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鴻上洋一郎は無事に警察から逃げ切ったようだ。そのうち、指名手配を受けることだろうが、それだってあと何日かの余裕はあるだろう。・・・・・・誰かが鴻上洋一郎を手引きしている。あそこに現れたのは絶対に偶然ではない。それは本人も語っていた。

探して探して見つからなかった俺を唐突に見つけることができた理由。それは、あとで考えよう。

箪笥の奧に厳重にしまっていた小太刀を取り出す。鞘から抜き放ち状態を見て、刀身を覆っていた油をそっと拭い去る。

真賀東湖の心臓を穿った刃は、今でもその残虐な輝きを保っている。

これを使うのはこれで「三回目」だと思うと、気が重い。・・・・・・本当にあれにそんな価値があるかとさえ思う。だが、今回は時間をかけるつもりはない。

あれは無意味に殺す。

そう決めた。

彼らの死が無意味だったように。そういう風に殺すと。

小太刀を包みに隠して、鴻上洋一郎が言っていた駅の掲示板に立ち寄る。そこにはあの狂気とは裏腹の繊細な文字で住所だけが記してあった。携帯電話に打ち込んで、地図を呼び出す。すぐに鴻上洋一郎がいるであろう場所が表示された。

それを一瞥して、俺はゆっくりと歩き出す。頭の中の爆発しそうなほどの文字列のような激情に反して、体も心も冷え切っていた。いつもとそんなに変わらない。余計なことを考えていることだけが、いつもとの違いでしかなかった。



鴻上洋一郎が指定した場所には、何の罠もなかった。奥まった場所で、鴻上洋一郎は煙草を吹かしながら待っていただけだった。やってきた俺の姿を見て、にたりと笑って見せる程度には、余裕があるらしい。俺にはそんな余裕はなかった。


「思ったより遅かったじゃねぇか。何やってたんだよ、あぁ!?」

「・・・・・・これを、取りに行っていた」


 包みから小太刀を取り出して、鞘を取り払って切っ先を鴻上洋一郎に向けて見せる。月明かりに反射して、切っ先が鈍く光る。


「小太刀・・・・・・か? 俺の刀対策か? お前が? 嘘だろ」

「別に素手だけじゃない。武器だって使う。「真賀」の当主は太刀を使うぞ。こんなもの、ささやかなものだ」

「・・・・・・それがテメェの本領だって言うなら別にいいさ。そのお前を俺は打ち砕く!」


 勢いよく抜刀し、鴻上洋一郎が吼える。びりびりと空気が震える。けれど、俺の心は微塵も動かなかった。硬直して、ぴくりとも。


「その前に、お前、どうやって俺の場所を知ったんだ?」

「ああ? なんでそんなこと気にするんだよ。・・・・・・俺の雇い主が教えてくれたんだよ、仕事の報酬でな。汚いことをやらせる奴だが、金払いと情報は間違いねぇ」

「誰だ。それは」

「テメェ、変だぞ。何言ってんだ。何を気にしてんだよ。理解できねぇよ。テメェ、そんな奴じゃなかったろうが」

「いいから、答えろ。別に損なことはないだろ」

「・・・・・・加賀見だ。加賀見弘明っておっさんだよ! これでいいか!? 満足したら、さっさと始めようぜっ!」

「ああ、満足だ」


 呟いて、ゆっくりと一歩を踏み出す。そのままのんびりと歩いて、無造作に小太刀を鴻上洋一郎の胸に突き立てた。


「は? え・・・・・・・な」

「・・・・・・」


 ごぼごぼと血を吐き出しながら、信じられないものを見るように、鴻上洋一郎は俺を見据えた。困惑と痛みと混乱で、眼球がぐるぐると動いているのがわかる。鴻上洋一郎には、何も見えていなかったに違いない。遠間からいきなり目の前に俺が現れて、気付いたら小太刀が胸に突き立っていた、というのが彼の認識だろう。

 正確には違う。

 鴻上洋一郎は、ちゃんと俺が近付いているのが見えていたはずだ。小太刀を突き出す動作もちゃんと見えていたのも間違いない。何せ、俺は走っていないし、そもそもいつもよりもゆっくり歩いて、ゆっくり小太刀を突きこんだだけだ。一切力むことをしなかっただけだ。一切緊張しなかっただけだ。だから気付かなかったのだけど、それを教えてやる必要はない。

 基礎の基礎。徹底的に叩き込まれた脱力の歩み。技でも何でもない。ただの体重移動でしかない。

 鴻上洋一郎、お前はその程度でしかない。

 基礎を疎かにしていた、お前程度ではけして。けっして気付けないもの。

 小太刀を引き抜く。鮮血がパッと地面に広がる。倒れる前に鴻上洋一郎から刀を取り上げる。空しく手が空を切って、信じられないように倒れ伏していく。俺は、小太刀の柄で刀身の横腹を叩き、彼らを殺した凶器を殺した。

 心は、晴れなかった。




 彼女は、柱に背中を預けて俺のことを待っていた。俺の姿を見つけると、パッと目を輝かせて、ぱたぱたと手を振って見せる。

 俺は苦笑を浮かべながら、それに応えるように小さく手を振り返す。


「遅いよー」

「ごめん」


 川内ユキオは責めるように目を怒らせたが、口許はにやにやと嬉しそうに笑っていた。


「まったく。女の子を待たせちゃだめだよー?」

「まったくだ。申し訳ない」

「いいけどね。うん。彰人も待ってるから、急ごう」

「それは本当に・・・・・・」

「いいっていって。どうせ彰人も余裕を持って来てるだけだから、気にしなくて」

「そうか? お詫びの品とかいらないかな・・・・・・」

「受け取らないよ思うよ? それにこれは、こっちからもお願いしたいことだし」

「ならいいんだけど」


 ちょっと不安になりながら、ユキオの案内でちょっとばっかり値の張る料亭に足を踏み入れる。案内を断って、ユキオに続いて奥まった座敷に足を踏み入れる。

 ちょっとした宴会場にも使われるような広い座敷にスーツをきっちりと身にまとった青年が静かに食事をしていた。箸を使っていても、食器を持っていても、盃に注がれた酒を飲んでいる時も一切の音を立てない完ぺきなマナーに唸る。一切姿勢がぶれないことにも感嘆せずにはいられない。


「初めまして、加賀見彰人殿」

「ああ、うん。初めまして、真賀の人。どうぞ、座って」

「はい」


 正面に加賀見彰人を置き、俺は腰を下ろした。ユキオは俺に寄り添うように腰を下ろす。


「さて。本当は少し食事でもしてリラックスしてもらおうかと思っていたんだけど・・・・・・・まずは仕事の話をしようか。その方がそちらも食事を楽しめそうだからね。うん。害虫駆除の話は気分が良いものではないから、その方がいいだろう?」

「はい。ありがとうございます」

「硬くならないでくれよ。そんなに歳もはなれていないんだから、ね?」

「そりゃ無理な話だよ、彰人」

「うん? なんでだい?」

「だってアズマは人見知りなんだもん」

「あはは、そうなんだ。それは申し訳ないね。じゃあさっさと話をしよう。そのあとでお互いの親睦を深めよう、いいね?」


 そう言って、加賀見彰人は柔和に微笑んだ。

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