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「・・・・・つーか、いいタイミングで入ってきたな、文雄」

「梓が教えてくれたからな。まさかとは思ったが・・・・・・この宿で暴力沙汰を起こすんじゃねぇや」

「ちょうど良いと思ったんだがな・・・・・・思ったよりも頑固でな」


・・・・・・そんな会話を治療を受けながら聞いた。梓の祖母が丁寧に俺の包帯を巻いていく。刃でつけられた傷はそれほど深くはなく、真賀の頑強な体はすでに回復の兆しを見せていた。子供相手だからと手加減をされたのかもしれないし、少し躊躇いがあったのかもしれない。あるいは、少しでも傷つけてやれば諦めるとでも思ったのか。・・・・・・・それを考えると胸がざわつく様な、そんな不快感がある。


「お?」

「テメェ、雷蔵、人の話を聞け!」

「あー、解ってる解ってる」


からからと笑って、祖父は老人をあしらう。その様子を呆っと眺めていると、傍らでごめんね、という声が聞こえた。見れば、梓が申し訳なさそうに座ってこちらを見ていた。何のことだろうと首を傾げると、梓はつい、と凄い勢いで目を逸らしてしまった。何か恐ろしいものでも見たかのような過敏な反応だった。梓の祖母はそれを見て、苦笑を浮かべた。


「怖い顔をしてるわよ、アズマくん」


意味が解らず首を傾げると、眉間に皺が寄っている、と言われた。確かに言われてみれば眉間に違和感がある。ぐりぐりと指でその部分を押すと、眉尻がすっと下がった。

息を吐き出して肩の力を抜く。気付けば全身が強張るような力が入っていた。緊張していたのかもしれない。刃物を向けられたせいか。伯母が切りつけてくるのとは違う何かがあったのかもしれない。けれど。けれども、それがなんなのかが解らない。腹の底から溢れ出そうな何かが、がんがんと蓋を叩いているような、出してくれと、必死に訴えているような、奇妙な感覚。

俺は・・・・・・・それを、知りたい。


「あら、どこに行くの?」


ゆっくりと立ち上がった俺に皆の視線が集中する。

答える理由がないので、そのまま踵を返す。


「待て」


祖父の声が聞こえたが、止まる理由はない。そのまま歩を進め、外に出る。・・・・・・祖父はこのまま帰ってしまうかもしれない。そうなったら、そうなっただ。棄てられるのなら、それでも構わない。今は、ただ、今は、俺の中にあるこの感覚を解き明かしたい。知りたい。理解したい。そうしたい。そうすべきだと、本当に思う。

だから、あいつと戦わねば。

鴻上洋一郎の足跡を探して、見つけ出して、戦って。・・・・・・? 戦って、なんになるんだ?

ふと浮かんだ疑問は焦燥感に呑まれて消えた。会いたいと、切に思う。今日会ったばかりの少年に会いたい。会えば解る。解るはずなのだ。ぐつぐつと煮え滾るような、この不快感の正体が。

耐えられなくなって、俺は走り出していた。



去っていく孫の後姿を見て、雷蔵は深い満足を得ていた。


「あいつ、初めて俺に逆らったぜ」

「意地悪をしたからでしょう。あの子は、意外と人の心の動きに敏感なのよ? 顔に出さないし、まだ理解していないだけで」

「解ってるよ。あいつそっくりなんだ、そうなっている事ぐらい知ってる。だが、これであいつもようやく『まとも』になる。やっぱり実戦でないと成長はねぇな」

「・・・・・・まとも、ね」


疲労を息とともに吐き出して、彼女はへたり込んだ。慌てて彼女の伴侶が支える。孫娘は眉を八の字にして今にも泣きそうな顔で彼女を見た。


「・・・・・・もう、休め。少ない時間がもっと少なくなるぞ」

「大丈夫。まだ」

「そうかい。んじゃ、俺は行くぜ。見てやらないといけないからな」

「・・・・・・・雷蔵」

「あん?」

「この子も連れて行って。見ておくべきことが、この子にはあるから」

「・・・・・・解ったよ」


彼は彼女の孫娘を担ぎ上げ、無理矢理と言って良い勢いで外に出た。そして、それは彼らなりの気遣いでもあった。ほんの少し、連れ添ってきた者たちで話すこともあるだろうことと、最後のお願いぐらいは憎まれ役になってでも受けてやらねばならないと。


「離して・・・・・・」

「うるせぇ。黙って担がれてろ」


吐き捨てるように言って、黙らせた。



鴻上洋一郎は、唐突に現れた俺に面食らったような顔をした。まさか追ってくるとは思っていなかった、とでも言いたげな顔で俺を見ている。だから手招きしてやる。

こっちに来い。

続きをやろう。

そう伝わるように。心を込めて。


「・・・・・・へぇ、そっちからの誘いか。いいね、あの爺に強制されてないってのが特にいい」


首を傾げてみせると、鴻上洋一郎は、顔を見れば解ると言って朗らかに笑った。


「そういう奴となら、出し惜しみも警告もしなくて済む」


全力を出せる。

その言葉に、腹の底が疼いた。ざわざわと、虫が這いあがってくるような強烈な不快感が。あの、どうしようもない感覚が、さらに強くなった。そんな気がした。

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