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部室で弁当箱を開いて思う。
・・・・・・食生活が完全に改善されたなぁ、と。
出雲が現れてから早一週間。
出雲は朝昼晩と甲斐甲斐しく健気に俺の面倒を見ている。具体的には朝食、昼の弁当、夕食だ。放っておけば家事全部をこなしかねないので、俺もせっせと働くことになってしまっている。弄られて困るものも、見られて困るものもないてはいえ、こう、俺の生活空間を侵食されるのは、ありがたいこととはいえ、困る。
全て俺の我侭とはいえ、五つも違う娘に世話をされるのは心苦しくてかなわない。自分のことは自分でしたい人間なのだ、俺は。同時に、他人のことは他人でやってくれとも思う人間でもある。具体的には放って置いて欲しい。
俺は何も求めていないし、やってくれと頼んだわけでもないのだから、自分のことだけしていてもらいたいところ。
とはいえ、それを言ってしまうと思春期かと罵られてしまうので、受け取れるものは受け取っている。そこに俺の心情はあんまり関係ない。さっきも言ったが、ありがたいことはありがたいのだ。感謝の気持ちを忘れるような生き方はしていないつもりである、一応。
なので、これは愚痴だ。それ以上でも以下でもない。
「わぁ、またお弁当だよこいつ~」
べた、と背中にふくよかな感触。顔を上げるまでもなく、声で解かる。にやにやと愉しげに梓は微笑って俺にくっついてきている。脇からおかずのから揚げを摘み取ろうとする手を軽く払いながら、租借を続行する。
「どうしたのよ、ついに金欠?」
「いや、親戚の娘が隣に越してきてな、それ以来飯を作ってくれる」
「おや、良く出来た娘っこだこと。甲斐甲斐しいね~」
「うむ。まぁ、ありがたいんだが、俺からしてやれることがないのは心苦しいもんだ」
「その娘が好きでやってるならいいんでないの?」
「それもそうだけどな」
梓はさっと俺から離れ、横合いに着席し今度こそから揚げを掠め取ろうと手を伸ばしたが、それも軽く払ってやる。
「そんなに食いたいのかよ、お前」
「うん。味、超気になる」
「・・・・・・ほれ」
箸で摘みあげて、梓の顔の前に持っていく。一瞬、梓は思索を巡らせたような気がするが、ぱくりとそれに食いついた。食いつかなかったから食いつかなかったでまったく気にしなかったのだが、食べたのならそれでよかろう。
どうだ、と聞くと頬を綻ばせて美味しい、と返ってきた。
「ん~、よく頑張ってる味がする~。愛情たっぷりだ」
「そうだろうな」
栄養バランスにカロリー計算までして、あの手法この手法と使い分けて料理をしているのは、解かっている。・・・・・・頑強な体、健全な精神はまず食事から、という真賀の家訓が出雲にはよく行き届いていた。おかげで、腐敗がどんどん遅れていく。この一週間で持ち直した部分もある。残念ながら、真賀の体は真賀の思惑に自分の意思とは関係なく応えてしまうようだ。
いずれ、ゆっくりと壊すしかなかった真賀の体は復調するだろう。・・・・・・別にそこには良いも悪いもないのだが。
「・・・・・・物憂げな顔ね。なんか心配事でもあるの?」
「いや、別に」
体が健康に向かっていることを気にしているとは流石に言えない。それは、一般的に考えれば良いことだ。それを気にするようなのはどこか壊れているとしか言えないし、出来れば、まぁそうは思われたくない。
「あ、もしかしてご飯足りない?」
「えっ」
「しょうがない、じゃ、私のを分けて進ぜよう」
俺の答えを聞く前に、それこそ珍しく弁当箱を机の上に置いて梓はさっさと広げてしまう。見た目でバランスの取れた弁当だな、という感想しか出てこなかった。
「奇しくも私のお弁当もメインはから揚げだけど・・・・・・ま、味を比べて見てよ」
差し出されたから揚げ。綺麗な焼き色をしていて、匂いもいい。食欲をそそられるそれを口の中に入れる。租借して、口の中いっぱいに広がる鳥の味に満足感が襲ってくる。よく味付けされていて、鶏肉も良く解されている。冷めてなお柔らかく、食べ易い。唸るしかなかった。
出雲の料理もそれは美味いもん・・・・・・具体的には割烹の上品な味だったが、これはまた違う。洋食の、庶民的でありながらしかしさりげなく自身の格を見せ付けてくるような攻撃的な美味さ。揚げ物だったら梓の味のほうが好きだ。
「うまい」
「ひっひっひっ、自信作だぜぇ」
もっと食べるかい、と差し出された箸を横合いから誰かが奪い取ったのはその時だった。
「美味しい! 久しぶりのお肉だ!」
「・・・・・・・」
「・・・・・・悠美ちゃん、まだ金欠?」
奪われたことに対する喪失感が半分、呆れ半分の面持ちでもっちもっちと容赦なく、肉の一片まで租借する小柄な先輩を見据える。さすがに梓の笑顔も引きつっていたが、小此木さんはそれをどこ吹く風と受け流し、もっともっと要求してくる。
俺が呆然としている間に出雲作の弁当が奪い取られ、梓の弁当はそのおかずにされた。
なんとも言えない気分のまま見据えていると、肉食獣は己の欲求を満足させたのか、ふぅ、とうっとりとしながら艶やかなため息をついた。
「お茶が欲しいな・・・・・・」
そういう小此木さんに、飲みかけのお茶のペットボトルを見せると、何の躊躇なくそれを奪い取り、仁王立ちして一気に飲み下した。
「ふぃ~・・・・・・生き返る。助かったよ」
「・・・・・・・それは良かったです」
「梓も、悪いな」
「いいっていいって。それより悠美ちゃん、まだ金欠なんともならないのかい?」
「いや、もうちょっとであてがつく。とりあえず、ゲームとか同人誌とか売れるものは売ったよ、うん」
「ありゃ、じゃああのコレクションタワーを切り崩したんだ」
「背に腹は変えられんよ。はぁ~・・・・・・」
ぐったりと肩を落とす小此木さんを、けらけらと笑いながら梓は突っつき回す。その様子を横目に見ながら、新しいペットボトルを買いに行こう、そう思った。
あと、おにぎりでも買ってくるか。さすがに少し足りなくなってしまったし。