こういうところで俺は勇気がない。 差し出されたお茶を啜りながら、自分の不甲斐なさに苦笑が漏れたのも無理からぬ話だろう。
そんな俺の様子を出雲が怪訝そうに眉をひそめて見ているのには、もちろん気付いていたが、俺から言えることは何もないので、それも隠せたらと思いながら湯飲みを傾けた。・・・・・・熱かった。
気まずさに勝てず、俺は少し出てくると出雲に言付けて、馴染みの書店に向かうことにした。連休中の中日ということもあって、人気があまりない。学生街でもあるここは、連休ともなれば、帰省なり旅行なりと街から人が離れていくからだ。
・・・・・・だから、こんな時に視線をぶつけられれば、嫌でも特定出来るのだが・・・・・・隠す気がないのかもしれないな。
反射物を使ってそれとなく確認すると、若いかどうかは知らないが、とりあえず男だと解った。敵意はなさそうだが、どうしたものか。人に追われる覚えはないつもりだから、どういった関係の人なのか解らないのが難点だ。
まあ、私生活も覗かれているようだから、そろそろお暇願ってもいいんじゃないかと思う。監視されるのは面白くないわけだし。
目についた路地に入る。そのまま立ち止まって少し待つと、草臥れたスーツ姿の中年男性が現れた。中年男性は、俺の姿を見て慌てた。解りやすい反応に少し困る。これでスルーしてくれれば、俺の自意識過剰で済んだのだが。
「あの、俺になにか用ですか?」
「・・・・・・」
「大分前から俺の回りをうろうろしてましたよね。身辺調査とかですかね。誰に頼まれたんですか」
「・・・・・・さすがに見過ごしてはくれないか。確かに私は探偵で、君の身辺調査をしていた。いや、正確には君じゃなくて、小此木悠美の周囲にいる人間の調査だが・・・・・・気付いたのは君だけだよ」
「・・・・・・・」
「まぁ、言ってしまうが、調査の過程で君の名前を出したら、クライアントが飛びついてきたんだ。君を監視して、報告するだけで倍額払うと」
「ああ、それは・・・・・・仕事ですから。解かります」
「君は・・・・・・なんだろう、物分りが良すぎるな」
「性分で。でも、まぁ、一応、警告しますと、これ以上は止めといたほうがいいと思います」
「君が何かするから?」
「いいえ。俺の上の方が、だと思います。たぶん、引き際です」
俺が気づいたらなら、出雲も気付く。と、いうかきっと気付いていた。俺が反応しないから放置していただけのはず、だ。俺が不快に感じ始めたのなら、出雲はもっと強く思っていたとしてもおかしくはない。そうすれば、上、真賀の当主にぼそりと何か言ったとして、当主から何かしらのアクションが起こったとしても驚かない。ただ、それはきっと俺の知らないところで起きる。
「そうか。良い稼ぎだったんだがな。しょうがない。この仕事は止めだ」
「そうですね。それがいいと。・・・・・・ああ、それと小此木さんの周囲を気にしてる方って誰ですか?」
「ん? ああ、宮森っていう資産家だよ」
「・・・・・・そうですか」
探偵はすぐに踵を返して、姿を消した。その後姿を眺めながら、厄介なことになってきたなぁ、と微妙に思い始めた。
・・・・・・とりあえず小此木さんに連絡しよう。今は実家にいるから大丈夫だと思うが、何があってからでは遅い。
『はい。小此木だ』
「あ、小此木さん。真賀です。今大丈夫ですか?」
『ん。ああ、大丈夫だが。どうかしたか?』
「ちょっとしたことがありまして」
さっと、経緯を掻い摘んで話す。小此木さんは宮森の名が出た瞬間に明らかに狼狽した気配を漂わせた。知り合いか何かだろうか。それとも既に何かあったのか。聞こうかと思ったが、あまり踏み込むのもどうかと思い、口を噤む。
踏み入れてほしくない場所は、人間、結構あると思うから。
『そうか。解かった。大丈夫だ、問題ない。そっちもまぁ、変なことはするなよ』
「・・・・・・はい。じゃあ、連休明けにまた」
小此木さんは、電話口から何か聞こえたような気がした瞬間、慌てたように電話を切った。多少、訝しく思わないでもなかったが、再びかけ直す気にもなれなかったのでとりあえず当初の予定通り書店に向かうことにした。
何か新刊でも出ていればいいな、ぐらいの気持ちだった。