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例えば、その瞬間、自分たちが少しだけ育てただけの子供がどんなものだったのか、彼らが思いだしていれば、あるいは、理解していれば、こんなことにはならなかったんじゃないだろうか・・・・・・と、思う。

あるいは、過去のしがらみを完全に壊してしまえば良かったのだ。

申し訳ないと、心底から、吐き出す。




俺はぐったりとしていた。

「両親」二人の案内とか言っていたが、そんなことはなかった。俺は徹底的に連れ回された。まるで、会えなかった、会おうとしなかった三年間を埋め合わせるように。

俺はあまり衣服に興味はない。着られればそれでいいし、オシャレもよく解らない。彼らはそれを気にした。年頃の息子に彼女の一人もいないのはそういうものに興味がないからだとでも思ったのかもしれないし、ただ何かを与えたかっただけナかもしれない。兄妹に与えたものを俺にも同じように与えたかったということかもしれない。俺にはその心の働きはいまいち理解出来ないが、それでもそれは悪いものではないと思う。

とはいえ、それにも限度というものがある。俺は与えられた衣服の詰まった袋を持ってぐったりしていた。あれもこれもと買い与えるのはどうかと思う。俺だってもう二十歳だ。何かが欲しければ自分で何とでもできる。学生の身分とはいえそれだけの金ぐらいは稼げるし、仕事もあるのだ。だが、二人はその訴えを聞くことはなかった。まさしく聞く耳もたず、というやつだ。

着せ替え人形にされて疲弊して、俺の部屋にものがないと言って、あれもこれも買い始めて、さすがに俺もいらないと言ったのだが。

俺は疲れていた。

だから。

梓に切られていた期限を忘れていた。完全に忘却していた。

事件というのは唐突に起こるものだと俺は知っていたのに。


「真賀アズマぁあああああああ・・・・・・・」

「・・・・・・」


心底からの怨嗟を込めた声。目をやれば抜き身の刀を持った男がゆらゆらと体揺らして立っていた。周囲の人間は一体何事が起っているのか理解していない。彼らを守る義理というものもない。


「居た、見つけたぞ、真賀ぁあああああああああああ!」

「・・・・・・誰だ、お前」


紙袋を置いて、俺は男に対峙する。正気を失っているように見えて、視線ははっきりしているし、内に秘めた暴力性というものも理解できる。そして、どれだけ強いかも。ただ、俺はこいつのことを知らない。だから誰かと問うたら、男は嘲るような笑みを浮かべた。


「覚えてねぇか。ああ、覚えてねぇよな! クソガキが! 俺はお前のことを片時も忘れたこと何ざねぇのによ! マジでムカつくぜ! 強いやつしか興味ないってか、ああ!?」

「だから、誰だって聞いてる。本当に覚えがないんだよ。あんたが強いのは解るけど」

「・・・・・・あ、マジで覚えてねぇ。鴻上洋一郎。鴻上洋一郎だ。久しぶりだなぁ、真賀ぁ」


鴻上洋一郎・・・・・・覚えがある。だが、あの時と比べて随分と人相が変わった。全面に浮かぶ狂気を除けば、確かにあの時の少年の面影が垣間見える。


「ナイフ使いの中学生」

「くく、ああ、確かにそうだったなぁ。今はこっちを使ってんだよ。どうだ? 強そうだろ」

「・・・・・・ああ、あんたの本当の得物はそっちだったんだな」

「優しいねぇ、そう言ってくれんのか。・・・・・・俺はよ、お前にぶっ飛ばされてから、ずっとお前のことを探してたんだ。あの時の俺にゃ、どうも足りねぇもんがあってよ・・・・・バカだったな。お前を生かして倒そうとか、殺すのが怖いとか思っちまってた・・・・・・ああ、本当に、俺は愚かだった」

「・・・・・・そういう強さもある」

「よくないねぇ、そんなおべんちゃら。・・・・・・てめぇはよ、ビビッてなかったじゃねぇか! 俺はビビってたよ、マジで。この後の人生とか考えちまってた。あんな威勢のいいこと言ってたのによ。笑えるぜ。恥ずかしくて死にたくなっちまった。あの時はな」

「・・・・・・鬼になったか」

「は、てめぇと違ってなんとかな。大変なんだぜ、凡人はよ」


からからと一頻り笑った後、鴻上洋一郎は無造作に踏み込んできた。間合いを図り切れず、俺は後方に跳ぶしかなかった。服一枚分袈裟に斬られる。


「人生なんざどうでもいいよな。実際。俺らみたいなのが、そんなこと考えちゃダメだって気付けたのはお前のおかげだよ。マジな努力したのもな」

「・・・・・・」

「いいねぇ、やっぱてめぇは最高だ」


俺の顔を刀の切っ先で指し示し、鴻上洋一郎は狂ったような笑みを浮かべた。そこでようやく周囲に悲鳴が木霊しはじめた。これが何かのイベントでもアトラクションでもないとようやく気付けたのだろう。


