5
誰かに見られていた。それも複数。
解ったが無視した。どうせ、知り合いの誰かだろうと。
今日は珍しく梓が密着してこなかった。逆ににやにやと笑いながら一定の距離で俺の横を歩いたり、下から顔を覗き込んでくる。
一頻り俺の何となく居心地の悪い顔を堪能して満足したのか、不意に声をかけてきた。見てたよ、と。
「あ、やっぱり見てたのお前か」
「うん。可愛い子だったね。制服の。コスプレ? 援交? どっちかな?」
「お前は俺をなんだと思ってたんだ。あれは親戚の子。前言ったろう? 隣に住んでるって」
「うんうん。だからわざわざ休日に制服着せて引っ張りまわしてたんでしょ? やだなぁ、アズマってばそんな趣味あるんだぁ」
「ねぇよ。何の勘違いだっての。服がないから買いに行ったんだ」
「え? 服ない?」
「ん? ああ、うちは普段着物だからな。田舎ならそれでもいいんだが、こっちだとちょっと不便だから」
出雲はあまり気にしている様子もなかったが。こっちにいるのなら、利便性のある衣服の方がいいだろう。昨日買った服は、かなり無難な当たり障りのない、目立たない地味なものになったが、それは俺も同じなので何も言えない。
ふぅん、と解ったのか解っていないのかよく解らない相槌を打ちながら、梓は思慮するように首を傾げた。
「ってことは、アズマも着物着れるんだ」
「いや、俺はあんまり。稽古着ばかりだったな」
「稽古着って? 袴とか、柔道の道着とか?」
「ああ、そんな感じの。動きやすいからな」
それに丈夫だった。多少の無茶をしてもあまり破けなかったし、意外と快適でもあった。また袖を通したいかと問われれば、はっきりと嫌だと言うが。出来れば、衣服といえど二度と関わり合いにはなりたくない。
「なんだ、じゃ着付けとかお願いできないじゃない」
「親戚の子なら出来ると思うが。・・・・・・なんだ、着てみたいのか?」
「ん? 興味はあるよ。ま、着るよりはデッサンしたいんだけど。あんまり着物って見たことないからねぇ。こうしゃちほこばった、式典とかで着るようなのをデッサンしたいわけじゃないし、普段着にしている姿を見たいんだよ」
「ああ、なるほど」
それならそれこそ出雲と会わせてやればいいだけなんだが・・・・・・
「アズマは、その子を紹介する気なんてないでしょ?」
「人の心を読むんじゃない」
「私は察しがいいだけの女さ。心なんて読めない読めない。で、それは事実かな~?」
「俺はいいんだが、向こうがあんまり良い顔しないんでないかね」
「独占欲かな~?」
べったりと腕に体を絡めながら、梓は厭らしく笑う。どっちの、と言わないのが梓の嫌らしいところだ。しかし、出雲と梓が上手くいくような姿を想像できないのもまた事実。とはいえ、それは俺の貧弱な想像力でのことだ。意外と梓ならば合わせていけるような気がしないでもない。・・・・・・でも、ないのだが、あんまり会わせたくないんだよな。
「可愛い子だったなぁ。お人形みたい。あれなら何着ても映えるよね。そう思わない?」
「それは間接的に自分を褒めることになるから、ノーコメントで」
「あっはっはっは、そんな心配いらないよ。だってあの子とアズマじゃ全然似てないもの」
確かに出雲は真賀の血が薄いような気がする。・・・・・・いや、俺が濃すぎるのか。うん。それなら梓の言い分もあながち的外れというわけでもない。
梓はけらけらと笑いながら、俺の頬を突っつき回す。何が愉しいのか解らないが、梓の笑みはどんどん深くなる。テンション高いな。そろそろついていけないかもしれない。
「あ。そうだ、悠美ちゃんが言ってたんだけど、次のイベントどうするの? なんか出す?」
「あ~・・・・・・俺はいつも通り、お前らの手伝いで」
「消極的だなぁ。別に何描いたっていいんだから。拙くても下手糞でもいいんだよ? やっぱり恥ずかしい?」
「いや、そういうわけじゃ・・・・・・なんというか、うん、俺にはあんまり話ってのが思い浮かばないんだ。どっかで見たことあるような奴が仕上がって、まぁこんなもんだろうなぁ、で終わっちゃうような」
「怖がり」
「そうだよ。俺はお化けの類も苦手だし。触れないような奴にいっつも付き纏われるのは好きじゃない」
「あやや。それ、もしかして暗に離れろって言ってる?」
「なんでさ。梓は触れるだろ」
頬を突っつき回されたのだから、これぐらいはいいだろうと、梓の前髪を梳くように額辺りを撫でてみる。髪の毛はさらさらで手触りが良くて、肌の肌理も細かくてつるつるで気持ちいい。そう思うと、硬いし、タコがある手がそれを傷つけるような気がして、すぐに手を離した。
「別に嫌じゃない」
「ふひひ、そうかいそうかい。男の子だねぇ、アズマは」
「・・・・・・・」
なんとなく梓はかなり嬉しそうに見える。こんなに解りやすい状態の梓も珍しい。・・・・・・まぁ、梓にだってそういう時ぐらいあるだろう。
「ところで、次のイベントっていつだ」
「再来月かなぁ? 悠美ちゃん次第。ほら、まだ悠美ちゃん金欠じゃない? 遣り繰り大変みたいなんだよ。印刷代捻出出来るのってまだ先じゃないかなぁ」
「あ~・・・・・・大赤字出したばかりだしなぁ・・・・・・」
「そうそ。いくら悠美ちゃんでもねぇ」
だぁな、と頷きながら、小此木さんなら何かしでかしそうな気がして怖い、というのが本音。今日は小此木さんはいるだろうかと思いながら部室に入ると、睨み合う男女が一組。
「あれぇ? 石本さんと美弥じゃない。何してるの?」
「あ、梓! 聞いてよ!」
「なになに、どうしたのさ」
するりと腕を解いて、梓は二人に近付いていく。その様子を他人事として見学でもしようと椅子に腰かけようとしたら誰かに腕を引かれた。
目を向けると、小此木さんが切羽詰った顔をして立っていた。
「すまん、ちょっと来てくれないか」
「・・・・・・ああ、はいはい。なんでしょう」
嫌な予感がしたが、そう言われたら逆らえない。俺は手を引かれるまま、ついたばかりの部室を出た。背後からは喧々囂々とどうでもいいことで喚き合う男女の声が聞こえた。