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ばたばたと慌ただしく俺の手を引いて小此木さんは商店街を突っ走る。こんなに急いでどうしたものかと思わないでもない。が、ここまで来れば大方の予想はつくのだ。
最初こそ何か深刻な問題でも起きたのかと思ったが、これはそんなんじゃない。まぁ、小此木さんにしてみれば死活問題といえば死活問題なのだろうけれども。
で、とあるスーパーに突撃する小此木さんと俺。ひしめくは主婦たちで、目的は激安食材とか冷凍食品とか諸々。安いことで有名なこのスーパー。時たま目をむくような値段でたたき売りするようなことがあって、今日がその日だった。おひとり様何個とかいうもののために俺は引っ張り出されたのだろう。あとは、主婦の山を崩す切り札か。残念ながら小此木さんの体躯は小さい。体重もそれに見合ったものしかないし、年季をおいて肥えた主婦には勝てないのだ。
なので、俺がせっせと主婦を掻き分けて、小此木さんを目当ての商品まで連れて行くことになる。
一日も感じるような刹那が過ぎれば、俺の仕事はおしまいだ。小此木さんと一緒にレジに並んで、支払してその荷物を持って歩く。
「いや~。助かった。これまたしばらく食い繋げる」
「さいですか。それはようございました」
「うんうん。こういう時に男手があると本当に助かる。いや、もう少し私も成長できていればな・・・」
自分の体を見下ろして、唇を尖らせながら小此木さんは詮無いことを言った。それは今更だよなぁ。どうあってもこれ以上の成長は見込めないのだし、その体と付き合っていくしかないのだ。生まれ持った体は早々変えられない。変えられるのは性別ぐらいか。・・・・・・それも完全なものではないのだが。
「ところで、小此木さん。次のイベントはどうするんですか?」
「次・・・・・・次かぁ。私はちょっと難しいかもなぁ。それにちょっと実家に顔を出さねばならんし」
「実家に?」
「うん。何か用事があるとかないとか。とにかく何が何でも顔を出せとか言ってる」
「あ~・・・・・・それは小此木さんの生活の窮状とかいろいろあるんじゃないですか?」
離れていても、親は親。子供がどんな風に生活しているのかなんて想像出来るだろう。特に小此木さんの生活は、ひどい。
「どうだろうなぁ。ばれてないと思うんだが・・・・・・ま、そこはどうでもいい。あまり良い家じゃないしな。帰りたくないが、さすがに今回は帰らないと」
「そんなに帰りたくないんですか」
「ん? ああ、そうだな・・・・・・・嫌いなんだよ、あの家」
「・・・・・・」
「アズマくんもそうじゃないのか? サークルの歓迎会で言ってたじゃないか。とにかく家から離れたいって。私もだよ、離れたかった。本当は進学もする予定じゃなかったんだが、我を通したんだ、私は。高校までは言われた通りにやってきたんだから、そのぐらいの自由は許してくれていいんじゃないかって。勝手に受けて、合格して、それまでに貯めた金を吐き出してここにいるし、適当にやってるわけだ。両親も体裁が悪いから、家賃と最低限の食費ぐらいは出してくれてるがね。あとは貯金の切り崩しとちょろまかしで」
「そうだったんですか」
「うん。だが、全部いい経験だよ。とても充実してる。ま、お腹は空くけどな」
からからと笑いながら、小此木さんは買い物袋から先ほど買った飴を取り出して口に放る。同じように袋から飴を取り出して、俺に向けてくる。ちょっとだけ逡巡して、それを唇で咥えとった。少し小此木さんの指が唇に触れたような気がした。
飴玉を持っていた手をぺろりと舐めて小此木さんは美味いか、と言いながら笑みを向けてくる。
「アズマくんは家に帰ったりしてるのか?」
「いや、俺は帰ってないです」
あの家に帰ったところで何もない。両親と兄妹がいるとはいえ、俺のいるべき場所はどこにもない。ただ、小此木さんと違って俺は家が嫌いというわけではない。愛想が尽きただけだ。
「そうか。・・・・・・どういう風に家に帰ればいいのか聞こうと思ったんだがな」
「しかめっ面で帰ればいいんじゃないですか。文句あるのか、とか。そういう風な感じで。我を通すなら、最後まで通したらいいんじゃないですかね」
「・・・・・・はは、確かにそうだな! 何を悩んでるのかさっぱりだなっ。はは、すまんすまん。愚痴ってしまったな!」
「いいですよ、愚痴ぐらいなら聞きますって」
愚痴を聞くだけなら安いもんだ。
・・・・・・とはいえ、金欠以外でもこの人は悩むのだな、と失礼ながら思わざるを得なかった。口を開けば金、金、金と守銭奴ではないのだが騒いでいたのも、遣り繰りが上手くないのも、経験をしたことがなかったからなのだろう。よっぽどの箱入りか、過保護な親か。・・・・・・その親が何のために小此木さんを呼び戻そうとしているのか解らないが、厄介なことにならなければいいが。
「・・・・・・小此木さん」
「ん? なんだ」
「何かあったら、連絡してください。俺が出来ることなら、何とかしますから」
「・・・・・・・そうか。ありがとう」
「あ、でも金以外でお願いします」
俺も金はありません、というと小此木さんは心底楽しそうにそりゃそうだと言いながら笑った。