「さぁ、ヤろうぜ! 存分に愉しもうや!」


またも無造作に鴻上洋一郎は飛び込んでくる。だが、すでにその間合いは見えている。俺も退くことはせずに前に出る。瞬間、鴻上洋一郎は加速した。刀の間合いを超えて、さらに踏み込んできたのだ。斬撃を想定していた俺は、少し反応が遅れる。跳ぶような横蹴りが俺の腹部を強かに打つ。俺の踏み込みはそこで止まってしまった。

鴻上洋一郎は出した足を後方に流しながら、刀を薙いだ。首を狙う一撃。俺は反応できなかった。致死の一撃。そこに誰かが飛び込んできたのが解ったが、それを俺は制止することができなかった。

俺を押しのけて。代わりに、斬られる。ぱっと首から赤い華が散る。

闖入者に鴻上洋一郎は少しだけ動揺したようだったが、すぐに刀を引き戻し、袈裟に落としてくる。俺の体勢はまだ崩れているから、それでも俺を殺せるタイミングだっただろう。それも別の肉体が引き受けた。俺を跳ね飛ばして。


「ちっ・・・・・・なんだこいつら」

「なんで、邪魔を・・・・・・」


俺の目の前に転がっているのは「両親」の、本当に人の好い人たちだった。生きている、ということは絶対にない。致死の一撃だった。だから、そこにあるのは物言わぬただの死体だ。

だが。


「・・・・・・ち、どいつこいつも! 邪魔がきやがったな。真賀ぁ! 駅の掲示板に場所と日時を示しておいてやる! 準備してきやがれ! あの時と同じようにな!」


警察が近付いてくる音が響いていて、それに鴻上洋一郎も気付いたのだろう。俺は、鴻上洋一郎の言葉に何の返答も返せなかった。

胸が痛くて、歯を噛みしめていたから。





陽司に、彼の両親の遺体を引き渡すまで、俺は大人しくしていた。出雲が傍についていてくれたが、それが助けになったとは到底思えない。

陽司は何も言わなかった。お前がいたにもかかわらずどうにかならなかったのかと詰ることもしなかった。ただ無慈悲に起こった事件に心を痛めていた。彼の両親の性根はちゃんと引き継がれていた、ということだ。


「父さんと母さんはお前を守ったんだな」

「・・・・・・ああ」

「・・・・・・お願いがある」

「・・・・・・なに」

「父さんたちをやったやつとは、関わらないで欲しい。田舎に帰って来い。学校のことは何とかするから。頼む・・・・・」


お前が死んだら、父さんたちが浮かばれない。そう言って、陽司は肩を震わせた。・・・・・・本当に申し訳ないが。それは無理な相談だ。だから、俺は黙って何も答えない。鴻上洋一郎の様子から鑑みて、俺の住んでいる場所も交友関係も調べているはずだ。寝込みを襲われるのは一向に構わないが、ユキオを襲って返り討ちにあうとか、梓を狙われるのは困る。

梓を奪われたら、俺は今回ほど穏やかではいられない。

死んだ彼らには申し訳ないが、死者の優先度は低い。大事なのは生きているものだけだ。


「陽司、あとは任せる。・・・・・・あと、俺も頼みがある」

「なんだ」

「もう、俺に関わらないでくれ」

「な、俺たちは兄弟で・・・・・・!」

「兄弟じゃない。いとこだよ。俺は彼らの子供じゃない。・・・・・・だから、申し訳なく思ってる」


家を離れたのもそれが理由だ。会いたくなかったのも、同じ。申し訳なかった。それが俺の意思の介在することではなかったとはいえ、実子と勘違いして俺を育てていた彼らには本当に申し訳なく思っている。本当の真賀アズマとっくの昔に死んでいる。生まれたその日に、俺を生んだ女の手で縊り殺され、俺と替えられたから。

彼らが守ったのは俺じゃない。もうとっくの昔に殺されていた真賀アズマという幻想を守ったのだ。「真賀」とは関係なく生きるはずだった、「真賀」のために殺された赤子のために死んだのだ。


「な、何を言ってるんだ、お前。お前は確かに・・・・・・!」

「俺の母親は真賀東湖。・・・・・・陽司の伯母に当たる人だ」

「・・・・・・ぅ、嘘だ。そんな、お前・・・・・・殺したのか、実の母親を!」

「・・・・・・なんだ知ってたのか」


少しだけ肩の荷が下りたような気がした。


「俺は確かに母を殺したよ。でも、伯母を母親だと思ったことはない。そもそもそれを知ったのは殺した後だ。後悔も何もする余裕はなかったよ。・・・・・・これで解っただろう。俺に関わらないことが一番いいんだ。だから俺は関わらないようにしていた。彼らが「真賀」に呪われるから」


けれど、彼らは俺に近付いた。「真賀」の呪縛からは逃れらなかった。・・・・・いや、これに関しては俺が蒔いた種だ。陽司と陽菜には俺を責める権利がある。だが、どうせ陽司は俺を責めることなどできるわけもない。

だから、俺から離れる。それが最善だ。

それに・・・・・・もう抑えようがない。

鴻上洋一郎。あれは・・・・・・確実に殺す。

他に誰にも手を出せないように、確実に息の根を止める。

・・・・・・昏い笑みが口元に浮かぶのが解った。

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