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とても優しい顔で笑うのだと、その時に思った。視得ていたものがきっと正しい未来なのだと確信したのはこの瞬間だったと今でも覚えている。




祖父に言いつけられて、二時間ほど走っている時のことだ。学ラン姿の少年が宿の前に立っていた。出入り口の前に立っているものだから中に入れず、黙ってその姿を見ていると少年の方が俺の方を見た。


「お前、ここの子供か?」


首を振って否定する。一瞬少年は怪訝そうな顔をしたが、気を取り直して笑顔を浮かべて、客かと聞いてきた。これには首を縦に振る。祖父が何のためにここに宿泊しているのかまったくさっぱり解からなかったが、確かに俺はここの客である。


「こう、ガタイの良い爺さんを知らないか? ちょっと用があるんだ」


それはきっと祖父のことだろう。

少年の手を引いて、祖父の下に案内することにする。最初、戸惑ったようにしていた少年は、形相を一瞬だけ激変させたあと、ありがとうな、と言って笑みを浮かべた。

部屋に戻ると、祖父は早速アルコールを煽っていた。アル中か、と思わないでもなかったが、やはり祖父が本格的に酔っている所など見たことがなかったので、何も言わなかった。


「あぁ、なんだ、その餓鬼は」

「あんた、真賀雷蔵だろ!」

「おう、なんだてめぇは」

「俺は鴻上洋一郎。あんたに果し合いを申し込みに来た!」

「鴻上・・・・・・・おお、懐かしいな。若いころに喧嘩したな」


そういや、この辺りが鴻上の住処だったな、と祖父はぼやくように言った。その瞳が心底面倒くさいと語っていたが、鴻上洋一郎はそれに気付いていないのか、熱っぽい声でがなりたてる。


「親父から聞いてる! 真賀の中であんたが一番強いんだろ! 俺の爺さんを殺したのもあんただって!」

「俺が一番強いって?」


は、と祖父はそれを鼻で笑った。


「んなわけねぇだろ。俺は・・・・・・いや、今は俺が一番になるのか?・・・・・・まぁいいか。で、俺に何の用だって?」

「俺と戦え」

「・・・・・・正々堂々正面で?」

「おう」

「若いな。不意討ってくりゃいいもんをよ。・・・・・・・あ~・・・・・・・俺は別に構わんがな。お前だろ、鴻上の馬鹿息子って。あっちこっちで喧嘩売って、相手ぶっ壊してんだって?」

「悪いか?」

「いんや、好きにやれって思うけどよ。一般人にいっぺぇ手ぇ出しちゃだめだぜ。灸を据えてくれって依頼が来てるぞ」

「なら、ちょうどいいだろ」


にや、と鴻上洋一郎は笑った。祖父も笑った。そして、俺に目をやった。


「だな。お前でちょうどいい。アズマ、本気でやっていいぞ」


その一言を受けて、俺は動き出していた。怪訝そうに顔を顰める鴻上洋一郎の腕を取り、右膝を真横から踏みつける。ぐっ、と呻き声を上げて鴻上洋一郎は体を崩した。このまま床に叩きつけて、肩を外して押さえ込むつもりだった。


「甘い」


祖父の言葉通りになった。

地面に叩きつけられる瞬間、鴻上洋一郎は体を捻り上げ、痛烈な蹴りを浴びせかけ、俺はそれをまともに食らってその衝撃で手を離してしまっていた。

お互いに呻きながら、体勢を立て直す。先に復帰したのは鴻上洋一郎で、歯をむき出すように嗤いながら立ち上がっていた。


「やるなぁ、お前!」


でも、俺の方が強い。そう言って、鴻上洋一郎は嬉しそうに笑った。そしてとても朗らかな笑みのまま、彼は仰け反った。彼の鼻から血が溢れる。隙だらけだったから思いっきり殴ることが出来た。

しかし、それでも鴻上洋一郎は笑っていた。返しの俺の拳を受け止め、残った腕を横薙に一閃した。

瞼の上に痛烈な痛みを感じた瞬間、生温かい液体が視界を覆っていた。

すぐに気付いた。

刃物の痛み。

掴まれた腕を無理矢理外して、大きく飛び退く。

残された右目に映し出されたのは、大振りのナイフを握る鴻上洋一郎の姿だった。


「親父と兄貴以外で拔いたのは初めてだ。・・・・・・卑怯とは言わないよな?」


まさか、と首を振る。その人には得意な分野というものがある。鴻上は刃物の得手であり、それを使ってこそ実力を発揮出来るのであれば積極的にそうすべきなのだ。


「・・・・・・つってもすぐに爺が飛び出してくると思ったが・・・・・・人でなしだな、お前の爺さん」

「ガキの喧嘩に大人が手を出すわけねぇだろ。良い酒の肴だ。存分にやれや」

「次はテメェだ、爺」

「よそ見してるぞ、殴られるぞ」

「はん、見えてるよ」


飛び掛かる俺の動きに合わせて、血で潰れた方から刃が翻る。体を沈める。宙に残された髪がバッサリと落とされる。間髪入れず、顎下から強烈な蹴りが放たれる。刃物の方に意識をやりすぎたせいで回避できず顎を跳ね上げられた。視界がぐらぐらと揺れて、平衡感覚が一気に消え失せ、足から力が抜ける。悪いな、という声が聞こえた。

返しの刃が放たれたのが解る。首筋に正確に。

だから、受けられる。肩を上げ首を守る。肉に刃がめり込み裂いていくのが伝わってくる。痛みが、意識を繋ぎ止める。

血をまき散らしながら、距離をとる。


「・・・・・・悲鳴一つあげねぇ。なんだお前」


困惑が鴻上洋一郎の顔にありありと浮かんでいる。祖父は何とも言えない、これでもダメか、とでも言いたげな表情を浮かべていて、失望されているのだろうと思った。


「どたばたとなにやってやがる雷蔵!!」


宿の主が騒ぎを聞きつけて駆け込んで来て、状況を、特に俺の方を見て青筋を浮かべて怒号を放った。鴻上洋一郎は、祖父に「すぐにお前の首をとる」と言ってから、窓から飛ぶように逃げ出した。祖父は面白くなさそうに酒を臓腑に流し込みながら、老人の説教を聞き流しているようだった。

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